街歩き
今日は学園がお休みの日。
前々から仲間内でスケジュールを合わせて、準備を重ねてきたプライベートなイベントの日がやってきた。
ユーカにおねだりされてた街歩きだ。
闘技場に召喚されてからすでに二年以上、一度も外を出歩くことなく、ずっと王城と学園の往復生活だったユーカを、私たちで外に連れ出した。
ユーカもやっとファンタジーな街並みを、異世界散歩デビューだ。長い道のりだったね。
初めてのお出かけは、身近なパーティーのメンバーにしておいた。なんだかんだでみんな忙しい身だから、実行まで少しかかっちゃった。私もみんなに合わせるため、無理矢理仕事を詰めて、何とか今日のオフをねじ込んだ。しばらく根を詰めてた分、目いっぱい遊んでやるぞ!
といっても、特別なことをするつもりはないんだよね。
この世界に連れ込まれてから、慣れないことばかりでおなか一杯だろうから、逆にユーカが日本で当たり前にやっていたことの再現に努めてみる予定だ。
十六歳の誕生日に、突然召喚されてしまったユーカ。本当なら、親友と遊びに行く途中だったそうだ。その続きのようなことを、ここでさせてあげられたらと思う。非日常が日常になってしまったユーカにとって、今必要なのは『普通』なんだと思う。
待ち合わせ場所が駅とかじゃなくて、いきなり王城って時点で、異世界観のスタートダッシュが凄いんだけど。
それでも、親しい女友達で気軽に街を歩いて、ショッピングをしたり、買い食いをしたり、映画の代わりに観劇に行ったりってのは、どこの世界も変わらないと思う。ゲーセンはないけど、この世界って、魔術修業とか魔物退治とかはリアルでゲームみたいなもんだしね。できるもんなら私もやってみたいわ。
実は後半には、ユーカの数か月遅れの誕生日パーティーも企画していて、そこからはキアランたち学園の友達も来てくれる段取りになっている。こっちはユーカには秘密。前にユーカが私の誕生日の時、学園内でやってくれた故郷流サプライズのおかえしだ。
ヴァイオラ、ソニア、ティルダ、ダニエルも含めて計六人が全員集合。珍しく私服で勢ぞろいした姿は、それぞれに華やかでなかなか壮観だ。このままファッションショーでもしたいくらいだ。
王城のユーカと合流したら、みんなで同じ馬車に乗って、電車気分で出発だ。
「コースは私に任せてね。色々調べたから」
一応幹事として、自信満々に保証する。正直、私がやりたかったこと、行きたかったとこも盛り込んでるから、みんなそっちのけにならないか心配だ。気を付けないと。
「はい、楽しみです!」
ユーカが、いつもと違うコースを進む馬車から、変わっていく景色を眺め、元気に答える。
久しぶりにおめかししてお出かけとか、それだけで嬉しいよね。普段は、城で用意された普通に地味な服か、学園の制服やら体操着やらばっかだもん。
ホントは洋服くらい、私がいくらでも用意できるんだけど、ユーカは友達に施されるのをよしとしない性格だから控えている。
今日は特別に外出ということで、私がばっちり似合うのを用意した。いつもアレやコレが似合いそうだなあとか脳内シミュレーションしてたから、実際に着せ替え出来てそこも楽しい。
真っ白なニットの膝上ワンピースに、黒のロングブーツ。やっぱり絶対領域は外せない! 外に出たら、コートで隠れるのがもったいない。
もう普通に現代風の装いだ。私はまだ叔父様の目を盗んで着用して出歩くまでには至っていないから、ちょっとうらやましい。
いや、ミニスカまでもう一息だ! 叔父様の高い壁も、そのうち越えてやるぞ! ――そのうちね……。
「冬の定番ですね!」
見慣れたファッションを身にまとって、ユーカもすごく喜んでくれている。やっぱりよく似合ってるね。次の機会があったら、異世界風コスプレも経験させてあげよう。こっちではコスプレにならないんだけど。
「こうしてみんなでプライベートに集まるなんて初めてね」
ソニアが頬を上気させて言った。ユーカのための企画だけど、メンバーのみんなも楽しみだったのには変わりない。
「私、今日の訓練、久しぶりにサボってきたわ」
ティルダがドヤ顔で、おっさんのプチ悪いこと自慢みたいなセリフを吐く。昔の怠け者なティルダを知っているだけに、逆に真面目になったもんだねえと感慨深い。うん、いつもは困るけど、たまにはいいよね。
「私は今日をオフにするために頑張ったわ。楽しみで昨日なかなか眠れなかった」
普段から落ち着いてるヴァイオラも、いつになく浮かれ気味。気持ちは分かる。ザカライア時代に、自由に出歩けないストレスはうんざりするほど味わってるからね。日夜修行に打ち込む次期公爵様が、遠足前夜の子供状態だったのも無理はない。
もうこうなったら、街を知らないお嬢様たちをまとめて面倒見てやりたいね。
「あたしのおススメもコースに入れたんだぜ」
ダニエルが偉そうに身を乗り出す。馬車の中でもさすがの体幹だな。
本人の言う通り、ハンター家の連中は身内同士でどこでも好き勝手に出歩くから、今回の計画で一番頼りになった。まあ、輩もどきの集団にうろつかれる街の人たちは、ちょっと迷惑かもしれないけど。
その分現地情報が豊富で、特に食べ物屋系は独壇場。私もやる気満々で、朝ご飯を抜いてきたぞ。今日はカロリーを気にせず食べてやる!
まずは散策がてらショッピング。
馬車から降りたら、みんなで歩いて、人の流れの中に飛び込んでいく。
一般人風のおしゃれをして、比較的治安のいい中流レベルの街をぶらついてみれば、すべてが物珍しい異世界の光景に、ユーカのテンションもうなぎ上り!
せっかくの異世界転移なのだから、苦労ばっかじゃなくておいしいところも堪能してもらわないとね。
「すごいです! ロープレの世界みたいな街並みです!」
うんうん、そこは感動ポイントだよねえ。ローブ姿の魔導士だの、武器を持った剣士だの、ドレスを着た奥様と付き従う侍女だの、巡回の兵隊さんだのが、普通に歩いてるもんねえ。
でも徹底した実用主義だから、ときめくようなロマン武器やら装備は、残念ながらまったく見かけないけどね。どっかにビキニアーマーのお色気騎士とか潜んでやしないかと、ザカライア時代は真剣に目を光らせたもんだった。
私の周辺で見かけなくても、ハンター家辺りなら頭のぶっとんだ武器とか開発してんじゃないかと思って前にダニエルに訊いてみたら「そんな命がけのギャグやるわけねえだろ」なんて、またしてもバカに馬鹿にされた! フン、戦闘とか別に専門じゃないし!
「あ、あれ、なんですか!?」
今日、何度目か分からなくなるくらいのユーカのこのセリフに、みんなで代わる代わる答える。
でも、目に付く変わったものすべてに飛びつくユーカのはしゃぎっぷりもすごいけど、他のメンバーもみんなお嬢様だから、実は下手したらほとんど同レベルのお上りさんっぷりだったりする。
庶民の街に一番詳しいのが、私とダニエル。ダニエルも大家族の長女的な立場で面倒見がいいから、二人で引率する形になっている。一応私たちだって公爵家の超絶お嬢様なんだけどね。
もっともこの国の貴族は相当アクティブだから、下町の方にだって庶民を装って自由に動き回るなんて日常茶飯事だ。王子様からしてそれを子供の頃から普通にやってるくらいだし。何ならたまに国王だってお忍びやってるぞ。
けれども私たち一団は、装いこそ庶民風でも、全然忍べていない。庶民の中で完全に浮いているし、端から身分を隠す気もない。
なにしろ趣の違う美少女軍団というのを差し引いても、このメンツって有名人だらけなんだ。
私とユーカは言うに及ばず、次期オルホフ公爵と目されるヴァイオラとか、メンバーで一番の著名人なくらい。
ダニエルなんて青い髪にペリドットの瞳という、一目で分かるハンターカラー。
新聞にも詳細が載った新歓バトルロイヤルで、学園不動の双璧ガイとアーネストを撃破したイングラム家のティルダ。ついでにド迫力バディだ(ココ重要)!
王妃様の姪として、同じく恥じない好成績を残した王子の従姉のソニア。ティルダの隣だと清楚さが好対照に際立って、どっちにしようかと目移りしちゃう。
とにかくこれだけの集団が目立たないわけがない。もう注目されるのはみんな慣れてるから、人目なんか構わず好きに遊ぶのだ! なんなら滅多に見られないレベルの目の保養だから、みんなもっと見とけ!
もちろん厳重な護衛が密かに周辺を固めているけど、ユーカは気付いていない。そっちはいいとして、冷静さを装いながら内心浮かれ過ぎのティルダ、お前はダメだ! 修行が足りないぞ!
まあ、こんなに華やかなきれいどころが揃ってても、不用意に近付いてくるような骨のある男性諸氏は皆無だ。
これだけの武闘集団ともなると、おいそれとちょっかいかけてくるツワモノは、この国にすらそうそういない。みなさん素晴らしい危機管理能力ですな!
バルフォアの今年度バトルロイヤルを制した強力パーティー。王国の未来の主力になるメンツだ。下手したら、周りの護衛たちより強いかもしれない。
悔しいことに、この中で一番戦闘力が低いのって、確実に私なんだよなあ。こればっかりはしょうがないんだけど、魔術使われたら、すでにユーカにも負けるってのが何ともねえ……。
ゲートを塞ぐ時のために、守護石にほぼ強制的に吸い上げられてる私の魔力。それが自由になったら、私も少しは戦えるようになるのかなあ?




