仲裁
私はそっと窓から離れた。
おじい様を捜す孫娘のふりして、自然な初対面を演出しとくって手も考えないわけじゃなかったけど、あの空気の中に割り込むほど無粋じゃないからね。
アイザックを捜してるはずのノアには悪いけど、もう少し放っておこう。
屋敷内から窓の外に出たせいで、なんか外れた場所に来ちゃったな。プライベートエリアだから周りに誰もいないや。
さっきから闘技場の方で、歓声が上がってる。もうとっくに未成年の部が始まってるらしいね。そっちは参加人数少ないし、勝敗も判定だから、すぐに終わっちゃうんだよね。今、何試合目くらいだろう?
未来ある子供たちの真剣勝負も、それはそれで面白いんだよね。
道がよく分からないけど、とりあえず歓声の聞こえる方目指してけばいいでしょ。あ、中庭突っ切ったら行けそう。
適当に進んでいくと、向こうの方に参加者らしい子供たちが見えた。やっぱりこっちでよかったんだ。
ん? なんかおかしいぞ? 子供たち、ケンカしてる?
よく見ると、私と同じ年頃の女の子一人を、三人の年上の男の子たちが取り囲んでいる。
ハーレムならうらやましいところだけど、そういう空気じゃないぞ。なんかやな感じだ。
「今日の対戦の出来は何だ、ソニア」
「あれではエインズワース家の名折れだ。お前の世話を任された俺たちも、おじい様や叔父上に申し訳が立たない」
「お前はあのざまで満足できるのか? アレクシス叔母上にあの不甲斐ない戦いを見せられるか?」
「……い、いいえ……」
あらら……試合の出来が悪くて、身内から吊し上げられてるわけか。なんか、覚えあるわあ……。ああ、あのなんとも言えないイヤな感じ、思い出すなあ。身内程遠慮なくザクザク心をエグッてくるから、タチ悪いんだよなあ。
エインズワースというと、アレクシスの実家だね。
アレクシスって、何気に一周目の私と環境似てるんだよね。エインズワース家もゴリゴリの武闘派で、戦闘特化の兄貴が五人もいたもんなあ。私よりスゲーわ。
10年前の時点でも、すでに甥姪が何人もいたし、あの様子だとあの子たち、年の近いいとこ同士ってとこかな。
それよりあの女の子、ソニアだっけ? 見覚えがある。たしかキアランのお茶会にいた、背の高いきれいな黒髪の子だ。アレクシスの姪だったんだね。ってことは、キアランの従姉妹かな?
あーあー、それにしてもちょっとやり過ぎだね。ただでさえ負けて打ちひしがれてるとこ、ガンガン攻め立てられて、すっかりヘコんで委縮しちゃってる。いくら可愛い年下の従姉妹にカツを入れるにしても、あれは逆効果だよ。お兄ちゃんたち。
「最近、付き合い程度の茶会でも、ずいぶんチャラチャラとめかしこんでるそうじゃないか。たるんでるんじゃないのか?」
「そ、それは……っ」
おっとそこまでだ。聞き捨てならないぞ。女の子がチャラチャラめかしこんで何が悪い。完全に戦う男たちの中で生まれ育って、女の子の扱いがなってないな。
「失礼。何か問題がおありかしら?」
私は遠慮なく割って入った。4人の注目が、予期せぬ闖入者に一斉に注がれる。
「私はグラディス・ラングレーと申します。ギディオン・イングラムの孫として、何かトラブルがあるならおじい様にご報告しなければいけませんわね」
全員びっくりした顔で私を凝視してきた。ふふふ、主催者の身内のご登場に気圧されでもしましたか?
数秒の沈黙の後、気を取り直した一人が反論する。
「こ、これはエインズワース家の身内の問題だ。あなたには関係ない」
「そうは参りませんわ。何かあれば、おじい様の顔に泥を塗ることになりますから」
あくまで令嬢然とした会心の笑顔で圧力をかける。でも少年も頑張る。さすがの負けん気だ。
「お嬢様が、元公爵の名を笠に着て介入なさるおつもりか?」
「あら、面白いことをおっしゃいますわね。エインズワースの名で、こんな可愛らしい女の子一人に、よってたかって圧力をかけていらした方が」
おほほ、と笑って見せる。
「そ、それは……っ」
「女性を守ることも騎士の務めかと思っていましたけれど……エインズワース侯爵家の方々は、随分と無頼の輩なのかしら」
「当家を侮辱するつもりか」
「とんでもありませんわ。エインズワース家と言えば、強く洗練された騎士の鑑と言える方ばかりと信じておりますのよ? 年下の従姉妹が、それはもうどうしようもないほど大変可愛くて仕方ないのは分かりますけれど、少々お熱が入り過ぎていたのを窘めたかっただけですわ」
私の目いっぱい含みを込めた発言に、図星をさされた少年たちの顔がぱっと赤くなる。しかも三人ともかい。
おーおー、好きな子にちょっかいかけちゃう心理ですな、少年たちよ。私も思春期のお年頃にちょっかい出すのが大好きです!
そしてモテモテの可愛いソニアちゃんがうらやましい!!
「確かに彼女も戦士なのでしょうけれど、一人の女の子でもあるのですから、今後のためにも紳士として女性の扱い方を学ぶ必要があるのではないかしら? 押すだけが能ではありませんのよ? 横並びのレースから抜け出すにはね」
くすくすと更に言外の意味を込める。三人はお互いの顔を見合わせた。
「着飾った彼女はとてもおきれいでしょうね。それを大らかな目で見守るのも、余裕ある殿方の甲斐性というものですわ。おしゃれが嫌いな女の子なんていませんからね。そうでしょ?」
目を丸くして私を見てたソニアは、慌てたように頷いた。そうだよねえ。こんなに素材がいいのに、戦闘にかまけて磨かないのはもったいないよ。
「ところであなた方、次の対戦は大丈夫かしら?」
すかさず私に指摘されて、少年たちは「あっ」、となった。ねえ、君たち、たるみすぎだよ。好きな子にチャラチャラし過ぎじゃないかい?
「お待ちなさいな!」
慌てて走り出そうとする少年たちを、ぴしゃりと呼び止める。
「女性を置き去りにしていく紳士がどこの世界にいますか。どなたが彼女をエスコートしてくださるのかしら?」
「「「俺が……」」」
「では、あなたに。よろしいかしら?」
一番早かった少年を選び、ソニアに確認する。やっぱり黙ったままこくこくとうなずいた。私に軽くお辞儀をして、従兄弟たちに連れられて急いで去っていった。
ふふ。なんか可愛い。戦いに打ち込んでたって、やっぱり小さい女の子は可愛いね。小さくなくなると、もの凄くごつくなっちゃったりするけどね。
それはともかく……。
こらこら。女性を置き去りにする紳士がありますか。
一人残された私は、もう一回心の中で呟く。こんな美少女を眼中に入れないとは、エインズワース家の男たち、恐るべし!
まあとりあえずあっちの方に行けばいいらしい。
「私がエスコートしましょう、グラディス嬢」
歩き出そうとした私の前に、一人の騎士が現れた。
ルーファスだ。
子供の頃の面影を残した笑顔で、彼は私の手を取った。




