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介入

 私に促され、ユーカとクローディアの視線が集まる。


「えっ? い、行こうかってっ……?」

「どこへですか?」


 戸惑うクローディアと、意欲的なユーカ。対照的な反応だ。


「職員室」

「分かりました」


 それだけ聞くと、ユーカは再び阿吽の呼吸で、クローディアを私と二人で左右から挟むようにして、腕をがしっと組んだ。騒然とした人の波に逆らいながら、ずんずんと次の目的地へ突き進む。


「ええ!? 待ってください! こちらの手伝いは!?」

「人手は足りてる。それよりこっち」


 焦るクローディアの反論をピシャリと封じ、足早に歩いた。

 本来なら一分以内に全力駆け足! と叫びたいとこだけど、そこは現状を透視して時間調整してるからいい。

 問題は、メンタル的に私が相当キツイってこと。


 これから遭遇する事態への覚悟を固める。分かっててあえて見過ごすというのは、本当に動揺と罪悪感が半端ない。


「まだ見つかりませんかっ?」


 開け放たれたままの扉の向こうから、苛立った声が響いた。滅多に感情を見せることない人物から。


 ゴールの職員室をのぞくと、中にいたのは校長のファーガスと事務のティナさんだけだった。

 この騒ぎのせいで、責任者と補佐だけ残って、他の人手はみんなそれぞれ事態の収束のため現場に出払ったところらしい。


 ちなみにティナさんはよくうち(インパクト)の靴を履いてくれてて、何度か話したことがある。


「副校長は一体どこにいるんですか!? 今すぐ現場の指揮を……」


 険しい表情で指示を出していたファーガスは、突然入室してきた私たちに気付いて動きを止めた。生徒の登場に、すぐさま冷静に対応する。


「何かありましたか?」

「失礼します」


 一言かけて、すっかり閑散とした職員室内部に踏み込んだ。


「ええっ、ちょっと、待ってくださいっ」


 すでに問題児扱いされているクローディアは、無作法ともいえる校長とのご対面に肝を冷やす。この前叱られたばかりだしね。でも気持ちは分かるけど、今はそれどころじゃない。

 ユーカの協力の下、そのまま強引に同行させる。

 私はもはや前置きもせず、二人の大人の視線を浴びながら、広いフロアに並んだデスクの間を無言で縫って進んだ。


 目的の場所は一番奥の角、部屋に隣接する扉のない給湯室。その壁際とテーブルの間の床。

 死角になる狭い隙間にはまり込むように、うつ伏せに倒れたままピクリとも動かない副校長のモードがいた。


 これは事前に脳内で見ているビジョンだ。

 ――それでも、やっぱり実際に目にした瞬間は、息が止まりそうになった。

 いや、だから、それどころじゃない! 一瞬で恐怖を振り払う。


「えっ!? 人が倒れてます!!」


 詳細も訊かないまま、ただ私を信じて付き合ってくれていたユーカは、予想もしなかった光景を前に叫んだ。


 ファーガスたちが驚いて駆け寄ってくる。

 さすがに普段の訓練のたまものだろう。倒れた人間を視界に捉えた瞬間、クローディアが反射的に飛び出し、モードの状態を確認し始める。


「息も脈もありません! 心肺停止状態です!」


 切羽詰まった報告に、取り囲んだファーガス、ティナさん、ユーカの間に衝撃が走った。


 ――そう、これが本日のメインイベント。運命に介入するべきかどうか、私が最後の最後まで本気で悩み抜いた最悪の一場面。リカバリーを大前提として、見過ごすことを選択した、絶対に失敗できないミッション。


 正確な病名とかまでは知らない。何かの衝撃や弾みで、急に心臓発作が起こっちゃうやつだ。

 運の悪いことに、ちょうど職員室内が騒然として慌ただしく動き出したタイミングで、しかも中途半端に仕切られた隣室で倒れたせいで、誰にも気が付かれずに放置されて、手遅れになる運命だった。


 病気や寿命だったら、たとえ大預言者でもどうにもならない。でもこれは人知の及ぶもの。魔法なんて便利なものはなかった一周目の人生で、一流の指導者だった両親から、しっかり教わっている。いくらなんでも蘇生の目がなかったら、さすがに初めから防いでいた事態だ。


「ユーカ! 『心肺蘇生』、やり方分かるね!?」

「は、はい! 学校の講習会とかで教わりました! 何度か人形での練習もしたことあります!」


 クローディアを押しのけて、私とユーカでモードの両脇に陣取って、手早く準備を整える。


「な、何をしてるんですか!?」


 戸惑うクローディアには目もくれない。


「ユーカ、ここ!」

「はい!」


 私に示された胸の辺りに両手を圧し当て、ユーカが思いきりよく心臓マッサージを始めた。他の三人は、突然の私たちの奇行にただ唖然とするばかり。時間との勝負だから構ってはいられない。


「1、2、3、4っ……」


 私も傍らで、掛け声をかける。


「もっと深く! もっと! 五センチは意外とでかいよ。ビビらずガンガンやって!」

「はい!!」


 さすがに講習を受けたというだけあって、ユーカは指示通りに押す力を要領よく調整していく。傍から唖然と見ていたティナさんが、骨折でもしそうな勢いに小さな悲鳴を上げた。

 でも目的をはっきり理解してるユーカは迷いがない。本当に頼れる存在だ。


「うん、完璧! そのリズムでしばらく続けて!」

「はい!」

「――さて」


 私だけ立ち上がり、ユーカからクローディアに視線を向ける。


「あんたにもやってもらうことがある」


 私は人差し指をすっとクローディアの額に当てた。


「何をっ……」

「じっとして」


 触れた部分から魔力をもらい、私の中にあるイメージを完全な形でクローディアの脳に直接投影する。ユーカに転移を教える時にやった脳への直接のダウンロードと違って、私の思考を完全に伝達する魔術。この世界の人間には当然のように存在しない、精神体である魔物寄りの技だ。思った以上にスムーズに使えたのは、トロイから受け取った瘴気のせいだろう。


「な、何ですか、これは!?」


 突然頭の中に浮かんだ明確なビジョンに、クローディアが目を見張る。初めて経験する他人からの思念の受信に衝撃を受けたせいだけじゃない。その内容自体に驚いて、息を呑む。


「これを、一ミリの狂いなく、威力も位置も精密に再現して」

「い、意味が分かりません! 死者を冒涜しろというのですか!?」

「本物の死者にしないためにやれと言ってるの。生きてさえいれば、骨折だろうが火傷だろうがあとで治せる」

「し、しかしっ!」


 抵抗の意思を見せるクローディアを、背後から抑揚のない声が有無を言わせず制した。


「クローディア、やりなさい」


 私とユーカの一連の行動は、この世界の人たちにはきっと常軌を逸した異常なものにしか見えない。それでも、傍らでただ静観していたファーガスが、初めて口を挟んだ。


「私が許可します。どんな結果になろうと、私が責任を負いましょう。やりなさい」


 私とクローディアの間にあったやり取りなど、うかがい知るべくもないファーガスが、躊躇うクローディアの背中を、逆らえない圧力を込めた命令で押した。


 ああ、こんな時だけどファーガス、私の正体に気付いてたか。でも、今は助かる。


 校長命令を受け、ようやくクローディアも肚を決める。


「――わ、分かりました……本当に、どうなっても知りませんよ?」


 青白い顔で呟き、精神を集中させ始める。その横で、私は完全なタイミングを図っていた。万に一つのズレも許されない。


 ここだ!


「ユーカ、離れて! クローディア、やれ!!」

「「はい!!」」


 私の指示で素早く身を翻したユーカと入れ替わりで、クローディアが魔術を発動させた。


 視認できるかどうかの小さな閃光が、一瞬にも満たない時間走り抜けた。


 バチバチと、効果音が聞こえそうだ。


 お見事!


 私の伝達した指示と寸分違わない場所と威力。私の予知による厳密に数値がコントロールされた電撃攻撃。ほんの少しでも狂っていたら、成功率が大幅に下がるところを、クローディアはぶっつけで完璧な再現をやってのけた。


「人力で『AED』ですか!?」


 ユーカが私の意図を理解して声を上げた。


 息のない人間相手に、言われるままに攻撃を仕掛けてしまった形になるクローディアは、動揺しながらも結果を見守り、驚愕に目を見開いた。


 即座にモードの脇にしゃがみ込み、脈を確認した後、信じられないものを見るように私を見上げる。


「脈と、呼吸が……っ」


 私の体からどっと力が抜け、思わず長い息を吐く。


「何とか、戻って来てくれたね」


 本当に生きた心地がしなかった。


『よ、よかったあ……』


 ユーカがその場にヘタりこんだ。緊張感と、コートを着たままの重労働から解放され、日本語を漏らして半泣きで笑う。


「よくやったね、ユーカ。あんたが頑張ってくれたおかげだよ。後で副校長に全力で恩に着せてやるといいよ」


 半ば本気の冗談で労う。本当によくやった。私は長い前世でそれなりの人生経験も積んできたけど、平和な場所で生きてたユーカは、死んだ人すら今までろくに見たこともなかったのに。


「へへ、テストの点数とか、おまけしてもらっちゃいましょうか」

「いいね。交渉のコツを教えてあげる」

「それは百人力ですね」


 汗だくのまま冗談で応える表情には、やり遂げた達成感が浮かんでいた。


「グラディスといると、私すごい人間になれた気がしてきます」

「ふふ、ユーカはすごいよ、保証する」


 私の断言に、ユーカは涙目のまま心から嬉しそうな顔をした。


 不謹慎だと自覚してはいても、これは一石二鳥だな、と一方で思う。


 必要に迫られたからであって、狙って作った状況のわけじゃないけど、こういう機会は逃さず大事にしたい。

 自分の経験でも、トロイの失敗からも、心のケアの難しさは思い知っている。

 これからも事あるごとに、何度でもしつこいくらい、ユーカ自身の価値を本人に教え込んでやるのだ。この先も絶え間なく押し寄せて来る孤独と不安の揺り返しに、その都度立ち向かえるように。

 きっかけやチャンスは作れても、心の問題に都合のいい近道なんてないのだから。


 この世界で生きていける自信は、結局は地道に丁寧に実績を重ねて積み上げていくしかないんだよね。急造されたものは、壊れるのだって簡単だ。

 この学園生活は、土台を作り上げるための大事な期間。

 今はまだ張りぼての強がりが、いつか堅牢な本物の強さになるまで、ずっと支え続けないとだ。


「グラディス、ありがとう。大好きです」


 おっと、ユーカに突然告白されちゃった。私の意図は読まれちゃってるね。

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