攻撃
宣言するなり、クローディアは突如全方位に凄まじい威圧を放った。
これは騎士が狩場で使うポピュラーな技で、攻撃対象の行動を縛る効果のあるものらしい。なんと魔力を使わず、気の力をコントロールして、対象を恐怖に陥れるという夢のような攻撃。
気の力!
一周目で空手に懸けていた身としては、実に憧れる。鏡の前でどれだけあの技をエアでかましたことか。しかもこれは精神攻撃で物理的な被害が出ないから、一応ここで使ってもセーフだ。常識的に学校の廊下で使う技じゃないけど。
強力な圧力を前に、周りの野次馬は一瞬で恐慌状態。硬直したり、腰を抜かしたりし始めた。騎士の生徒ですら、ビビッて金縛り状態。
窓の外の鳥が、一斉に羽ばたいて逃げ出していった。おお、スゴイ。映画みたい!
さすが就学前とはいえ、アヴァロン直系の騎士だけのことはある実力を見せつける。
ルーファスは幼い頃、私からの助言があったせいで、攻撃力特化のタイプに成長したけど、この子は典型的なアヴァロンらしいタイプだなあと、のんきに観察する。堅実なオールラウンダー。パラメータを五角形のレーダーチャートで表せば、頂点が万遍なく外周近くの線上にある感じだな。
言い換えれば、ルーファスのように、グラフの外に一つでも突き出たものがない。ぶっちゃけこの程度では脅威も感じない。
おーおー、頑張っとるねと、素直に感心するだけだ。
日々魔物相手に、強さを磨いてるんだろう。私伝授のアヴァロン式訓練法で効果的に。その努力は素直に偉いと思う。
でもこの私が、小娘の威嚇ごときでどうにかできるわけないだろ。
「あら、怖い顔。お手洗いでも我慢してるの? 案内してあげましょうか?」
全力の威圧を、柳に風とばかりに受け流しつつ、おちょくるのも忘れない。
「ふざけるな! まだまだ小手調べだ!」
全く動じない私に、クローディアはますますムキになって、威力をパワーアップさせていく。
こらこら、曲がりなりにも戦う人間が、そんなに心の内をダダ洩れにするもんじゃない。もはや対人のレベルじゃなくなってる。私は大型の魔物かっての。
思わず、といった感じでクスリと笑って神経を逆撫でてやる。
「ふふふ、可愛らしいこと。この私が、狩場でのあなたのお遊び相手より劣っているとでも?」
「私の修業を、お遊びだと!?」
かっとなるクローディア。
予想外の展開でヒートアップしていく心理状態が、手に取るように読める。
すでに本来の目的を見失って、私を打ち負かすことに意識が変わってる。ウチの三歳児レベルだな。まあ、そのように仕組んだわけだけど。遥か格下に侮られちゃってるもんね、この子的には。
性格の違いはあっても、騎士なんてもれなく負けず嫌いだしね。
視線を動かさないままで周囲を感知すれば、ちょうど舞台セットも整ったことだし、次の幕に移ろう。
まずは腕力だけで問題解決できる場所なんて、戦場以外ではそうそうないことを学習してもらおうかね。社会性は大切だよ。
「覚悟はいいかしら? 私と敵対するなら、こんなはずじゃなかったと後悔することになるわよ?」
わざと挑発。ルーファスの妹だけあって、素直さが突き抜けてんだよね。単細胞な熱血漢って、煽るタイミング丸分かりだわ。面白いくらい掌で踊ってくれる。
「後悔するのはお前の方だ!」
遊び惚けてるだけにしか見えない私なんかに小馬鹿にされて、よっぽど屈辱だったらしい。業を煮やし、とうとう実力行使に移った。
あえて一般人でも目視可能な緩めのスピードで、拳が飛び込んでくる。しかも、最も恐怖を刻み込める目を狙って。
圧倒的に独善的な判断の嫌いはあるけど、ワルモノ相手に手段を選ばない姿勢は評価しよう。やるべき時には、ちゃんと思い切れる決断力も立派な資質だ。
当然物理攻撃は処罰に該当するから、ギリギリで止めるつもりなのも私には分かっている。
この子の騎士の誇りは、少しも疑っていない。
だけど――はい、有罪!
やるかどうかは土壇場まで待ってやろうと、保留していたお仕置きの実行を、たった今決断した。
普通の人間がこれを受けたら、ただの脅しと分かってても下手したら心臓発作モノだ。そんな力を、勝手な思い込みで、証拠もないままに一般人に行使したのだから。
いっちょ教育的指導だ、コラあっ!!!
私は、タイミングも止まるポイントも、ミリ単位で完璧に把握している。
風圧を感じるほどの拳が止まった瞬間に合わせ、1ミリだけ顔を前に傾けた。当たる直前で停止したクローディアの指が、私の両目の間に軽く触れる。
それで十分。その触れた一瞬で、クローディアの魔力をほんの少しだけかすめ取る。
その魔力を利用して風魔術を発動し、私は、派手に吹っ飛んだ。
「えっ!!?」
殴りかかってきたクローディア本人が一番驚いた。そりゃ、絶対の自信をもって寸止めしたのに、対象がどう見ても攻撃された状況になっちゃったわけだからね。
取り囲んで観戦していた誰の目にも、クローディアが騎士の力と魔術で襲いかかって、私を容赦なく殴り飛ばしたように映ったはずだ。
そして私はと言えば、廊下で始まった騒ぎの原因を探りに偶然やって来たアーネストに、しっかり受け止められていた。
ふはははは! アーネストの通るルートとタイミングは当然事前に予知済み! むしろそれありきで戦場をこの時間、この場所に設定したんだからな! 勝負は戦う前からすでに始まっているのだよ! かすり傷一つだって無駄に負うつもりはない!
「えっ、ちょっと、待てっ……!」
想定外の事態に狼狽えるクローディア。
アーネストの腕の中で、ぐったりと目を瞑りながらも、私には周囲の空気ははっきりと見えている。
こいつ、マジでやりやがった!! ――目撃した学園生の誰もが、そう思っている。普通に犯罪現場の出来上がりだ。
我ながら完全に悪役の手口デスネ。
一周目で読んだ漫画で、野球部の妨害をしようと企む不良の卑劣さに腹を立てたものだけど、まさか同じことを私がする日が来るとは。
この子が甲子園を目指してなくてよかったよ。
それにしてもチョロ過ぎる。こんな古典的な罠に引っかかるなんて。自ら目の前の落とし穴に、走り幅跳びの勢いで飛び込んでったも同然だぞ。
公爵家のお嬢様にこんなふざけた真似する相手なんて今までいなかったんだろうなあ。悪いけど私も公爵家のお嬢様だからね。遠慮はしませんよ。
「一体どういうつもりだ。騎士が一般人への暴行。しかも魔術まで使用するとは」
私を腕に抱えたまま、アーネストが冷ややかな声でクローディアに詰め寄った。
「ち、違う! 私は当ててはいない! 魔術だって使ってなどっ……」
「お前の魔力を確かに感じたが?」
「そんなバカな!?」
「言い訳は見苦しい。無力な者に力を振るうなど騎士の風上にも置けん」
そう言われたクローディアは、周囲の冷ややかな視線の中でぐうの音も出ない。アーネスト、さすがにいい仕事してくれるわ。
偶然に通りかかって救助する役に選んで大正解だった。
抱えて運んでもらうことを考えれば、仲間内の誰かがいいもんな。それも万が一を考えれば、間違いない実力の騎士が大前提。
ソニアじゃ心配かけ過ぎちゃうし、ダニエルだとそのまま乱入して第二ラウンド開始となりかねない。ガイはセクハラがあるから問題外。
ここでいいアシストをしてくれることも期待すれば、実質アーネストしかいなかった。
冷静に対応した上、実に私にいいように流れを作ってくれる。他人だったらここまできっちりしたフォローはなかった。従兄様様です!
そして一分と経たずに駆けつける教師陣と警備員。
「ここにいる全員、クラスと氏名を申告しろ。アーネストは医務室へ。全員後で事情聴取を行う。クローディア・アヴァロンだな? お前は現行犯だ。指導室に来い」
厳しい指導教官として恐れられるハリー・ゲイルが、無情の宣告を下す。ちなみにこいつは校長のファーガスと違って、新人の頃からガチの鬼教師だった。今では学生の指導にも、さぞ年季が入ってることだろう。
顔面蒼白のクローディア。すでに最初の勢いは皆無。
「う、嘘……こんなの、あり得ない……」
私の方を凝視してるから、片目だけちらっと開けて見せた。軽くウインク。
「あ~~~~~~~~~~~~~っ!!!」
「うるさい。黙って来い!!」
「い、いえっ、でも、今っ!!」
「静かにしないか!」
「~~~~~~~~~っ」
容赦なく連行されていく暴行犯。
さあ、少女A。この始末、どうつける? 思いとどまるチャンスはいくらでもあったのに、あんたは挑発とその場の激情に負けた。
狡猾な相手がどれだけタチが悪いか、自分との相性が最悪であるのか、今回身をもって学習したことだろう。
社会は厳しいぞ。一足早く大人の世界をのぞいてこい。




