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先客

「おい、またこのパターンか。分かってるぞ。お前の悪巧みに俺を巻き込むのは、いい加減にやめてくれ」


 私を抱えて医務室に向かうアーネストが、溜め息交じりに苦情を入れてきた。


 周囲に悟られないように、パチリと目を開けると、非難がましい視線に迎え撃たれる。


「全くノーダメージじゃないか。1ミリの距離の寸止めに、自分から当たりに行っただろう。魔術で吹き飛ばされるタイミングも不自然だったぞ。あのタイムラグの間に、また何かタチの悪い仕掛けでもしたのか」


 おお、全部見切られてる。さすがに一流の目は誤魔化せないか。

 まあ、あの場でそれが見抜けたのは、この従兄と、仕掛けられた本人だけだろう。

 それにしても学園時代、トリスタンのやらかしに巻き込まれてたクエンティンの姿になんかかぶるな。親子でスマンね。


「援護射撃ありがとう。アーネストも言った通り、あの子本人の魔力しか絶対に検出されない仕掛け、とだけ言っておこうかな。だから茶番に付き合ってくれたんでしょ?」


 アーネストレベルでやっと、どこかおかしいと看破できる程度。タネの立証なんて誰にも不可能だ。魔力を吸収して利用する私の隠し技は、現在では知られてない類の超レアな魔術だから。

 目撃者多数の中、クローディアが私を殴り飛ばし、しかもクローディアの魔力の痕跡しかなかったという事実があるだけ。


「――片棒を担いだ俺が言うのもなんだが、加害者に同情する」


 アーネストが呆れたように感想を漏らす。うん。我ながら同感です。


「ふふふ。短絡的な世間知らずに、ちょっと社会の厳しさを教えてあげようと思って」

「確かにケンカを売る相手を間違えたことは、これからじわじわと理解していくところだろうな。イヤというほどに。だが、やり過ぎじゃないか?」

「誕生日はチェックしてる。本物の犯罪者にする気はないしね。来月までは未成年。ちょっと痛い目程度ですめばラッキーなんじゃない? まだせいぜい大目玉ですむ範囲だから。ティルダの時もそうだったでしょ」


 数年前のパーティーで、私にしてやられた妹を思い出したのか、アーネストはなるほどと妙に納得した。


「確かにあのままティルダが成長していたらと思うと、なかなかに恐ろしいものがある」


 心底実感のこもった感想を漏らす。アーネスト自身もきっと、叔母のグレイスが引き起こしたトラブルによる父クエンティンの苦労話は、方々から耳に入ってることだろう。それに比べたら確かに天国だよ。今のティルダはなかなかの優等生だ。


 幸いまだ成人前だし、クローディアにもいいクスリになっただろう。

 確かにこの国の方針は、美しく負けるよりあらゆる手段を用いて勝て、だ。

 想定する敵はいつでも魔物。戦闘職が負けたら、国民、領民が蹂躙されるのだから。ただ敵に勝つことこそが本当の誇り。誰にも負けたくないのはもはや本能だし、そうあるべきだ。


 勝負ごとにおいても、持てる武器は何でも使えばいい。騎士として鍛え上げた自慢の剛腕を、一般人相手の威嚇行為に利用することだって、完全には否定しない。

 それが通用する相手なら、確かに有効だろうから。ただしその手段はもろ刃の剣。

 戦いに勝てても、勝負に負けることがある。


 ケンカを売る相手は、慎重に見極めなければならない。人間が相手なら特に。なまじ実力に自信を持ちすぎると、そこがおろそかになる。切った張ったの世界に身を置く者は、たった一度の判断ミスが、取り返しがつかない命取りになるというのに。


 その意味でクローディアは、状況も使いどころも全くわきまえてなかった。己の信念に目がくらみ、頭に血を上らせて突っ走る。最悪の結果への想像が皆無のままに。だから足をすくわれた。

 私にケンカを売るなんて、危機意識が脆弱すぎるとしか言いようがない。


 安易に力を振るえば手痛いしっぺ返しが来る。どれだけ戦闘力を磨いても、社会が敵になったら何の役にも立たない。そこで必要になるのは、別の武器だから。

 立っている戦場の区別ができずに、社会的に抹殺されたら意味がない。


 アーネストはふと思い出したように笑った。


「ティルダへのお前の影響力は劇的だった。クローディアも、あの考えなしの直情径行が改善されたら、もっといい騎士になるだろう」

「そうなれば、私もお節介を焼いた甲斐があるってものかな」


 そして近い将来、必ずそうなると私は知っている。


「――っ!」


 医務室に運び込まれる途中で、不意にあることに気付いた。


「……どうかしたか?」

「ううん、何でもない」


 不審そうに尋ねるアーネストに、首を振る。

 とぼけながら、内心ドキリとしていた。父親譲りの鋭さだな。でも事なかれ主義も引き継いでるようで、引っかかりつつも、追及はしてこなかった。


 そのまま何事もなく医務室に到着。

 診察台に載せられた弾みで、ちょうど意識を戻した――ように、養護教諭に装う。


「それじゃ、俺は帰るぞ」

「うん。ありがとう、アーネスト」


 引き渡して、アーネストはさっさと引き上げていった。この後、教育指導の方での事情聴取があるはず。引き続きお手間を取らせて申し訳ない。後で菓子折りでも贈っとこう。


 それよりも今は、こっちの方が重要なんだよ。

 実は医務室に入ってからずっと、逸る気分をなんとか抑えてる状態。 

 何とか弱々しい表情を装って、先生の診察を受ける。


「少し脈が速いかな?」

「まだショックが残っているのかもしれません」

「まあ、この程度なら問題ないでしょう」


 異常なしを診断された上で、少し休ませてもらうことにした。


 医務室の奥は、大部屋の病室みたいな配置で、カーテンで個別に仕切られる形でベッドが並んでいる。病人に優しい防音カーテンでゆっくりと休める環境なもんだから、昔から私がここに来る時って、大体仮病とか、悪巧みの場合だった気がする。今日はどっちだ? うん、両方だな。


 すでに一つは使用中で、カーテンが閉じられていた。私はその隣のベッドに寝かされ、同様にカーテンが閉められた。


 すぐに体を起こす。ベッドに座り直して、隅に置いてある付添用の椅子をそそくさと用意。あとは密かにドキドキしながら待っていると、隣のベッドとの間の仕切りが静かに開いた。


「やっぱりやったのか……。まったくお前は……」


 そう言って、呆れながらベッドサイドに歩み寄って来たのは、先客のキアランだった。


 私の計画と行動パターンは完全に読まれていた。みんなの元から抜け出して、最終ゴール地点の医務室で待っててくれてたみたい。


「座って座って」


 ほとんど自分の部屋かのように、正面の椅子を勧める。ベッドに座る私の隣には座ってくれないだろうから、ちょっと近めに置いてみたりしている。


「ここに来て、大丈夫なの?」


 私たちのことは内緒なのに、先行して一番に駆け付けてくれてた。だけど、こんな風に二人きりになる状況を作るなんて、慎重なキアランらしくない。

 だからこそ、それを押してもここにいてくれたことが、余計嬉しくなってくる。 


「お前が()()()()()()()()に遭遇する前に、頭痛を装って来たから、偶然ですむとは思うが……たとえ大丈夫でないとしても、いつも通りに日常を送っていられるわけがないだろう? お前が危険な真似をすると予測しているのに」


 診察結果を待つ間、生きた心地がしなかったと、どこか諦めたような口調でぼやく。


「それで、仮病で医務室に先回りして、ハラハラしながら待っててくれたの?」


 正面に座ったキアランは、私の無事を確認するように、私の頬に軽く手を伸ばした。

 おおおっ、椅子を近くに置いて大成功か!?


「あまり、無茶なことはしないでくれ」


 内心でテンションの上がる私の目を、真っすぐにのぞき込む。


「お前は絶対に怪我をしない。クローディアの過失が重く問われないように。――そう分かっていても、心配しないわけじゃないんだからな」


 物静かな口調で、それでも強く懇願された。 


「――うん……不安にさせて、ごめんね」


 真剣に見つめられて、盛り上がりかけた気持ちが急速にしぼんだ。ときめくよりもこれは反省。


 ああ、また不必要に気を揉ませちゃった。


 私としては、久しぶりの楽しいバトル気分だった。

 最近多かったガチで命のやり取りになるヤバイ状況と違って、全く危険性のないお遊び勝負だったから、軽く考え過ぎてたのか。

 強靭な騎士からしたら、一般人の肉体なんて、きっと人形みたいに脆く見えてるんだろう。

 私がかすり傷一つ負わないことを本当に知ってるのは、私だけだもんな。


 知り過ぎるせいで、逆に目が向かない部分ができちゃうのは改善点だ。

 反省しても、喉元過ぎると熱さを忘れちゃうから、また困りものなんだけどね。


 まあ、少しずつ学習していこう。私が気付かないことを、いつもキアランは教えてくれるから。

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