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迷走

 ちょっと、いや、正直かなりドキドキしてきた。


 いや、落ち着け。これでもかつては世界を制したアスリート。大勝負には慣れている!


 こんな時には、大勝負の前に必ずやった理想の動きと展開を客観的にトレースするイメトレ法だ! 思い通りに試合展開を運ぶ上で、脳内シミュレーションは効果的なのだ!

 今こそ複数の予知を一瞬で同時に処理する大預言者の真骨頂、無駄に速い並列思考と記憶力の使いどころ!!

 えっ、違うだろって!? 今使わずにいつ使うのだ!!?


 私の中の脳内アナウンサーさん、勝利に繋がるシミュレーション実況をお願いしますよ!!


 さあ、グラディス選手が先制攻撃の体制に入ったぞ。キアラン選手、一直線に懐に向かってくる相手に気が付いた。必殺の一手(一当て)は決まるか。キアラン選手の堅牢な防御をどれだけ揺さぶることができるのか。おっとグラディス選手、視線にひるんだのか速度が落ちる。

 焦りから動きがぎこちなく……って、やっぱうるせえええええっ!! 黙ってろ、実況!! こちとら真剣勝負の真っ最中なんだよ!!


 って、ああっ、私の挙動不審を、キアランが不思議そうに見てるじゃないか。


 なんでこう、キアランが相手だと、こんなになっちゃうんだ。狙って見せに来たはずの今日の作為的すぎる服装すら、いざ見られると、なんか恥ずかしさが!?


 乙女フィルターさんちょっと仕事し過ぎ! 見る時だけじゃなくて、見られる時まで大活躍か!? 有能なのはもう十分分かったからっ、ホントに頼むから少し休憩入れてちょうだい! これから一大ミッションに突入するとこなのに、そんなにスタートダッシュからはりきって働き続けたらそのうち過労死しちゃうから!


 いやいや、手強い難敵にまずは予想外の先制攻撃!

 さあ、ここが攻めどころだぞと、気合を入れる。

 じっと待っているだけでは勝利は転がり込んでは来ないのだよ!! キアランという鉄壁の牙城に、破城杭を打ち込んでやるのだ!! 少しずつ距離を縮めていって、あとでお呼ばれとかされるまでになればこっちのもんだ。

 そのためにはとにかくまずは動く!! 後は野となれ山となれ!!


「キアラン」


 既成事実達成の野望を胸に、一直線にグングンとキアランに向けて突き進む。


「グラディス、どうし――」 

 

 会場のど真ん中で、キアランにいきなり抱き付いてやった。


「――っっ!!?」


 トラトラトラっ! ワレ奇襲ニ成功セリ!! キアランの意表を豪快に衝けたぞ!!


 さすがに驚いて数秒硬直してから、はっとして周囲に視線を走らせるキアラン。

 パーティー会場のど真ん中なのに、誰一人として気が付いてもいない。何事も起こってないかのように。

 その異常な状況に、私の頭上でふっと安堵の息が漏れた。


「認識阻害をかけたのか」

「そう、しばらく私たちは透明人間ね」


 キアランに触れた瞬間、魔力を拝借して会場中に魔術をかけた。ノアも情報収集の際によく使ってるやつの最上級版だ。

 今ここにいるすべての人間は、私たちの存在に意識が割けない。直前まで、私がキアランに近付いて行った様子すら、もう意識下からはなくなったはず。さっきまでは確かに方々から浴びせられていた視線が、今は完全になくなっていた。


「人気のない林の奥でも医務室でもダメなら、仲間だらけのパーティー会場でどう?」


 ファイナルアンサーっ!!?

 抱き付きながら、キアランを見上げて、ドヤ顔で提案を投げかける。てか、事後承諾になるけど。


「――やっぱりダメ?」


 考え過ぎたら動けなくなる。勢いだけでいきなりの不意打ちを仕掛けてみたけど、ドン引かれる心配がないわけではないのだ。むしろ場所が場所だけに、可能性は高い気がする。心臓に悪いので判定はお早めにお願いしたい!


 そんな不安が伝わったのか、キアランは少し困ったように笑って、私の背中にそっと両手を回す。


「まったく、お前はいつも、俺の予想の斜め上を行く……」


 白旗を上げたような声とともに、抱きしめられた。


 よっしゃ~~~~~~~っっ!!!

 計算ど~~~~~~りっ!! 第一関門クリア!!!


 達成感を味わってから間もなく、思考がそこで固まってしまう。

 次の一手を考えていない!!


 よく考えたら、こうやって抱きしめられるのって、告白された日以来じゃない!? 好感触なのはいいけど、この後、どうすればいいんだっ!? 

 やっぱ勢いだけじゃダメだな! ちゃんと計画を立てないと! ご利用は計画的に!!


 一周目、二周目と、校舎でいちゃつく奴らにリア充爆発しろと呪ってたクチだけど、いざこうなるともういっぱいいっぱいです! ホントに爆発しそう!! 誰か私を呪ってませんか!?


 とっさに、乏しすぎる恋愛関連の情報を脳内から必死に引っ張り出す。


 そういう方面に妙に鼻の利くサロメは、私の態度から何か嗅ぎ付けたのか、最近妙に押しかけ恋愛相談員役を買って出てくれるのだ。人生経験豊富な()()()()のアドバイスは、詳しくは相談できないなりに、なかなか参考にさせてもらっている。


 一番お手軽にできそうなのは、男はギャップに弱いから、ジュリアス叔父様にするみたいに可愛く甘えてみろ、ってやつだろうか? でも、それは相手が悪すぎる。変に()()()()、キアランには見抜かれるもん! その方がよっぽど恥ずかしくない!?


 でもまだまだ序盤なんだから、ここで攻撃の手はを緩めるわけにはいかない!! 一気呵成に勝負をかけねば!! とりあえず予定通り、圧力発動。


 え~と、相手がどういう反応だったら、もっと攻めてみてもいいってサロメに言われたんだっけ?


A・スルー(無関心・迷惑)

B・スルー(ばっちり意識)

C・やんわり注意

D・ほどよくイチャイチャで応じてくる

E・オオカミに変身


 AとBの見極めを間違ったら目も当てられないけど、一応付き合ってるなら、Aは除外でいいよね! いいよね!!? スルーだったらBってことでOK!?

 キアランならCの可能性が高い気がする。できれば望ましいのはDだけど、大穴のEでも私的にはバッチ来いですよ!?


 むしろ選択肢Eのキアランとか、超見てみたい! さすがにおかしな薬でも盛らなきゃ無理そうだけど。アレクシス辺りに相談したら、それこそ度を越した協力をしてきそうだな。怖いよ、自分の息子に嬉々として薬を盛る母親とか。


 それにしても、前半戦で歩き回ることを想定して、踵の低い靴を履いてきたのは失敗だったかもしれない。いつもより顔の位置が遠くて、引っ付いて見上げる角度だとちゃんと見えない。標的(ターゲット)はただでさえ表情が読みにくいキアランなのに。


 反応を気にかけつつ、ちらちらと盗み見るように視線を上げ下げする。いやいや、勝負に弱気は禁物だ! 気合を入れ直して見上げた瞬間、ばっちりと目が合い、また次に打つ手に困ってあわあわと目が泳ぐ。ああ、なんか顔も熱くなってきた。


 キアランが、かすかに溜め息を吐いた。視線を明後日の方に向けて、私にというより自分に言い聞かせるように呟く。


()()()()わざとでないのは、分かっている」


 ――そっち?


「って、どっち?」


 押し当ててるのはお察しの通りもちろんわざとですけども他にもまだ何か!?


「お前にそんな表情をさせられるのが、俺だと思うだけで、うっかり舞い上がりそうになる」

「――――っ!!?」


 おおっと、その手には乗りませんよ! そんなこと言ってる割には、反応が薄いんですけど!? その澄ました顔をどうしたら崩せるのか。

 ああ、次なる一手が思い付かない! 神の一手はどこにある!?


 多分選択肢B寄りで(断じてAじゃないぞ!)いまいち手応えの薄いキアランの反応に、そこで突然別の可能性を見出し、思わず愕然とする。


 ――はっ!!

 まさか、キアランは()()()は好きじゃないっ!?


 こいつは盲点だった! 一周目の記憶によれば、ささやかなのがたまらないというマニア層も一定数存在していたとか! 兄ちゃんズが全員巨乳好きだったからすっかり失念してた!


 なんてこった! 緊急事態です! お客様の中にお医者様(巨乳好き)はいらっしゃいませんか!? 私の乙女心を治療(ケア)してください!


「お前、また何かおかしなことを考えているだろう?」


 迷走が極まったタイミングで、キアランが目ざとく追及してくる。


 ずっと不安を抱えてはらはらしてるよりは、いっそとどめを刺されてから対策を考える方が建設的だよね。

 意を決して訊いてみる。


「キアランは、控えめじゃない胸は好きじゃない?」


 私の出し抜けの質問に、キアランは一瞬見たことがないくらいの無表情を素で浮かべた。


「――さすがに、そこまでとは思わなかった……またお前は、妙なことを……」


 ええっ!? これ重要なことじゃない!? むしろ乙女の一大事ですよ!?


「いつもお前に気軽に抱き付かれるマクシミリアンを羨んでいたが……これはこれで、大変だったんだな」


 私の内心の反論を無視して、キアランははあ~~~~~~~っっと、大袈裟なくらい長くしみじみと嘆息する。


「俺は一度でも、お前の容姿について触れたことがあったか?」


 思っても見なかった質問を返される。


 はて、そういえば――。

 問われて、改めて記憶をひっくり返してみて「あれ?」と思う。


 私、子供の頃からビジュアルだけは飛び抜けてたおかげで、甘やかしが激しい家族や身内にとどまらず、会う人会う人老若男女から、挨拶のように美貌を褒められてきたものだ。性格はともかく。


 だけどどんなに思い返してみても、キアランからは可愛いの一言すら聞いた覚えがない。そもそも友達だからというのを差し引いても、私に対しては一切の社交辞令を言わない人だし。ちなみにその隣に一緒にいたノアは割とよく言ってくれてる。余計な一言も多いけど。


 強いて挙げれば、武闘大会の時に「きれいだ」って言われたっけ? でもあれは叔父様からプレゼントされた正統派なドレスに対してだったか。

 行きすぎたダイエットをしないように、「そのままでいい」と釘を刺されたやつは数に入らないよね?


 五年以上の付き合いなのにびっくりするほど、外見のことを言われた記憶がなかった。

 目を丸くする私に、キアランは真面目な表情で続ける。


「お前がどんな姿でも関係ない。お前であれば、それでいいんだ。前世のお前には会えなかったが、俺と同じ場所に、同じ年で生まれてきてくれた運命に、心から感謝している」

「――――――――」

「だから、服だってお前が着たいものを着ればいい。いつものように誰の目も気にせずに。自分らしく自由で生き生きとしたお前が、俺は一番好きだ」


 ――これだから、キアランは手に負えない。


 完全に戦意喪失。こんな短い一言にやられて、もはや気の抜けたジャブも打ち返せない。ここから畳みかけていかなきゃいけないとこなのに。


 健闘虚しく見事な返り討ちだ。気合を入れてキアラン好みの服を選んだことまでしっかり見抜かれて、やっぱりいつものお小言もどきで撃沈。


 でもこれだけ言ってもらえたら、もう、負けでいいや。勝負に必要なのは勝利への渇望なんだよ。満たされちゃったら、勢いが続かない。


 落とすつもりがまた落とされた。

 こんなに悔しくない敗北はそうはないと思っちゃった時点で、ゲームオーバーだね。

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