残された人々
のぞくと決めたら、まずは隣の部屋に入りこんだ。すぐに窓から出て、目的の部屋の窓の下に忍び寄ってみる。
こういう時こそ大預言者の危機感知能力の出番だよね。
あれ? 今気づいたけど、私、けっこう泥棒とか向いてるわ。隠れ場所とか逃走経路とか金目の物のありかとか、完璧だよ。むしろそのための能力かのようだよ? 道を踏み外さないように気を付けないと。
窓の隅から、ちょろっと中をうかがってみる。
「わざわざ呼びつけてまで二人きりでの話があるとは、どういう風の吹き回しだ?」
おっと、アイザックだ。よし、声もよく聞こえる。ギディオンが呼び出したのか。やっぱあんまり密接な付き合いはなさそうな感じだね。
「悪いな。お前に、どうしても言っておかなければいけないことがあってな。とりあえず呑むか?」
「いらん。大事な話をするというなら呑むな」
「呑まなけりゃ、やってられない話だからな」
なんか、初っ端から空気重いなあ。こんな深刻なギディオンは初めてだ。一体何言う気だろう?
「いつか引退して、責任のない立場になったら、お前にだけは伝えなければならないと思っていた。この時が来るのを忌避して、今までずるずると現役を続けていたのかもな」
そう言ってグラスを一息にあおる。あいつ、ホントに昼間っからがっつり呑んでやがる。
「お前はずっと、10年以上こだわっていただろう。誰が犯人か、とうとう分からなかったからな」
ん? 何の話? なんかの事件の犯人? 窓越しにも、アイザックの動揺がうかがえる。
「まさか、知っているのか!?」
「……俺の娘だ。グレイスが、ザカライアを死なせた」
ぶ~っ!!!
え~~~、私のことかい!!? 馬車の轢き逃げ事件か!!?
「どういうことだ」
いや~~~~~! なんか、空気が更に重くなってんですけど!! マジでかんべんして~~~!!
そんな正味11年も前に終わったことで、なに険悪な感じになってんの!?
私のために争わないで~~とか、冗談言ってる場合か!!
「国中が犯人捜しでひっくり返ってた頃に、娘の御者が自殺して……俺宛てに残された遺書で、全て分かった。八つ裂きにしてやろうと思っていた轢き逃げの犯人は、俺の娘だった。その時グレイスは妊娠していて、せめて生まれるまではと目を瞑った。可能な限りの隠蔽もした。出産でグレイスが死んで、残されたグラディスを見たら、ますます言えなくなった」
あ~あ~、もう、ギディオンもなに馬鹿正直にゲロってんだよ。あんた悪くないから。まあ、バカ親ではあったけど、あんたも背負ってるものが普通とは違うし、しょうがないとこあるよ。
それよりあの御者、自殺しちゃったのか。気の毒に。後で被害者の正体知って、ぶっ飛んだろうね。自首が許される状況じゃなかっただろうしな、あの主人じゃ。
それでなくたって、イングラム公爵家とラングレー公爵家の進退にも関わることだ。荷が重すぎるわ。
大預言者殺しって、確実に国家反逆罪で死刑だもんなあ。そこまで考えてなかったわ。
ギディオンも、そんな懺悔とかもういいんだよ。別に気にしてないんだよ、私は。そもそも、今ここにいるし!
現実的に考えて、あんたが真相を公表してたら、私、大預言者を殺した女の娘ってことになってたからね? そんな大罪人の身内扱いとか絶対やだし! 下手したら監獄で生まれてたとこだよ!? 被害者の私がすでに許してるのに、蒸し返したって誰も幸せにならないでしょ。
結果オーライで、問題ないじゃん!
でも私が出てって、気にすんなとか、言ってやれないし、どうしたもんかね。
「……分かった。もういい、気にするな」
おお、アイザックが代わりに言ってくれた!
「気にするな?」
「お前は、私に断罪でもさせるつもりか? 私はもう納得した。犯人はすでに死亡している。これ以上、私がすることはない」
「お前は、それでいいのか? 真相を渇望するお前を見ながら、俺はずっと隠してきたんだぞ」
「自分の娘が親友を死なせた事実を、隠蔽し続けてきたことか? それはお前にとって、最大の罰だ」
淡々としたアイザックの言葉。ギディオンは、黙って俯いちゃった。
うん。今の顔を見られたくないんだね。11年間も一人で抱えて、よく我慢したね。私を見るのは、嬉しくても辛かったのかな。
あんたのおかげで、私は今幸せだよ。
だからもう、本当にいいんだよ、ギディオン。自分を許しな。
アイザックは、空のグラスに自分で酒を注いで呑み始めた。
「ザカライアは、そんな細かいことは気にしない。それでお前が苦しむことの方が、よほどいやな奴だ。今更騒ぎ立てても、誰も幸せにならんからやめとけと言われるだけだ。あいつのことだからきっと今頃は、残された人間の苦悩など気にも留めずに、どこかで生まれ直して楽しくやってるさ」
アイザック~~~~~う!!! お前、ホントいい男になったな! 言いたいこと全部言ってくれたよ!! ちょっと私を無神経に捉え過ぎだけど、やっぱりお前が一番の理解者だよ!!!
「お前には、かなわないな……」
ギディオンも、一緒にグラスを傾けて呟いた。
うううっ、男の友情、ごっつぁんです!!