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侵入者

 冬の一大イベント、雪中行軍が、とうとう三日後に迫っている。

 バルフォア学園の内外の空気が目に見えて活気づき始めた、そんな休み時間でのこと。


「ユーカ、マクシミリアンと何かあった?」


 教室へ戻る途中の廊下で、目をキラキラとさせたヴァイオラが興味津々に切り込んだ。


「森林公園での戦闘以来、一目置いてるのはあったけど、またちょっと変わった気がするのよね~。どこがどうってわけじゃないんだけど、なんとなく?」


 恋バナには意外と鼻の利くところは、叔母様譲りらしい。もちろん女子だけになったタイミングを見計らってのことだ。

 ちなみに私も当然気づいていたけど、一切ノータッチでニマニマと観察を楽しんでいるとこだ。


「え~、えっとお……」

「ユーカ、誕生会の時に、マックスにガツンと言ったらしいね」


 答えあぐねているユーカに、ちょっとした助け舟で水を向けてやる。ユーカにボロクソ言われたなんて話、マックス自身が黙ってた場合、自分から言いふらすことになっちゃうもんね。現に、ヴァイオラに突っ込まれるこの瞬間まで、一言の相談もなかったんだから。


 案の定、ユーカがほっとした顔をする。


「知ってたんですか?」

「もちろん。ガッツリ締め上げて聞き出したからね。遠慮はいらないよ」 

「ああ~、最近ちょっとたるんでたものね。グラディスのいないとこで。私もこれ以上続くようなら、ちょっと言ってやろうかと思ってたわ。張り合いがないもの」


 一瞬ですべてを理解したヴァイオラに、ユーカは少し困ったように頷いた。


「はい、でも、ちょっと言いすぎちゃったかもしれません。マックス君、おうちで落ち込んでませんでしたか?」

「ふふふ。心配ないよ。いろんな意味で、いいクスリになったから。ありがとう」


 私のお礼に、ユーカは意味が分からず、ただきょとんとした。


 あの一件以来、マックスもいろいろ考えるところがあったようで、態度は普段通りだけど、今少しずつ自分の中で消化している真っ最中って感じ。


 よく言えば目標に真っ直ぐ。悪く言えば、視野が狭かったマックス。

 それが、これまでの自分のものの見方や価値観、考え方に、疑問を持つきっかけになった。

 きっとこれからは、今まで気付かなかったことにもいろいろと目が向くようになる。

 そうやって幅が出れば、戦闘力に比重が偏っていたのが、他の部分でも確実に成長できるはず。マックスはトリスタンと違って矯正可能だからね。


 そして広がりつつある視界には、ユーカも映るようになった。まあこれで、やっとスタート地点だからね。これからが頑張りどころだぞ。


 ユーカがそわそわとした様子で、更に質問を重ねる。


「あの、他にも何か、言ってませんでしたか……?」

「ああ、告白の件?」

「えっ、告白したの!?」

「テンション上がった勢いでつい! でも、『日本語』だったから大丈夫ですよね!?」

「まあ確かに、意味は分かってなかったねえ。私も教えてないし」

「よかった! 後でやり直すので、そのまま黙っててください!」

「もちろん」


 その代わりマックスの奴、分からない言葉でディスられたくらいに思ってたけど。誤解させたままと、どっちがいいのかね。


 当たり障りのない表面だけの付き合いから、一歩進めたユーカ。そうやってこの世界に、少しずつ地に足を着けていけるといい。

 結果がどうなろうと、人生には欠かせない重要な潤いだもんね。


 そして私はそのさまを特等席から、やっぱりニマニマとのぞ……見守り続けてやるのだ。ストーキング一歩手前まで!


 秘密の話を切り上げて教室に戻ると、例によってガイがベルタとショーギを指していた。

 キアランたち男子組は、観戦中。


 顔を上げたガイは、私の顔を見るなり、いきなり文句を言い出した。


「グラディス、てめえ、昨日俺のこと無視しやがったな!」

「ええ? 昨日、会った?」


 覚えがなくて首をひねる。


「東校舎側の中庭下で見かけたから声かけたのに、振り返りもしねえで行っちまったじゃねえか」


 とんだ言いがかりだ。私は難聴性ヒロインじゃありませんよ! むしろ物理現象を越えた地獄耳の持ち主。声までかけられて気が付かないはずがない。その気になれば、どこに隠れてたって見付けられるのに。


「いつ?」

「放課後だよ」

「放課後はすぐ帰るし、そもそも午後は東校舎方面は行ってないよ。完全に人違いでしょ」

「そんなわけねえだろ、絶対てめえだった」


 勘違いで非難されたらかなわない。

 押し問答が始まりかけたところで、珍しくベルタがおずおずと会話に参加してきた。


「あの……私も見ましたよ。グラディスさんみたいな人。東校舎の渡り廊下ですれ違いました。そのまま第二倉庫の方角に歩いていきましたけど、見間違いそうなくらい本当にそっくりでビックリしました」


 ベルタの奇妙な発言に、全員が怪訝な表情を浮かべる。

 すれ違うほど間近で見てるのに、見間違えるほどこの私と似ている?

 そして第二倉庫というと、この前ベルタがやらかした辺りだ。当然用事もなく普段の行動範囲から離れたそんな場所に行っているわけがない。


 ガイがすぐさまツッコミを入れる。


「はあ? なんだよ、みたいな人って。この学園内にこいつと間違えられるようなやつはいねえ」


 そんなやり取りを聞きながら、急速に背筋が冷えていくのを感じる。


「――おい、それは……」


 その発言の不穏さに気が付いたキアランが、顔色を変えて私を見る。近くで様子を見守っていたマックスとノア、ヴァイオラも思わず絶句した。


 ――いや、まさか、いくらなんでも、ありえないでしょ……。


「――そんなに、私に似ていたの?」

「だから、似てるとかじゃなくてあれはお前だろ!」


 真顔で問い質す私に、ガイが横槍を入れる。それに対してベルタは確信をもって首を横に振る。


「いいえ、あれはグラディスさんじゃありません。絶対に別の人です」

「なんでそんな言いきれるんだよ」

「近くで見ましたから」


 ベルタはきっぱりと答え、私の全身を頭から足先まで改めてじっくり観察する。おもむろに何か納得したように頷いた。


「やっぱり違います。着ていた制服が、いつもと丈が違って、上下とも少し緩かったです。あと、あの人はグラディスさんより、髪が5センチ、爪が5ミリほど長くて、いつもより歩幅が平均2センチ短くて、瞬きを一回もしなくて、ウエストが1センチ細かったです」


 その重要証言の意味するところに、その場の何人かが息を飲む。


「おい、まさか……っ」


 ガイもようやく一つの可能性に思い至ったようにハッとした。

 でも、重要だからこれだけは言わせてくれ。


 最後の情報いらねえええええええええっっっ!!!


 いや、でも、敵に勝つためには、敵についての正確な情報は必須。現実から目を背けたままで勝利は掴めない!


 やっぱり腹筋をやりすぎてたんだろうか!? ここは、エクササイズよりも食事制限で――。


「無理な減量は必要ないからな」

「っ!!!?」


 おおうっ、考え終わるより先に釘を刺された!

 早い、早すぎるよ、キアラン! まだ何も言ってないでしょ! それとも私の心の声が漏れ出てた!?

 でも、外見がほぼ同じなのに、肝心な部分が負けたままでそのままにしておくわけには――。


「こんなことに勝ち負けなんてない」

「――っ!!?」


 おおおうっっ、またもや!? 珍しく取り付く島もなく封殺されて、思わずかっと目をむいた。

 いつもいつも、まったくどうやって私の思考を読んでんだ、君は!?

 ある! あるんだよ、明確な勝敗は! バストはともかくウエストは努力で結果が出せる箇所! まったく乙女心が分かってないよ、キアランは!! 女には負けられない戦いがあるんだよ!!


 っていうかなんで全員苦笑い!? まさかのガイまで!? ハンターのくせに生意気だ!! あと爆弾投下した張本人のベルタだけきょとんとしてんじゃねえ!!


 ――と、でも今はそれどころじゃなかった!!


 なんだか割り切れない気分を噛みしめながらも、わざとらしくコホンと咳払いで仕切り直して、みんなに視線を向ける。


「私とそこまでそっくりな人間なんて、他にいるわけがないよね」

「この学園敷地内に、『()()』が出入りしていた、ということだろうな」


 代表して結論を述べたキアランに、私も頷く。


「そうだね。魔術で外観を変えた何者かなら、敷地内で魔力が検出される。でも魔力を一切使わない素の状態で、学園の制服だけ着て普通に入る分には、私に擬態できるから」


 ベルタの言う、制服が緩かったってのは、さすがにオーダーメイドで用意したわけじゃないからだろう。


 とんでもない事実の発覚に、ベルタ以外が全員蒼白になる。


 ここにいる人間だと、ガイ、マックス、ヴァイオラ、あと遅れて駆け付けたユーカは、遠目かもしれないけど森林公園で実際に、実物を目撃しているはずだ。

 キアランは、夏祭りの時に、私と一緒に最初の目撃者になってる。

 ノアも情報だけは十分得ているから、すぐに考えは及ぶだろう。


 ――私にそっくりな、グレイスの姿をした魔物。

 それが、私のふりをして堂々と学園内を闊歩していたのだと。

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