教え子
「ノアも来てたの? こういうの、興味あるの?」
ノアの分のお茶とお菓子も用意させて、一緒に観戦することにした。ちょうど第一試合が始まるところだ。
「おじい様の付き添いだよ。ギディオン様とは学園時代からの友人だからね」
「アイ……宰相様も来てるの? でも、おじい様とそんなに親しかったかな?」
思わず首を傾げる。ザカライアを通じてそこそこの付き合いはあったと思うけど、アイザックとギディオンにプライベートでの付き合いってあったかな? あいつらタイプが違い過ぎたもんな。私がいなかったら、まともに知り合いにもならなかったと思うけど。
「他の仕事の話とかもあるんじゃない? 今は別の人の席に行ってるし。それはともかく」
ノアが私のいでたちを、間近にじっくりと眺めてくる。
「今日はまたとんでもなく派手だね。目立つからすぐ分かったよ」
「どう? 似合うでしょ?」
「うん。斬新過ぎるデザインなのにすごく似合ってる。君でないと着こなせないと思う」
おお~、素直な子は大好きですよ! もっと褒めてもいいんですよ!
「でも同時に、ラングレー家の財政事情を心配しちゃうな」
「そこは御心配なく」
ノアの歯に衣着せぬ評価に、私はただ笑って答える。
確かに外から見たら、私ってもの凄い浪費家の、手に負えない我儘バカ娘に見えるだろうなあ。
いつでも全身を超一流のオーダーメイドで固めてる。それを人前に出るごとに、いちいち新作でまともにやってたら、普通とんでもない額になるよねえ。
もっとも私の場合、浪費する分以上の資金は、ちゃんと自分で稼いでるんだけど。
ドレスのデザインは私だから、それを売った差額で余裕でマダム・サロメで仕立てられるし。アクセサリーだってほとんど自作だから、素材の料金だけだし。でもそこは内緒の話だからね。
きっとこんな美少女に縁談の話がなかなか来ないのは、悪い噂が広がってるからなんだろうなあ。
「わあっ!!」
突然、流れ弾ならぬ流れ魔法が目の前で砕けて、ノアが驚きの声を漏らした。
おお~、なかなかの迫力だね。観戦席に被害が出ないように結界の魔法陣が張ってあるから、安心して近くで見ていられる。怪我人対策で回復薬も治癒魔術師も完備だし、さすがにイングラム家の武闘会は本格的だよ。
魔法もアリのガチ対戦なんて、個人主催の大会程度じゃ普通ないからね。っていうか多分、魔法なしの力を抑えた戦闘じゃ、ギディオンが物足りないからなんだろうな。
「あれ……?」
闘技場の中央で立ち会っている騎士の片方に、私の視線が吸い寄せられる。
見たところ、15歳以上の成人の部でも、参加資格ぎりぎりに近いくらいの年齢。まだ少年の雰囲気を漂わせる青年だけど、剣技も魔法も熟練の腕を見せつけてて圧倒的に強い。
そして周りのご婦人たちの熱い視線を一身に受ける優れた容貌。明るい金髪に緑がかったヘーゼルの瞳。長身の鍛え抜かれた肉体。
これはモテるわ~。すごい美形だよ。
でも重要なのはそれじゃない。
あの金髪って、予言に出てきた三人目だよな。絶対。
私はいずれあの騎士ともお知り合いになるわけか。おおっ、それは是非ともフラグが立つ日を楽しみにしていましょうか。
まあ予言通りならフラれるわけだけど、まあ、それはそれ。大預言者の私が言うのもなんだけど、先のことなんて誰にも分からない。まして黒いフードの男とは違って、私が殺されるわけでもない。『金髪の青年』の彼なら、少なくとも命の危険はないんだから、美形と絡めるチャンスは最大限に生かさねば!
でも、まだなんか気になる。予言というだけじゃなくて……何だ、この感じ? 初めて会う気がしない。
首を捻りながら、青年を穴が開くほど見つめるけど、出てきそうで出てこない。あ~、もどかしい!!
「あの人、なんだかすごく見覚えがあるんだけど、誰だったっけ?」
自力で思い出すのを諦めて、ノアに訊いてみる。あの若さであれだけ強いなら、そこそこ知られてるかもしれない。
問われたノアは、呆れたような顔をした。
「王子のキアランすら知らなかった君らしいね。あんな有名人も知らないなんて。去年、王国主催の武闘大会での史上最年少優勝者だよ」
ん? 有名人なのか? だから私にも見覚えがあったわけか。
「で、誰?」
「アヴァロン公爵家のルーファス様だよ」
「……!!!」
一瞬ぽかんとしてから、またガン見してしまった。
あれ、ルーファス君か!!?
ああっ、確かに面影がある!!
記憶にあるルーファスは6歳だったから、全然分からなかったわ !
バルフォア学園の特別授業で出会ったアヴァロン家の跡継ぎ。彼に適した訓練メニューを授けたら、もの凄く懐いてくれたんだよねえ。
今は多分17歳? バルフォア学園の最上級生か。あんなに可愛かったあの子が、まあまあ、なんてことでしょう。こんなに立派な騎士になって……。先生、感動です。
っていうか、お前が予言の5人の一人かい!? 記憶が戻ってなかったら、私はルーファスに粉かけてたわけか。いや、確かに今の姿を見れば、手を出したくなる逸材ではあるけれども。
おお~い!! 私、教え子には手を出しませんよお!?
なにこれ、禁断の背徳感で悶えさせるパターン!? ああ、でもあの子は、もう教え子でも子供でもないぞっ。むしろ私より年上! そして今の私は何のしがらみもない自由の身! ……う~ん。
まあ、なるようになるか。未来はまだ決まってないんだし。