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水面下

 諸侯が王都にいる今のうちにということで、異世界の魔物についての情報は、緊急招集をかけられた上位貴族に、迅速に共有されることになった。


 これまで王都内にあるいくつもの魔物召喚事件の現場は、絶えず結界で封じられていた。その全てが、ある時を境に限界を迎える。そして、大規模な魔物の大発生が次の春に起こると、預言者の予言の下に伝えられた。

 これは私の存在を隠す口実ではなく、実際に預言者の儀式でもはっきりと出た未来のビジョンだ。


 預言者の筆頭となって10年目のエイダも、ザカライア仕込みの図太さを身に付けて、今後の未来図についての告知を堂々としたとか。随分立派になったものだ。幼い頃のひねくれ少女の姿を思い出すと、感慨深いものがある。参観できないのが残念なとこだけど。


 出席した叔父様から聞いた話だと、寝耳に水の予言に、驚きと衝撃はありつつも、大した混乱はなかったらしい。反応としては、むしろここ数年来の異変に対しての納得が多くを占めた。

 なにより、腕が鳴るとばかりに、いい感じで気合が入っていたそうだ。


 こういう状況で望むところだと燃え上がっちゃう国民性も、600年に亘って代々の大預言者、預言者、王家によって綿密に、狙って醸成されたものなんだろうな。


 全てがこの本番の時に向けて、失敗を修正しつつ、ずっと準備されてきたんだ。


 諸侯が領地に帰った後も、王都の政治家や各家の代表者たちで会議が重ねられ、対応策が猛スピードで詰められている。

 住人を王都外へ疎開させない以上、王都中に避難所を充実させる必要がある。対応策の周知も、避難訓練の計画も、確実に実行させないとだ。


 事務方は寝る間もないほど大混乱なんじゃないかと心配してたけど、大まかな計画だけは、デメトリアの手記を基にして、事前に大枠だけ整えられていたそうだ。さすがアイザック。

 あとは各地区、自治体ごとに、現実に即した対応を具体的に当てはめていく作業。


 間もなく国中に公表されることになるだろうけど、きっとその反応も、貴族同様熱いに違いない。これは予言なんかなくても、この国の一国民として確信がある。今の私の大好きな国だからね。国民総脳筋万歳だ!


 私はといえば、やることは特にない。事件から二週間。何事もなく、すでにいつも通りの生活。

 暗示事件以来続いていた校舎内での警戒体制も解かれ、私もやっと護衛を引き連れて歩く生活から解放された。


 対照的に大忙しになったのが、事業の方だ。マダム・サロメの方の仕事量を抑えて、現在はインパクトにかかりきりになってる。

 放課後になれば、インパクトの事務所や売り場に連日通い詰めている。


 何故なら、春のXデー、とんでもないビジネスチャンスでもあるからだ! 


 金儲けよりも、この機会に長年の懸案事項だった女性のパンツスタイルを、一気に広める方向に舵を切っているところ。

 すでにガウチョやキュロットなんかは、新しもの好きな向きに受け入れられ始めている。ここで大攻勢をかけて、女性にとって普通の選択肢の一つとして地位を引き上げてやる。


 一般人はこれから避難訓練も増えるだろうし、機能的で動きやすいパンツは、緊急の状況下で絶対に受け入れられる。逃げる時はもちろん、避難所生活でのこともある。非常事態を利用して「長いスカートより多くの面で優れてるよ」的に派手に宣伝を打ってやろうじゃないか。スカートでの走りにくさは、実際この前、身に染みて懲りたからね。夏以降、確実に注目を浴び始めてるデニムの頑丈さを、前面に押し出すのもいいな。


 ちょうど冬になるとこだし、裏ボアとかにして気持ちよさの魔力から抜け出せなくしてやったりとか、アイディアはいろいろある。まずはスカートの下に穿く厚手のレギンスの普及も、身近に感じさせる一手になるかも。


 そういうわけで只今、パンツの大増産体制を整えてる最中だった。デザインや資材、職人の確保、裁断、縫製、配送、販売等、準備には手間も時間もかかる。公表を待ってから動き出しても遅いからね。必要な時に間に合わない。

 ある意味インサイダー取引的な狡さは否定できないけど、やるかやらないかの選択肢なら、やっぱりやるでしょ! 消費者の利益にもなることだし。

 表向きでも、私はかなり詳細な情報が入る立場にある。何しろ公爵家だからね。

 貴族以外でも、強力なコネや情報網を持った目端の利く商人なんかは、とっくに動き出している。良くも悪くも事態が大きく動く時というのは稼ぎ時。

 

 インパクトは私個人の会社だから、マダム・サロメと違って相当自由にやれる利点がある。

 高級志向とは正反対の攻めのブランドとして、「わたしがかんがえたサイキョーのふく」のノリで突っ走れるのだ。値段抑え目以外の縛りなく、好きなものだけを積み重ねて作り上げたブランドイメージ。

 自分が着たい服を好き放題に作れてサイコーだなあ。


 経営はほぼスタッフ任せなのに、なんだかどんどん会社の規模が膨れ上がっちゃっててどうしようと、たまに思う。

 デザインと経営方針の決定ぐらいしか、すでにしてないんだよなあ。趣味の範囲を著しく逸脱し始めているもののやめられない止まらない、このまま行けるとこまで行ったらあっ! ってなベンチャー魂が抑えられない。やっぱり好きで始めたことは、中途半端に手を引いちゃいかんよね。

 将来的に確実に痛い目を見るギャンブラーみたいだけど、私は絶対に失敗しないギャンブラーなのだ! 

 雇用主としての責任はきっちり果たしますとも。


 そんなわけで企業として着実に成長を続けていて、人手も増えて手狭になってしまった。つい最近、大きな事務所に引っ越したところだ。


 今日はその新事務所で経営陣との会議中。 


「それにしても、いきなりこんな数のパンツを量産して、さばけるものでしょうか?」

「現在の状況ですと、まだ時期尚早に思えますが……?」


 突然の方針転換に、資料の数字を見ながら戸惑いがちな声がいくつも上がる。


「ふふふ、ラングレー家には色々な情報が入ってくるのよ。今が攻め時よ。いずれ分かるわ」


 心配ご無用! 自信満々で、意味深に笑う。

 魔物大行進という国難の公示まで、もう一月もない。


「ハンター商会から、突然デニムや防水布、ファスナー・ボタン等の部品の大量発注があったことと関係が?」


 核心を突いた質問に、ただニヤリと応じる。


 さすがにロンのとこも動きが早い。あっちはうちとちがって手広くやってるけど、アパレル部門では、強度のある衣類とか利便性の高い雑貨方面での需要を見込んでるのかな。


 流通の変化を見れば、目敏い人間には何かが起ころうとしていることがすぐに分かる。身内とはいえまだ口外できないのが辛いとこだね。


 戦闘職の戦いの前に、すでに商人たちの戦いは始まっているのだ。


 当然負けるつもりはないぞ。やるからには勝つ!

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