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マクシミリアン・ラングレー(従兄弟・義弟・クラスメイト・弟)・2

 俺の質問に、ユーカは端的な回答を示した。


「グラディスの心を動かすのは、自分を本当に理解してくれる人だったんだと思いますよ?」


 ずっと感じていたモヤモヤを、はっきりと言語化された気がした。それがひどく癇に障る。


「――俺がグラディスを理解してないっていうのか?」

「マックス君は、基本的にグラディスのイエスマンです。弟や子分にはなれても、対等じゃないです」


 ――う……痛いところをダイレクトに衝かれた。


「グラディスは強いから、つい頼りたくなってしまう。付いていけばきっと間違いない。でもそれじゃ、一人で抱えがちなグラディスを理解して支えることはできません」


 気にしていた部分を、そのままズバリ切り込まれた。注文を付けたのは俺だけど、いくらなんでも率直が過ぎるだろ。 


「一番長く傍で見ててもか」

「時間も距離も関係ありません。もっと根本的な問題です」


 そして、迷いなく言い切られた。

 まるで世間知らずの子供に言い聞かせるみたいに、思ってもみなかった一言を。


「だってマックス君は幸せな人だから」

「……は?」


 意味が分からず聞き返す俺に、ユーカは構わず言葉を紡ぐ。


「私がこの世界で会った人の中で、多分マックス君が一番恵まれてる人ですよ? 故郷で私の親友が大好きだった物語のヒーローみたいに、何でも持ってる人です」


 さも当然のように断定され、俺の何が分かるんだと、カチンとくる。


 恵まれてることに否定はしねえけど、俺だってそれなりの苦労はしてる。

 物心つく前に父親を亡くして、女手一つで育てられたし、義父さんみたいなバケモノにずっとしごかれ続けてきたし、一族のプレッシャーだってきつい。


 他人事だからって、そういうのまで否定されたらさすがに腹立たしくなる。

 ろくな修行も覚悟もなくふらっと戦場に入り込んであっさり結果出すお前の方がよっぽど苦労知らずじゃねえか。こんな、命がけの戦闘をナメてるような奴に助けられたなんて、一生の不覚だ。いつもいつも能天気な顔しやがって。


 俺の内心の悪態なんかよそに、ユーカは本当に理解できてるのか疑わしくなるようなのんきな調子で続ける。


「最高のおうちに生まれて、強さも容姿も頭もその他全ての才能も人並み外れてて、それを磨く最高の家族と環境もあって。絶対に道を踏み誤らせないグラディスみたいなお姉さんが傍にいて。お父さんが亡くなったのは物心つく前なら、辛い思いもしてませんよね。むしろ今のお義父さんで補われてるようですし、可愛い双子ちゃんまで生まれて、家族にも恵まれてます」


 すらすらと俺の家庭環境にまで触れてくる。グラディス経由か? 余計なことまで言いふらさないでくれよ、まったく。

 グラディスに内心でクレームを入れながら、だんまりを決め込む。癪だけど、その指摘に大きな反論はねえ。グラディスが姉という部分を、幸運に入れていいかはともかく。


「キアラン君みたいに極端に行動が制限されるわけでもなく、周りに望まれて協力してもらえて、何の障害もなく将来の目標に突き進みながらも、自由に行動ができて――これで何か欠けたものなんてありますか? グラディスは家の責任を全部負わせてしまったってたまに反省してますけど、公爵家の跡継ぎのプレッシャーなんてヴァイオラだって感じてますよ。相応の努力もしてます。きっとガイ先輩やアーネスト先輩、ルーファス先生だって」

「――――」


 ここでも痛いところを衝かれた。俺だけ大変ぶってんじゃねえと、面と向かって叩き付けられた気分だ。これを言い返したら、本当の世間知らずになっちまう。 


 だけどそれを承知で反論させてもらえば、うちの義父さんは、本当に次元が違って振り切れてるんだよ。強さも、性格も。実戦ならともかく、訓練で何度死にかけたか……。


 俺の心の声がまるで聞こえているかのように、ユーカの言葉は続く。


「お義父さんは騎士の中でも別格過ぎて、特にプレッシャーが重いですか? でもヴァイオラは羨ましがってました。生まれた時からトリスタンさんの指導を当たり前に受け続けてきたなんて贅沢過ぎるって。それの結果はイベントの順位でもはっきり出てますよね。学園の実力者の中でも、マックス君は頭一つ抜けてますよね? 恩恵を受けるなら、デメリットも受け入れるのが当然です」


 ――もう、グラディスに論破されてるような錯覚すらしてきた。予告通りの率直さだ。

 そして、俺にとって一番の泣き所まで容赦なく……。


「今まで生きてきて、唯一の挫折はたかだか初恋が叶わなかったことだけですか? そんなの誰だってしてますよ。やっぱりマックス君は恵まれてます。こんなに幸せが当たり前の人じゃ、複雑なグラディスを理解できないのは仕方ありません」


 もはやぐうの音も出ない。でもあんまり言いたい放題に言われれば、さすがに癪にも障る。つい反論のための反論をしてしまう。


「お前の方が理解してるような言種じゃないか」

「ある意味では。この世界で私を本当に理解できるのはグラディスだけだし、その逆もそうです」


 ユーカは不機嫌な俺に、一向にひるむことなく同意を返す。

 その表情が、はっきりと変わった。


「グラディスはことあるごとに、私に居場所と自信を持たせようと、機会を作っては支えてくれるんですよ。この世界で、地に足を付けて、生きていけるように。私が揺らぐ暇もないくらいに。それは、私と同じ世界で生きていた記憶を持つグラディスが、全部経験してきた上での葛藤からきてるんだと思います」

「葛藤?」


 グラディスとイメージのひどくかけ離れた言葉に、思わず聞き返した。


 同時に、あまりに印象的な、たった一つの場面が蘇る。

 たった一度だけ見たことがある、感情的に激しく取り乱したグラディス。あれは――。


「トロイさんのことは、私もショックでした。トロイさんが道を踏み外したのも、きっと根っこは同じものだから……。トロイさんの気持ち、私も分かります。グラディスとの出会いがなかったら、私もそうなっていたかもしれないです。だから、グラディスはもう、あんな悲しいことを避けたいんだと思います。同じ失敗をしないために、過ぎるくらい私にはよくしてくれます。私を支えることで、グラディスも自分を支えている。いつでも前向きだからって、平気なわけじゃないです」


 普段の子供っぽさとは違う、どこか悟ったような大人びたユーカの表情が、印象的に見えた。


「グラディスは、イヤでも人の痛みが分かってしまう人だから。良くも悪くも。そしてそんな人を見付けたら、支えてやらずにはいられない。そんなグラディスを支えるには、やっぱり普通の人では無理なんだと思います」


 どうして俺じゃダメだったのか――その答えとして、ダメな理由をこれでもかと並び立てられた。


 いちいち心に突き刺さると同時に、ユーカはこんなにもはっきりものを言うやつだったのかと、変なところで呆気にとられた。

 この国によく馴染む脳筋に見えて、ここまでいろいろ考えている奴だったのかとも。


「だから、グラディスがキアラン君に惹かれたのも、なんとなく分かります」 


 最後に、そんなムカつく一言でとどめを刺された。


 ちくしょう、そうだよ。俺は、グラディスの心の奥の苦しみなんて見えてなかった。

 前世が異世界人だったり大預言者だったからなんだよって、転生者なんて歴史上何人もいるだろうって、別に気にもしなかった。そんなことくらいであのグラディスが苦しんでたなんて、思いもしなかった。指摘された今だって、想像もつかない。


 ――ああ、これがダメなのか。

 きっと当人にとっては、()()()()()、では到底すまされないことなんだ。

 

 身の安全だけは守れても、心を癒すなんて俺にはできなかった。気付いてすらいなかったんだから。

 そもそもグラディスの下である立場に端から甘んじてること自体、勝負にすらなってない。傍にはいても、隣に立ってはいなかった。

 全部、こいつの言ったとおりだ。


「……好き放題、言いやがって」

「優しい慰めでは、意味がないんでしょう?」


 そうだよ、畜生。そう望んだのは俺だ。自分で自分の首を絞めちまったな。


「グラディスは私の一番で、憧れですから。ちょっと見倣ってみました」


 ふふふと、いつもの明るい笑顔に戻る。


「私の故郷の言葉に、『明けない夜はない』っていうのがあります。きっと、そのうち明るい朝が来て、なんとかなっちゃいますよ」


 相変わらず気の抜けるような能天気な言葉で、最後に励ましてきた。今更フォローされたって遅せえんだよ。さっきまで散々こき下ろしてたくせに。


 ああ、むしゃくしゃする。

 随分遠慮なく言いやがって。釈然としないし反論したいこともたくさんあったはずなのに、的外れだと否定もできない。

 結局何も言い返せなかった。


「それじゃ、私はもう行きますね。私のために開いてもらったパーティーですから」


 ユーカは軽やかに背を向けて歩き出す。そして、数歩歩いてから振り向いた。


 帰り際にもまだとどめが差し足りないか――内心ささくれ立つ俺に、最後の一言。


「……?」


 意味が分からなかった。聞き直す前に、さっさと行かれちまったし。


 何なんだ、一体。

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