観察
「ヘクチっ!!!」
ユーカの誕生パーティー計画を密かに話し合う私たちの傍らで、盛大なくしゃみが聞こえた。
ベルタがさっきから鼻をすすっては、くしゃみを繰り返している。
一昨日くらい、昼休みの中庭のベンチで、木枯らしの中、薄着でぼんやり自分の世界に没入してるとこを見かけた。すぐ教室に引っ張ってったけど、やっぱり風邪をひいたらしい。いつか凍死するんじゃないかと心配だ。
そんなベルタは、ショーギの対局中。鼻をかみつつも顔は真剣そのもので、見ていてなんか笑える。
ベルタの将棋対戦は現在も根強く大人気で、今の相手はガイだ。っていうか、他の人が対局中でも、ガイは当然のように押しのけて開始する。
ガイも対局中はさすがの集中力で、同じ空間で輪になって相談中の私たちのことも目に入っていない。
そして驚いたことに、初対戦の時より、段違いで強くなっている。勝負勘だけだったものに、ちゃんと思考が伴ってきているのだ。
こんなに知能方面が伸びたハンターはここ半世紀で知る限り初めてで、ちょっと感動すらしている。あのハンター家ですら、進歩はするのだ。天才を相手にすると、成長率がハンパないわ。
さすがにベルタに勝つのは一生無理としても、学園内でショーギトーナメントとか開いたら相当上位に食い込むだろうな。
「ヘクチっ!!!」
また派手なくしゃみが聞こえた数秒後、しばしの沈黙の後に大声が響いてきた。
「やったあああっ!! 俺の勝ちだ!! よっしゃ、初勝利ぃいいっ!!!」
いきなり立ち上がったガイが、勝利の雄叫びでガッツポーズを決めた。
そんなバカなと盤面をのぞき込んで、思わず噴き出した。
「――あらら……」
ベルタのドジがここで炸裂。
なんと痛恨の二歩!! 当然一発アウトだ。何故にくしゃみと同時に指すのか。
「面目ないです」
ぶぶっと鼻をかんでから、将棋を始めて以来初めての負けに、敗戦の弁を述べるベルタ。普通の対局ではもはや私だって手も足も出ないのに、この子の場合、反則負けがあるわけね。これだからドジっ娘は目が離せないわ。
初勝利のテンションのままの勢いで、ガイが決定事項のように叫ぶ。
「よし、グラディス、俺とデートだな!」
「はあ?」
意味不明の要求に、露骨に眉をしかめた。何であんたの勝利に私がそんなご褒美やらなきゃならんのか。ところでどこがご褒美だって? 中身が私でも、見かけは超絶美少女だからね! 隣を歩くだけで立派なご褒美だろ!?
「何をわけの分からないことを……ん……あっ!?」
デートがしたけりゃ適当にその辺の女でもナンパしとけばいいだろ。バカのマイナス分は、家柄と強さとルックスで辛うじて補えるんじゃね? とか遠慮なくこき下ろしてやろうとしたところで、はっとした。
――あれっ!? そういや、手っ取り早くベルタの対局相手捜すのに、最初の頃そんな約束してたっけ?
思い出して、やっちまったとも頭をよぎるけど、そこは一瞬で結論を出す。
「何の話? 記憶にないんだけど?」
しれっと首を傾げて見せた。
ここは当然しらばっくれるの一択だ。そんな口約束なんか知っちゃこっちゃねえ!
「おおおいっ、ベルタにショーギで勝ったら、デートするって約束だろ!?」
「ええ、何それ? 私がそんな約束するわけないでしょ。ねえ?」
クラスのみんなを見回して、しらじらしくも同意を求める。
その現場を目撃してた証人たちは、私の清々しいまでの知らぬ存ぜぬ戦法に、各々慌てて首を縦に振ったり目を逸らしたりした。
無言の笑顔の圧力に、誰も口を開かないのはもちろん計算の上だ。
苦笑いの仲間たちの中で、キアランがなんとも微妙な表情をしている。
おおう、すまぬ。あの時はフリーだったんだよ。ベルタが負けるなんてありえないと思ってたし。天才なだけに、神に愛されたレベルのドジっ娘をナメてたわ。
とにかく恋人の目の前で、デートの約束を取り付けるバカがどこにいるんだっての。ましてハンターとデートとか、誰がそんな地雷をのこのこ踏み抜きに行くんだ! もし王国内で非紳士選手権とか開催したら、ハンター家がぶっちぎりで上位独占してるからな! むしろ実質一族内での決定戦状態になるから!
「きったねえぇぇぇっ!! ベルタにショーギで勝ったらグラディスとデートってのは、学園中が知ってる話だろっ!?」
「そんな都市伝説もどきの与太話を約束のように掲げられてもねえ。契約書の書き方でも、ロン叔父さんに教わっておいたら?」
あくまでもふてぶてしく否定する。
前とは状況が違うしね。キアランの信頼〉〉〉〉〉〉ガイとの約束――この図式は何があろうと揺らぐものではない。恋人以外とデートするような浮気者よりは嘘つきで上等だ!
仮に正式な契約書があったって確実に破棄するけどね。
この世には破っても問題ない約束もあるのだ(キリッ)!!
そもそもあんただってそんなのただのきっかけで、ベルタへの挑戦自体が目的になってて、ついさっきまで絶対忘れてただろうが。私を見て思い出した程度のもんだろ。
とはいえ、このまま完璧にしらばっくれても別にいいんだけど、まあ、適当な約束をした私も軽率だったし、ここは代案を用意しよう。
「ああ、そうそう。デートとかは論外だけど、そのうちやるユーカの誕生日パーティには招待するね。あんただって森林公園の決戦では、ユーカに助けられたクチでしょ。ひれ伏して感謝して貢物捧げろって話だから。ベルタも負けた責任取って参加ね! って言うかベルタは最初から友達枠で呼ぶ予定だけど」
それこそすでに決定事項のように、一気にまくしたてた。むしろこっちが責めんばかりの勢いで誤魔化して、立場の逆転を測る。
不満顔ながらも、ガイは少し考え込んだ。
「それはそれで面白そうだな」
「は、はいっ」
ベルタもほとんど反射的に頷いた。よし、興味を別に向けることに成功!
パーティーもにぎわって、私の約束破りからも目を逸らせる一石二鳥だ!
内心でほくそ笑んだ。
それと同時に、ちょっと前から気になってた兆候に思考が向いたりもする。
恋人の前でデートの約束を受けるバカがいるかとついさっき思ったけど、実は今まさに目の前にいるんだよな。ほぼそれに該当することをしてるバカが。
そもそもガイが私に目を付けたのは、入学早々のマウンティングに失敗したから。
要は、強い女に惹かれるわけで、こいつはもう何カ月も、ショーギとはいえベルタに連敗し続けている。気になってないわけがないんだけど。
ずっと対局に通い続けている理由に、どうも自分で気付いていない節がある。まあ、ベルタは完全に、ハンターの好みの対極行ってるタイプだもんなあ。現在はニマニマと経過を観察してるとこだ。
仮に二人がうまくいったとして、ハンター家に天才の血が入ったらどうなるのかとか、ちょっと楽しみにしてる部分はある。
だけど、いいとこどりな子供が生まれるとは限らないしなあ。バカでひ弱が生まれたら目も当てられなくね? 結構な大博打というか、当たりはずれのデカいリスキーな取り合わせだよ。
公爵家ともなると、人並外れた強さの跡継ぎが要求されるからね。私みたいな図太さがないと、戦えない子は気の毒だ。一族が100パー脳筋のハンター家では特に。
ベルタにしてみれば、一応超逆玉にはなるけど、一概にお節介を焼こうとは思わない。浮気はほぼハンター家の初期設定だからなあ。友達にあえてはお勧めできない物件だよ。
まあ、どうせ浮気されてもベルタなら気付かないだろうから、みんな幸せならいいんだけど。
ああ、他人事だったら、見てるのホントに楽しいわ。こういうとこがダメなんだろうけど、やっぱやめられないのよ。困ったもんだ。
一回や二回死んだくらいじゃ、全然懲りないねえ。




