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マクシミリアン・ラングレー(従兄弟・義弟・クラスメイト・弟)・1

 最近おとなしかったベルタが、久し振りに盛大にひっくり返った。いろいろとぶちまけて。いつも思うけど、なんで何もないとこで転べるんだろうな。


 飲み物とデザートで派手にデコレーションされたベルタを、ユーカと二人で会場の外に運び出す。放っておいたら、別室に行くまでの間にまたやらかすだろうから半ば連行だ。


 会場を出てから、しばらくして気が付いた。

 信じられねえ。

 俺が、たった今まで、グラディスの存在を忘れていた。頭からすっぽり抜け落ちていた。そもそもいつもなら、わざわざ会場から離れて、グラディスとキアランを二人きりにするチャンスなんて作ってやるわけがないのに。


 何が起こっているのか想像がついて、湧き上がってくる何とも言い難い感情。


「ありがとうございました。私はベルタの着替え、用意してもらいますね。もう大丈夫だから、マックス君は先に戻っててください」

「あ、ああ……」


 控室に送り届けたあと、ユーカに言われて、重い足取りで引き返す。


 なんか、会場に戻りたくねえ。

 戻った瞬間、多分またグラディスのことを忘れるんだろう。たとえすぐ傍にキアランといても。

 そんな間抜けにはなりたくねえ。


 なんとなく廊下の休憩用の椅子に腰を下ろして、ぼんやりとする。開き直ってパーティーを楽しむ気分になんかなれねえ。


 なんでこんな結果になっちまったんだろうなあ。

 完全に玉砕したのは分かってるんだ。

 グラディスに、キアランが好きだと打ち明けられた連れ去り事件のあったあの夜に。


 今まで絶対に越えなかったラインを踏み越えて、最後の賭けに出た。グラディスの意思に逆らったことなんて、絶対になかった俺が。

 俺を嫌いになることはない――そんな当たり前のようにされた断言が、逆にムカついたせいもある。

 嫌うならいっそ嫌ってくれと、諦めと、捨てきれない希望と、だけど覚悟と――色々入り混じったまま、初めてグラディスに反抗した。

 ただ反応を確かめてみたかった。どうしても俺では、ほんの少しもグラディスの感情を揺さぶれないのかと――本当に最後の悪足掻きだった。


 結局グラディスはその場で怒っても、ろくに気にもしてくれなかった。


 例えば、着替え中に偶然俺が部屋に入ったとしても、「気をつけろゴラア!」で終わって、あっさり忘れられてしまう。甘くはあるが、欠片も意識すらされてねえ。そんな感じだ。


 ――さんざん言われて続けてきた通り、本当に弟以外の何物にもなれなかった。警戒するどころか、俺の前では平気で薄着だし。


 大体なんだよ、キアランとのあの差は! 基本的な扱いが、三歳のクリスと大差ねえ。俺は別に無邪気にじゃれついたわけじゃねえぞ。成人しても強くなっても、可愛い弟ポジションは不動かよ!


 考えてみりゃ、大預言者としての人生を一回全うしたくらい、ある面では老成されてるわけだもんなあ。やっともうすぐ十六の俺なんて、クリスと同じ子ども扱いでも仕方ないのか……。グラディスと同じ目線で語れるキアランの方がおかしいんだ。


 まだ諦めてねえなんてのは、ただの強がりの牽制だ。本当は端から分かってる。グラディスが一度心を決めたら、誰にも覆しようがねえ。


「あれ、マックス君? どうしたんですか?」


 ポツンと座ってるところに、ユーカが一人で戻ってきた。


「ベルタのいつもの空想が始まったみたいなんで、スタッフの人にお願いして部屋に置いてきました」

「――またか。ここしばらく平和だったのに、復活しちまったみたいだな」

「さっきグラディスと何かしゃべってましたもんね」

「――ああ……」


 ユーカも気付いてたか。ベルタがこれまで通りの見慣れた様子に戻ったのは、それからだ。


「あいつも余計なことするよなあ」


 冗談めかした愚痴を言うと、ユーカがくすくすと笑う。


「グラディスは、自分らしくいられることをとても大切にしてくれる人だから。元のベルタの方が、私も見ていて安心できます。最近はすごく思い詰めてて、見ていて可哀そうなくらいでした」

「そうだったか?」


 思い返してみるけど、あんまり覚えてねえ。俺はそこまで気にしてなかったな。


「戻らないのか? 一応今日の主役だろ?」


 俺と立ち話を始めたユーカに、遠回しに促す。今は少し一人にしてほしいのに、ユーカは相変わらずの空気の読めなさで、かまわずにこにこと会話を続けてくる。


「マックス君こそ、一応ホストじゃないですか」

「ちょっと休憩だ。悪いな。しばらくしたら戻るから」

「気にしないでください。会場に戻ったら、グラディスのこと忘れちゃいますもんね」

「――――!」


 なんてこともないように言い当てられて、思わず口をつぐむ。なんとなくイラっとする俺の気も知らずに、更にいつも通りの能天気な口調が続く。


「会場から離れてすぐ気が付きましたよ。私もグラディスが大好きですから。私は頑張れと思いますけど、マックス君はつらいですよね」


 触れられたくない部分にずけずけと触れやがって。同情するんじゃねえ。


「何だよ、バカにしてんのかよ」

「とんでもないです。いつも一緒にいるのに、二人の前で良くない態度取らないの、すごく偉いと思います」

「――――」


 落ち込んでる理由を見透かして、さっきからダイレクトにズバズバ図星を指してきやがる。ちくしょう、少しは遠慮しろ。


「そんなダセー真似、できるかよ。カッコ悪りいからもう見んな」


 腹立ち紛れに吐き捨てても、ユーカの笑顔は変わらない。


「そんなことありませんよ。意地を張って頑張るのは、カッコいいことです」

「…………」


 くそう。前から薄々思ってたけど、こいつ俺よりよっぽど脳筋だ。これに反論なんかしたら、俺の方が女々しくなるじゃねえか。


 なんかいろいろ見抜かれてて決まりが悪い。


 確かにこれまでと態度を変えないように気を付けてはいる。

 だけど、あの二人のやり取りが、人前では今まで通りに振る舞ってるようでも、全然違うのが分かり過ぎて辛いんだ。目配せ一つし合ってるだけでも、そこに俺が入り込む余地がないのを思い知らされる。悪足掻きや腹いせの憎まれ口を叩いても、苦しいだけだった。


 どうせそこまでバレてるなら、今更取り繕うこともねえか。もう半ばやけになって、衝動的に口を開く。


「お前からその話題に触れたんだから、ちゃんと答えろよ」

「分かることでしたら」


 誰にも明かすつもりのなかった愚痴だ。


「――なんで、俺じゃ、駄目だったのかな」


 グラディスの最初の前世と同じ故郷を持つ、ある意味では俺よりグラディスを知る存在である異世界人。


「率直に答えていいですか?」


 ユーカは印象的な真っ黒の瞳で少し考えてから、質問に質問で返してきた。


「そうでなきゃ意味ねえだろ」

「分かりました。では――」


 俺に確認を取ったユーカは、悩みすらせずに答えた。

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