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宿題

 アレクシスは自分主催のミニファッションショーを堪能しながら、ここにはない商品まで褒めてくれた。


「『インパクト』のも、タイプは違うけれど素敵よね」


 おお、ナイスサポート! さすが分かってらっしゃる、マイスチューデント!


 そっちの方も注目してくれてましたか! 完全に若い子向けの別ブランドなのに。

 『インパクト』ではもう少し手軽で日常的なものを先行して発売していて、昨今のどさくさセールで世間の目にも大分触れ始めている。


 元々騎士としてパンツスタイルに慣れているアレクシス用には、王妃でも日常の着用が可能な感じの気品あふれるデザインに仕上げているけど、あっちはあっちでカジュアルさとか最新性が好評なのだ。


「ありがとうございます。あちらでは、実用性とファッション性の両立に自信があります。近々『マダム・サロメ』からも、さらに洗練されたものをご用意できます」


 大量生産の『インパクト』と違って、こっちは高級クチュールとして手が込んでいる。熟練のお針子さんを揃えて、現在絶賛縫製中だ。世に出せるようになるまでもう少し時間がかかる。


 アレクシスの視線は、次々と新しいものに目移りし、ついには服以外のものまでたどり着いた。


「その荷台みたいなバッグも初めて見たけど、新商品?」


 キックボードとスーツケースを合体させたような、車輪付き改造バッグを指し示した。今回いつも以上に大量のサンプルを持ち込んだのは、これを宣伝するためでもある。

 元は玩具として売り出した商品が、この機に更なる飛躍を遂げた。緊急時に荷台よりも手軽に素早く運べるキャリーケースとして。『いざ避難する時、これ一つ持ち出せば大丈夫!』の謳い文句で爆発的に売れている。この辺は元日本人ならではの発想だよね。


()()()()()()()()の公表に合わせて、モンク商会から売り出されたものです。数を揃えておいたんですが、すでに生産が追い付かない勢いでヒットしています。現在は緊急避難セットの持ち出し用ケースとして重宝されています」


 表向きの開発者として公表されたばかりに、私の代わりに生贄にされてしまった可能性の高いモンクさん。

 だからと言って遺族に謝りに行くのもなんか違うし、真相を明かすわけにもいかず、ただどうにも拭いきれない後ろめたさがずっとあった。

 償いにはならないけど、代わりに息子さんが継いだモンク商会には、できる限りの便宜を図るよう努めてきた。

 その一環で新商品が出る度に人目に付くように愛用して、あちこちで紹介したりしている。ここ数年モンク商会の規模は右肩上がり。自己満足でも、やらない善よりやる偽善だ。

 今回の改良アイディアも私が企画提案し、大量生産するよう勧めた。この先も見守り続けていくつもりだ。


 商品の説明をしながら、周囲の華やかなマネキンさんたちにも視線を送る。


「皆さんにも試用していただきましたが、いかがでしたか?」

「はい、お部屋に運び入れる際に側付き一同で使わせていただきましたが、非力な身でも大変使いやすいと存じます」


 アレクシスの脇に控える厳格な側近のシビルが代表して、私の問いに淡々と答える。落ち着きのある自前のドレスを身にまとっているのは、王妃様のマネキン指令をただ一人当然のように退けた強者だからだ。

 王子の婚約者になったアレクシスに教育係として付けられてから早二十数年、六十半ば過ぎてもいまだ現役。そして、王妃になった今も唯一頭が上がらない。


 このオバちゃんも長いな~とか、思わず感心する。イヤ、オバちゃんと言っても、ザカライアよりは年下なんだけどね。

 学園には私と入れ違いに入学して、教師として舞い戻る直前に卒業したから、個人的な付き合いがなかった。

 一見キャリアなお局風だけど、当然エインズワース家のお転婆を躾けるため特別に選ばれたくらいの超武闘派だ。澄ました顔で答えてるけど、彼女自身は確実にキャリーごと軽々片手で担げる。っていうか、昔、オイタしたアレクシスの首根っこ掴んでぶん回してたからね。


 新製品の感想会がひと段落したところで、アレクシスがコホンとわざとらしい咳払いをした。その目がなんかキラキラと輝いている。

 おおう、見覚えがあるぞ、この表情は。ウォームアップはそろそろ終了ってか。


「で、どうなってるの、例の件の進捗状況は」


 やっぱり、来やがりましたか。学生時代、恋バナの相談とかのろけとかされた時の顔がそのまま再現されてる。まるで仕事関係かのように言ってるけど、例の件とは、アレのことだよね。


「トラブル続きでストップがかかって、足踏み状態ですわ」


 ビジネスライクな笑顔でしれっと答える。さも難しい仕事の件についてかのように。

 この流れで、まさか浮かれたお花畑の内容だとは誰も思ってないだろ。


 まったく何で自分の恋愛事情やら進展具合を、教え子に逐一報告しなきゃならんのだ。しかもそれが恋人の母親とか、ホントに勘弁してほしい。

 これでも一応そういうのには触れられたくないお年頃なんだから、そっとしといてくれ! ツッコミは受け付けません! 誰が何と言おうと十六の乙女だからね!

 昔も、恋愛御法度の預言者に恋の相談とかどんな脳筋無神経かと思ったけど、大人になっても相変わらずですかそうですか。

 いつまで経っても小娘みたいに成長が見られなくて、先生ガッカリです! もうアラフォーの母親、しかも王妃なんだから、いい加減落ち着きなさいよ。エリアス甘やかし過ぎなんじゃないの? キアランがあんたから受け継いだとこが顔と強さだけで心底よかったわ!


 内心でひとしきり悪態を垂れ流しながら、そっちの指示でそうなってんだから、早いとこ何とかしてくれと催促の念を飛ばす。こっちだって初カレと堂々とイチャついてみたいわ! 何十年独り身だったと思ってんだ。おあずけが長すぎでしょ!


 王妃にふさわしい面の皮で、アレクシスは私の無言の圧を満面の笑みで迎え撃つ。


「そう。私もできる限りの協力はするから、頑張ってちょうだい。ああ、そういえば、ベビー服の方も好調らしいわね。私も早く利用する立場になりたいものだわ~~」


 おおい、脈絡っ!!! 仕事繋がりにしても、強引すぎじゃね!? オブラートどこ行ったよ!? そこはすっかりオバちゃんだな!!

 そして展開が一足飛び過ぎ!! そりゃ私もそうなったらいいなあとは思うけど、間にどれだけの障害挟んでんだ!?


「贈答用にも人気ですから、次の機会にお持ちしましょう」


 内心舌打ちしつつ、前世で磨かれた図太さで、眉一つピクリとも動かさない笑顔の営業トークを返す。


 これ絶対仕返しだよねえ!? 昔の私もこうだったのはもう分かったから! だからこれ以上オバちゃんの暴走はそろそろ切り上げてくれ!!


 ――ホント順番間違ってるわ。若者の気持ちを今頃身をもって知るとはねえ……。


 ふてくされ気味に目を向けた窓の外に、ふと普段は見ない光景を見付けた。物々しい武装で身を固めた騎士の一団が、中庭を横切っていく。


 私の視線に気が付いたアレクシスが、一転して真面目な表情をした。


「王城内も、今からXデーに向けて活気付いてきてるわよ。騎士団も魔導師団も、いつどんな事態が起ころうが即座に迎え撃てるように着々と準備を整えてる。――アンセル・ランドールが抜けたのは痛かったけどね」


 その一言に、私も表情が曇る。

 心情的には誰もが引き留めたかったのだけどと、アレクシスも溜め息を吐いた。


 アンセルの魔導師団長の辞任回避は、不可能だった。息子のトロイが、敵対勢力の手引きどころか首謀者と共犯だったのだから。

 ちなみに私も、片割れの首謀者の娘なんだけど、グレイスは十七年も前に故人として認知されてるから大きな問題はない。強引だけど、私と似ているのは他人の空似扱い。確実に叔父様の裏工作とか感じるけど。とにかくグレイスは表向きには『人型魔物』とだけ呼ばれている。


 魔導師団の引継ぎも無事済ませたアンセルは、現在無期限の自宅謹慎中だ。これから大変な時に、国のために働くことも、息子の罪を償うこともできず、今頃ギネヴィアと夫婦二人、どんな心境でいるんだろう。

 苦境に立たされた教え子たちの現状が、日常生活に戻った今も、ずっと心のしこりとして引っかかっていた。


 実はアイザックの計らいで、そのアンセルが来週、我が家を訪問することに決まったのだ。

 身内の不始末による謝罪とお見舞いという形を取って。


 気まずい別れ方をして、しかも正体がバレて以来、初めて顔を合わせることになる。

 残されていた宿題に、やっと手を付けられる気分だ。気が乗らなくとも、絶対に片付けなければいけない問題。

 いくら元通りの平穏な日々を送っていても、この対面が終わらない限り、私の中ではトロイの事件の区切りが付かない。


 前回は動揺のままに、アンセルたちに謝ってしまった。でも次に会った時には、私は謝らない。


 ラングレー家の人間が、トロイ・ランドールに誘拐され、命の危険にさらされた。トロイは、自身の魔術発動の失敗による事故死。

 私の個人的な罪悪感なんて入る余地もない、これが動かない事実。

 内心がどうでも、少なくとも世間的には、私は一被害者として、ラングレー家の人間として、対応をすることになる。結局それが、一番うまく収まる形なんだろう。


 今なら、キアランの言葉通り、確かに傲慢だったと思う。私が全部を背負うことじゃなかった。

 まして止められなかったことを謝罪するなんて、それこそ息子の凶行を見過ごした家族への皮肉にしかならない。


 転生に振り回されたのは、本人だけじゃなかったんだよね。その家族もまた、大きな嵐に巻き込まれていた。

 家族のいなかったザカライアと違って、ここは私も細心の注意を払わないといけないとこだ。今は大事な家族がたくさんいる。私の前世のせいでみんなを苦しめるなんて御免だ。


 そういう心情もあってかな。教え子だからというだけでなく、トロイの家族の心も、できるものなら少しでも救いたい。これだけは思い上がりではなく、トロイの想いを実感で知る私でなければできない。

 ただ真実を伝える、それだけなんだけど。

 理解できないままでは、きっと永久に囚われてしまうから。


 訳も分からないまま我が子が重罪人となった上、殺されてしまった親に対して、私はどこまで届けることができるだろう?

 過去より、今と未来へ目を向けることは、失った人間には本当に難しいから。

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