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終わりに向けて

「今って、情報の扱いはどうなってるの?」


 肝心な点を、アイザックに尋ねる。


「現時点で、現在起こっている出来事の真相を知る者は、ここにいる者を含めて十人もいない」


 真相――つまり、異世界から魔物が乗り込んでくるという事実。それもこの世界ですでに土着化した、動物並みの知能の小物とは別次元のもの。

 召喚で呼ばれるレベルのやつはさすがに特別過ぎるとしても、森林サバイバルで湧いてきた蜘蛛のような、強力で組織的な一群が基準になるはず。

 中には、人と遜色のない知恵と意志を持った存在すらいる。グレイスやそれ以前の、侵攻側の裏工作をしてきた尖兵の足跡を考えれば間違いなく。


 私とアイザック、キアラン、エリアス、エイダで最低五人。他にあと五人足らずというのだから、本当に国家の中枢にしか情報が共有されていない。


「これからその方針は180度変わることになるのか」


 キアランの言葉に、アイザックが答える。


「そうだな。今までは、混乱を避けるために情報を抑えていた。これからは正確な情報を拡散して、誰もが迅速に事態に対処できるようになってもらう必要がある」

「だとしたら、城の隠し部屋に保管されたままのガラテア様の手記を表に出しても構わないな?」


 キアランが自分しかもっていない情報についての確認をする。


「実物があの場所から持ち出せないから、俺が写したものになるが」


 あの部屋は、()()()()()()を制限する。自分しか入れない部屋。そして持ち出せない手記。慎重なキアランはそれをガラテアの意志と判断して、ずっと秘匿してきた。


「そうだね。まずはアイザックに渡すのでいい?」

「そんなものがあったことも聞いてないぞ」


 アイザックが非難がましい目を向ける。


「必要な時に世に出る。そういうものだったんだよ。デメトリアの手記みたいにね。それが今ってことなんでしょ。情報を出し過ぎても混乱するだけだから、まずは必要な情報を精査してから、世間に公表ってとこだね」


 一斉侵攻となったら、王都民全てに関わることだ。今までみたいに、動ける人間だけで速やかに片付けるというわけにはいかない。全ての人間に覚悟と心構えが要求される。どう動くべきかの告知と訓練は必須だ。


 現時点では、人間が意図的に異界から魔物を召喚している、と世間では思われている。召喚さえしなければ、街に危険な魔物が現れることもなく、安全が損なわれることもないと。その考えを根底から覆されることになるのだから、当分は騒がしくなる。


 でも、落ち着くのも早いんじゃないかなと、予想している。

 

 実際には、トロイとグレイスが召喚した特殊な魔物以外のイレギュラーも、徐々に増えている。

 いるべきでない場所に見慣れない魔物が出た場合も、召喚みたいな人為的なものと判断されがちだけど、残念ながらほとんどは自然発生のはずだ。多分緩んだゲートから、小物が偶然入り込んだものだろう。

 網戸の目を細かい虫がすり抜けるように、不安定になりつつあるゲートから、雑魚が揺らぎに乗じて紛れ込んでくる。

 春に向けて、更にそういう存在は増えていく。既に疑問や不安を感じている王都民は多いはずだ。

 だからこそ、答えを与えれば、逆に納得できる。


「しかし次の春となると……疎開のスケジュールがキツイな」


 キアランの当然の発想に、私とアイザックは、顔を見合わせた。その反応でキアランも、何らかの問題の存在を察する。


「避難は、難しいのか?」 

「確かに通常なら、戦えない一般の王都民は、避難させねばならないのだろうが……」


 アイザックは元から気難しい顔を、更に険しくする。


 その問題も、これから考えていかないといけない。とりあえず情報を整理しながら、キアランに説明する。


「キアランの情報源は600年前のガラテアの記録だから、その後を知らないんだよね?」

「その後――つまり300年前、デメトリア様の時に何かあったということか?」

「うん。その時まで、はっきり認識されてなかったことがあった」


 ゲートを封じるために造られたこの国。

 その王都が置かれた場所は、長い安定期の300年間は、魔物の出現率が他の土地より遙かに低い代わり、一度ゲートが開けば大規模な戦場になる。

 逆に言えば、いざ侵攻の時期が来た時には、戦場がほぼ王都内に限定できる利点がある。普段は自領で腕を磨いている騎士と魔導師を王国全土から集結させ、大火力で一気に迎え撃つ体制を整えやすい。


 誤算は、王都の大半を占める一般人を、外に出したことだった。


「300年前には、大勢の人間のいる場所は、ゲートの繋がりをある程度抑えられると思われていた。実際安定期の300年の間は、田舎の方が魔物は多いし。だからゲートの出現地点である王都に大勢の人間を生活させることで、自然の重石にしながら見張ってた」


 時が来れば戦場になることが確実な場所をあえて王都にしたのは、可能な限り人口を増やすためだった。

 本当にこの国は、最終決戦のために組み立てられている。一番の危険地帯になる場所に、城と街を作るのだから。


 キアランは心当たりがあるように頷いた。


「それについては、ガラテア様の手記でも触れていたな。300年後の戦いを見据えて、少しでも有利にするように、色々と試行錯誤した国造りの過程が……だが、それは間違っていたということか?」

「前提条件が、正確じゃなかったってことだね。重要なのは、人の数じゃなくて、精神の在り方だった。日常の明るく活気のある精神状態なら、確かに抑止される。ただし一度恐怖や混乱が暴走したら、逆効果。人間の、特に大きな負の感情の動きは、異界の魔物を引き付ける呼び水になるんだよ」


 グレイスが、一般人の観客が多い場所での召喚を好むのもそれが理由と断言できる。そしてトロイが生贄で召喚した魔物と比較すると、明らかに強大で狂暴。一人の血肉より、大勢の恐怖や嘆きの方が、敵にとってはオイシイってことらしい。


「その思い違いが判明したのが、デメトリアの時代の決戦に入った時」


 そこで、想定外の事態が起こった。


 300年前、デメトリアの時の失敗は、いよいよゲートが限界になって、戦場となる王都から、非戦闘員を王都外に疎開させたこと。


 侵略者たちとの長い長い攻防の歴史で、対応策は無数に試行錯誤されてきていた。歴史の事実は正確に伝えられなくとも、カッサンドラと大預言者は積み重ねられてきたすべてを受け継いでいる。


 この世界に数か所あった他のゲートが全て封鎖され、ただ一つ残ったこの場所に一気に負担がかかることはガラテアにすでに予期されていた。

 そこも踏まえた上で、最後のゲートを死守するため、可能ならば完全に鍵をかけて封じるために、国まで造って300年後への準備をした。


 備えは万全のはずだった。

 強い恐怖や不安の感情が、磁力のように異世界の存在を強力に引っ張り上げる。その事実が、備えを覆し、ゲートがこじ開けられる結果になった。


 避難民が各地に広く散ったことによって、王都内で迎撃の準備がされていたいくつかの「正門」とは別に、想定外の場所に更に無防備な「裏口」が、いくつも作られたのだ。


 大小問わず出入り口の数が、王都の外にまで次々と増え、戦場が拡大した。範囲が広がったことで、転移ができるデメトリアといえども、塞ぐ作業が追い付かなくなった。繋がりやすい波長の期間が過ぎ去るまで、ひたすら対症療法でしのいでやり過ごすだけで精一杯だった。


 頭の中で整理を付けながら、一通りの説明をしながら、すっと降りてきた予感があった。

 それをそのまま言葉にする。


「王都民を外には出さない。王都内の避難所に待機させる。今度こそ戦場を王都内に限定して、短期決戦で終わらせる――それが、決着をつける上で、絶対に必要だと思う」

「それは、大預言者としての予言か?」

「そう思っていい」


 アイザックの問いに、はっきりと答えた。


「手記にもあったが、やはり先手を打って、緩んだゲートから一つずつ事前に塞いでいくことは無理なのか?」


 キアランが、無駄と承知で、念のための確認を取る。


 確かにそれができるなら、楽なんだけど……。


「うん。残念だけどね。ゲートの性質上、それは問題の先送りにしかならない」


 私が受けた()()、ガラテア、デメトリアそれぞれが書き残した手記、カッサンドラからも聞かされている情報、自分自身で経験した手応え――その全てから、それは進んでやるべき手段ではないと結論が出されている。


「ファーン大森林で、イレギュラーに空いた小型のゲート。あれを考えれば分かる。兆候のうちから対処できるのだったら、六百年後の私まで待つまでもなく、ガラテアかデメトリアがとっくに塞いでた。それから森林公園での炎のエネルギー体の巨大ネコが出てきたゲートもだね。開きかけとか、中途半端な状態のままだと、完全に塞ぐことはできない。途中で封印したり、無理に手を加えても、結局歪みが徐々に広がって、いずれはまた開くことになる」


 600年前のガラテアは、侵攻の嵐が去った後、次の戦いに向けて当時の仲間と戦闘に特化した国を造った。

 300年前のデメトリアは、そのおかげで猛攻を凌ぐことはできたけど、なんとか追い返すだけで、完全に元を絶つことはできず、決着を未来へ残してしまった。


 そして今、300年前の失敗の原因を改善して、今度こそ私たちが全てを終わらせるために挑む。


「そのためには、ゲートが一斉に、そして完全に開き切ってから塞ぐしかない」


 たった二人を前に、大預言者としての宣言をする。


「――そろそろ、全部を終わりにしよう。元々それを目的にして造られた国なのだから」


 そして、それを可能とするための大預言者なのだから。


 転生で未来に先送りして背負い続ける使命を、いい加減終わりにしなければ。

読んでくださってありがとうございます!

書籍発売日が明後日に迫りました!

購入特典SSについての情報と、キャラデザインのイラストを活動報告に載せましたので、よろしかったらチェックしてみてください。

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