ミーティング
生徒十人、外部からボランティアで参加の中年男性二人、同行職員二人の計十四人。これが二日間一緒に行動することになるメンバー。
行動開始の合図の鐘とともに、まずは上級生から一人ずつ軽い挨拶と自己紹介。生徒同士はお互い顔くらいは知ってるから、名前と得意分野なんかの把握が主になる。
私もここで悪目立ちするつもりはないから、さらっと無難に流す。みんなそんなハラハラしないでいいから。別に何もしないから! 私どんだけ危険人物扱いなんだ。
続いて、初対面になるおっさん二人の自己紹介。
「ハワードだ」
「カーティスだ」
二人とも不愛想に、ファーストネーム一言だけ。あまり友好的とは言えない雰囲気に、班の間にもちょっと緊張感が走る。
私はと言えば、その名前を聞いて、おいおいと思わず笑いが漏れそうになった。もちろん必死で無表情を保ったけど。
このイベントのボランティアは大半が卒業生だから、教え子であることは想定済みだけど、来たのがこいつらか。若造がすっかりいいおっさんになったなあ。
ただでさえ先輩には頭が上がらない風潮がある我が校(一部除く)。ましてやうちの卒業生ということは、当然大物やエリート揃いであることは、生徒間でもほぼ暗黙の了解事項。
班のメンバーのうち二~三人くらいは、彼らが何者かまで気が付いたみたいだね。気付けてない子も、それはそれで内心ヒヤヒヤものだ。普通のご隠居様かと思ったら実はご老公様だった、なんてフィクションがリアルにあったりするから油断できないのだ。
この先の展開が読めてきた私をよそに、最上級生のクライヴが進んで次を促す。
「時間がない。次は担当の割り振りだ」
あと三十分足らずで開始時刻。それまでにそれぞれの役割分担も決めないといけない。短時間での意思疎通と行動方針決定も重要な訓練だ。
まずはリーダー決め。
大体は戦闘職がリーダーになって、サブに、護衛側と避難者側から一人ずつ出すのがセオリー。
「では改めて、三年の騎士のクライヴだ。リーダーを務めさせてもらう。よろしく頼む」
まずは順当に、さっきから場をまとめているクライヴがリーダーに決まった。
ソニアが絡むととちょっと残念なイメージがあるけど、こいつだってエインズワース家の立派な騎士なのだ。キアランの生真面目さも、絶対こっちの血筋由来だし。
母親だけ、大分私の影響受けて愉快な感じに仕上がっちゃったけどね。
実際彼には、ちょっと同情する部分もなくはない。
同学年に、ガイ、アーネストと、次期公爵が二人も在籍してなかったら、首席だって普通に狙えるレベルの実力者なのにねえ。
それを思うと、兄様三人衆の世代はなかなかに運がない。
強力なライバルがいるってのは自分磨きにはいいけど、いくら努力しても一回も一番になれないってツライわ。
もっともそれを言ったら、マックスとヴァイオラがいる一学年も同じか。そしてそれに挟まれてる二学年に至っては、ご愁傷様としか。上にも下にもバケモノがいる。
今の学園って歴史上、類を見ないほど粒揃いの黄金世代と言えるけど、生徒からしたらたまったもんじゃないかもね。
ともかく今の三年生の中では、いつも兄様三人衆かガイ以外のハンター家辺りで、熾烈な三位争いを繰り広げているくらいには、この兄様も優秀なのだ。
で、同じく三年の魔導師のリサが戦闘職側のサブに付いた。ここまでの二人は、すんなり決定。
あとはもう一人、避難者側の非戦闘職からサブを決める。普通は当然残りの二~三年生から出るんだけど。
示し合わせたかのように自然に、視線が一斉に私に集中した。
ほうほう、そう来ましたか。まあ予想はしてたけど。
このイベント初挑戦のはずの一年生に頼ろうとは、まったくどういう了見か。根性がたるんどる! 気持ちは分かるけど、そんな甘えは許しませんよ!!
「三年生の座学トップがいるのだから、ライアンでいいでしょう? ねえ?」
圧力を込めた目つきで、すかさず鶴の一声。
苦労は買ってでもするのが、一連の学園イベントの存在意義だ! 反論は叩き潰~す!!
最初から私がリーダーシップ取っちゃったら、みんなの訓練にならないからね。ここは大人しく一年生の役割を全うすべきところでしょ。態度だけは最高学年以上でもね。
――って、これだからサブリーダー求められちゃうんだね。
「は、はい……僕でよければ」
ライアンが恐る恐る声を上げ、誰からの異議も出なかった。
「じゃあ、決まりね。速やかに決まってよかったわ」
「「「「「……………………」」」」」
空気を読まずに、無邪気に喜ぶ。もちろん実態が邪気しかない点については、誰も突っ込まなかった。
う~ん……これって、いきなり独裁? いやいや、そんなはずはない。私はグループの一員として意見を言っただけだ。そしてたまたま反対意見が出なかっただけだ。
うん、話し合いではよくあることだね(キリッ)!
その他の細かい役割も決めたら、次に全員が自分用に渡された指令書を提示し合う。
私たち第8班が立ち寄らなければならないチェックポイントが、それぞれの紙に一か所ずつ書かれている。つまりは、全員合わせて十か所分。
広大な学園敷地内に点在する指定のチェックポイントを、最大十か所クリアすることが目標。もちろんより多く回れた方が、減点は抑えられる。
ちなみに学園六百年の歴史上で完遂できたのは、デメトリア、ザカライアの大預言者が在籍していた期間の六例だけだ。大預言者のチートがうかがえるエピソードですな。
どの経路・順番で通過するかは、各班の裁量に任されている。当然無駄のない計画を立てないと、とんでもない回り道で余計な労力がかかるし、数もこなせなくなってしまう。
「このチェックポイントの位置関係だと、こうでしょうね」
十か所を地図に手早く記入してから、サブリーダーの頭脳担当ライアンが、パパっと計画案を書き出して提案した。
「こっちの方が近いんじゃないですか?」
他のメンバー数人から、疑問が出る。確かに地図で見た限りでは、明らかな遠回りに見える箇所がいくつもある。普通ならもっともな意見だけど、それはハズレ。
このイベントは参加者の方向感覚を狂わされる。そして、その狂わされた認識に合わせて、架空の地図が用意されている。
自分の意識では、地図の通りに要領よく進んでいるつもりでも、現実にはぐるぐる回っていたりも普通にあるのだ。
そして幻覚に合わせて作られた地図である以上、やっぱり辻褄が合わない部分も多く、必ずしも地図上での近い経路をたどることが正解とは限らない。馬鹿正直に最短距離だと思って進んだら、普通の人間では到底登れない急斜面だった、なんて目に遭って、下手したら現在地すら覚束なくなってたりする。このシステムで現在地を見失うって、かなりの痛手だ。
ただし認識錯誤の傾向が毎年同じである事実は、明示されている。過去の記録をきちんと分析できてさえいれば、本当に効率的な経路は割り出せるのだ。
その辺をライアンが理路整然と説明して、特に経験者の三年生からの賛同も出れば、下級生たちも納得してプランが決定だ。
私はできるだけ口出ししないで聞き役に務めたけど、なかなか悪くない最終案だ。この短い時間で、ほぼ完璧といっていい効率的な順路を導き出している。多少の無駄もあるけど、そこは経験してみれば分かるだろう。
それにしても、ライアンは実に優秀だな。いまいち押しは弱いけど。
そして時間ぎりぎりで打合せが終わったところで、ついに開始の合図の鐘が、学園中に鳴り響く。
「よし、行くぞ! 各自の役割を果たせ!」
「「「「「おうっ!」」」」」
クライブの檄に、みんなも気合を入れる。
いいね、こういう空気。昔から大好きだ。
もちろん私もチームの一員として、しっかり声を張った。




