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クライヴ・エインズワース(友人の従兄・上級生)・1

 とうとう学園生活最後のビッグイベントが始まる。


 集まってきたメンバーを見て、内心で「よしっ」と叫んだ。

 今回は当たりだ! ライアンがいる! 入学以来、すべての学問分野で学年トップの座を守り続けてきた天才だ。


 過去二年は、正確性に欠ける複雑な地図に散々振り回された。

 常日頃から訓練で慣れ親しんでいる学園の裏山が、正常な認識と方向感覚を狂わされるせいで、未知の深山のようになってしまう。

 イベント用に渡される地図も、その錯誤に基いて作成された、現実とはかけ離れたものだ。その上、時々ひどい騙しも入ってくる。


 役割分担として、俺はメンバーの身の安全は守れても、頼れるガイドがいなければ目的地には進めない。 

 分析ができるライアンの存在は、値千金だ。他のメンバーも、特に足を引っ張るようなタイプもいないし、今年のチームは予想以上に順当というか、まともな顔ぶれだ。


 ただそれだけに、最後の一人には嫌な予感がするのだが……。


 思えば俺は、班編成の運が悪い。毎年ショーンとコーディーにからかわれるほどに。


 一年の時は、ガイ・ハンターがいた。リーダーの指示の無視、ボランティアともめごと、打ち合わせにない突発的な行動と、とにかくやりたい放題で、チームワーク以前の問題だった。


 次こそはと思ったら、去年は妹のジェイド・ハンターが来た。

 前年をなぞるように、まったく同じ展開になった。あの兄妹は先輩の言うことなぞ聞きやしない。


 そして三年目の今年。例年、三年の騎士職がリーダーに就くのが慣例だ。つまり俺がなる可能性が高い。

 問題児の扱いにも少しは慣れたつもりだ。いや、ハンター以上に我の強い奴なんてそうそういないはず。すでに最悪を経験しているのだから、あとは誰が来ようが乗りこなして見せると意気込んで臨んだのも束の間。


 やってきたのは、あのグラディス・ラングレーだった。


 それはないだろう!?


 今年はどのハンターが来ようが誰でもましだと自らを奮い立たせていたのに、ここでまさかのグラディス・ラングレー!? 

 学園で一番唯我独尊の奴が来やがった! 俺の言うことなんて、聞くわけない筆頭だろうが! ガイですら笑って掌で転がす女傑だぞ。


 俺と同じ動揺が、一瞬でメンバーに走る。自分で言うのもなんだが、ここには良くも悪くもごく常識的な普通のタイプしかいない。

 誰が、こいつを扱えるというんだ! 戦闘力とは違う、何か別の言い知れない圧がこの女はすごいんだ。初めて会った子供の頃から。


 俺が見てきた限り、キアランでやっと対等くらいじゃないか?

 我が従弟ながら、あれだって相当なものなのに。マクシミリアンなんかははっきり言って下僕だろう。あんなに強いのに、なんて残念な奴なんだ。明らかに貫禄負けしている。以前本人にそう言ったら、「お互い様じゃねーか!」と返ってきた。俺はそこまでソニアに振り回されてはいないぞ!


 ああ、コーディーとショーンが知ったら、絶対あとでまた笑われる。そしてソニアには嫉妬される。

 予想外の人選に、いきなり精神に攻撃を受けた。相性が悪い苦手な相手が組み込まれるのは承知の上だが、学園はどこまで読んでいるんだ!? リサーチの悪質さが尋常じゃない。俺に何か恨みでもあるのか!?


 ソニアからしばしば聞かされてはいるものの、グラディスという人間は、いまだによく分からないところがある。理解できないから、不気味な恐ろしさがあるのだろう。


 時々唖然とさせられることもあるが、日常の学園生活においては特段の異常行動がなかったから、実は思ったほどの難物でもないんじゃないかなんて見方も、一時期は出ていたのだ。

 警戒心を緩めた連中から、ちょっかいを出そうという動きが出始めるくらいには。

 出る杭は打たれる。目立ちすぎる彼女を内心でよく思っていない者も少なくはない。何より、上位陣と渡り合うことは、自身の力を示すことに繋がる。


 だがつい先日、また認識を改めねばならない出来事に、学園の一部で衝撃が走った。

 クローディア・アヴァロンとの衝突だ。


 名誉ある公爵家の騎士が、非力な一般人に暴行を働いた? ――濡れ衣に決まっている。


 情報が届いたとき、学園の誰もが即座に直感したものだ。

 クローディアは、グラディスの狡猾な罠と挑発に、まんまとはめられたのだ。


 従兄のアーネストが完璧なタイミングで、都合よく通りかかって助けに入ったなんて偶然があってたまるか。アーネスト本人は共犯を否定していたが、事前に入念な打ち合わせをした上での計画的犯行に決まっている。

 あとから伝え聞いた話では、キアランなんて、グラディスが運び込まれる直前から医務室で待機していたというじゃないか。あいつも偶然とか言い張っていたが、そんなわけあるか! 


 額面通りに受け取った者など、学園には誰もいない。


 あれでまた潮目が変わった。いわゆる見せしめ効果だ。

 うっかり目を付けられようものなら、グラディス率いる大物一派によって組織的に潰される! 真偽はともかくそんな疑念は、よからぬ企みを持っていた連中を震え上がらせるには十分だった。


 うかつに手出しすれば、裏をかかれてとんでもないしっぺ返しを食らうはめになる。

 なにしろ法を盾に策を巡らせることで被害者面をして、公爵ですら身内の不始末の謝罪に学園へと呼び付けられる様を見せつけられたのだから。


 まったく、なんて悪辣な奴だ。腕力だけでは到底倒せない悪党というものがいるのだと、誰もが身近に学習した一件だった。


「あら、あなたもいたのね」――一番最後にやってきたグラディスは、相変わらずのふてぶてしさだった。おまけに俺の名前も覚えていないときた。最上級生への態度じゃないだろう、まったく。


 先行きの不安を覚えたまま、動揺を押し隠して慌ただしく打ち合わせに入った。

 そして、しばらく様子をうかがっていたが、そう時間は経たないうちに、内心で驚くことになった。


 確かに最初のリーダー決めで、独裁色を匂わせた部分もあったが、あとは意外なほどにグラディスはまともだったのだ。


 入学以降見せられてきた破天荒な行動力と振る舞いのせいで、偏った先入観を持っていたようだ。

 実際に接したグラディスは、冷静で客観的で、むしろ誰より人の話に耳を傾ける奴に見える。


 言いたい放題されるどころか、むしろほとんど提案をしてこない。

 どちらかというと、出された仲間の意見を、更に深く追究し、時に問題点や対案との比較をさせ、より現実的なレベルへと掘り下げていくようなタイプだった。

 グラディスに主張の粗を突かれ、繰り返し問われて、必死に思考を重ね答えているうちに、曖昧だったものの輪郭がしっかりした形になっていくような感触だ。

 ディベートの実践授業での教師の進め方をふと連想した。


 彼女にまとわりつく感情的で奔放なイメージは、正反対の冷静で理論的な現実家にがらりと塗り替わった。


 冷静に考えてみれば、ソニアやキアランに認められる人物が愚物であるわけはないのだが、これはやはり個人的な感情が認めるのを拒んでいた部分だろう。


 確かにこいつは苦手だが、感謝してもいるんだ。今の生き生きとしたソニアを見ていると。

 昔のままのソニアだったら、今日のイベントでもどうしているのかと気が気ではなかったところだ。

 今は、不必要な心配はせずに、自分のことに専念できる。いや、少しでも気を抜いていたらあっという間に追い抜かれてしまうだろう。


 過剰な警戒は、必要なかったのかもしれない。――そんな安堵は、間もなく驚愕へと変わった。

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