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訪問・2

「あれ?」


 三人で話している最中、不意に私のアンテナによく知った気配が引っかかった。キアランの訪問と違って、今度は門の辺りで捕捉できた。

 朝より調子が良くなったのと、多分舞い上がり過ぎてた気分をある程度切り替えたせいかな。

 

「どうした?」


 尋ねるキアランに答える。


「アイザックが来た」

「ああ」

「アイザックって……?」


 キアランはそれで分かったけど、マックスがそんな知り合いいたっけって顔をする。


「ノアのおじいちゃん」


 馴染みのある説明をし直すと、一瞬考えた後で、焦ったように訊き返す。


「――ってマジで宰相か!?」


 マックス的には、王子より宰相のお宅訪問の方が大事らしい。名前は何回か出してるのに、うちに来る人リストから完全に除外されてたようだ。


 マックスはほとんど面識ないもんな。ただでさえあいつも年齢を重ねるごとに気難しそうな見てくれになったし。


 キアランの方は、王城でもプライベートでも会う機会が多いだけあって、特に驚いた様子もない。


「約束があったのか?」

「昨日の事件の事情説明と、これからのことは話し合う予定だったよ。叔父様が交渉して、アイザックにうちに来てもらうことになってたみたい。日時は聞いてないけど」

「俺が見舞いの名目で来たから、ついでに便乗したのかもな」


 私の回答に、キアランがそう考察する。なるほど。キアランはマックスと友達だから、うちに来る口実も立つけど、トリスタンや叔父様なしで宰相の単独訪問は理由付けが厳しいもんなあ。時間差はあるけど、王子と一緒に来た、って体裁を整えたのか。


 これ、叔父様を通してない事後報告パターンっぽいな。

 多分、今日面談のアポを申し込んだら、叔父様に速攻で断られたんだろう。私、朝のうちは微熱があったから。もう本当に大丈夫なんだけど、叔父様はいまだに過保護だから。


 近付く気配が察知できる程度には、鈍ってた感覚も取り戻してるし、私は特に問題ない。むしろできるだけ早い方がいいよね。

 強いて挙げるなら、キアランとの時間が終わっちゃうことが惜しいけど、どっちみちお邪魔虫がいたし。

 アポなし訪問に関しては、叔父様に後で取りなしておこう。


「すぐに会うのか?」


 私の様子で、キアランが尋ねる。


「うん。情報の共有は早い方がいいし、今後のことで色々伝えたいこともあるから。せっかく来てくれたのに、ごめんね、キアラン」

「いや、それは構わないが」

 

 少し思案気に首を傾げた。


「状況的に俺は同席した方がいいな?」

「ああ、そうだね。っていうか、アイザックもキアランがいることを前提に来たんだろうしね」


 グラディス・ラングレーは、昨日の事件と無関係――と公式ではなってても、現場に居合わせて真相を知る人間はそれなりにいる。

 いくら国を騒がせた大事件に関する重要な関係者の事情聴取だからって、小娘と宰相がサシで対面とか、ラングレー公の令嬢とはいえ、さすがに無理がある。

 まして事情を知らない大半の人間が、その事実だけを知ったら、どんな憶測が流れることか。ザカライアにでも推測が繋がったら、目も当てられない。


 かと言って、叔父様や他の関係者が立ち会ってたらぶっちゃけた話がしづらい。その辺も考慮して、あえてこのタイミングで来たってとこか。


 聴取対象()の友人であるキアラン王子が、自身が同席する形での面会を取り計らって、それに宰相が応じたとか、それっぽいフォローはいくらでもできるだろうし。二人きりよりは不自然さも誤魔化せる。

 内部情報を外に流すような使用人はうちにはいないけど、用心に越したことはない。ノアみたいな奴もいることだしね。


「マックスはどうする?」


 答えは分かってるものの、一応は訊いてみる。スルーしたらへそを曲げそうだ。


「う……俺は……パス」


 マックスは物凄く不本意そうに、でも迷わず答える。


 そりゃ、まだ何の立場もない十五~六の学生が、いくら友達のおじいちゃんとはいえ、厳格な宰相との会談に同席とか、普通にイヤだよな。何の罰ゲームだっての。

 そもそも王子と宰相と大預言者の話し合いに、保護者で当主代理もこなす叔父様ならともかく、どうして君がいるの、って絶対なるし。

 今回は逃げるのが正解だね。


 しばらくして、執事のジェラルドが、アイザックの訪問を告げに来た。やっぱり叔父様からは連絡がなかったから、対応に戸惑ってるようだ。


 すぐに客間に通すように指示した。私自身も、キアランからついさっき伝えられた体を装って。おう……これでアイザックのアポなし訪問はキアランの責任にもなっちゃった。後で叔父様にはしっかり弁解しておこう。


 それからキアランと二人で移動する。


「後で聞かせろよ」


 マックスは渋々と自分の部屋に撤退した。


「お嬢様、その装いでは……」


 部屋着のままで平然と宰相に対面しようとする私に、周りが慌てる。

 あいつ相手にめかし込んでもしょうがないでしょ。一応今日は病人の設定だし。


 アイザックが待つ部屋に、気楽に入る。


「お待たせしました。事件の聴取に、友人のキアラン王子も同席してくださるそうで、ほっとしましたわ」

「それで速やかに進むのであれば。仕事が長引いたため、遅れて申し訳ない」


 もてなしの準備をするメイドたちに、友達が付き添ってくれるから、心配ご無用のアピールをすると、アイザックも即座に茶番に応じる。さも最初からそういう予定だったかのように。

 打ち合わせもないのにこの辺の息の合い方は、やっぱり年季だな。


 お茶を出してから人払いをするなり、アイザックがジロリと一瞥し、批判してくる。


「非常識は相変わらずだな。()()若い娘がそんな恰好で」


 キアランがいても、全然取り繕わないな。


「どうせあんたしかいないでしょ」

「キアランもいるだろう。言っておくが普通は宰相相手より、王子の方がもっと問題なんだからな。そうだろう、キアラン」


 普段の口調のままで、同席するキアランをちらっと見る。プライベートな場だから、王子ではなく、孫の幼馴染みとしての扱いだ。


「それは、確かに」


 これよりもっと薄着を寝室で見たキアランは、気まずそうに答えた。

 師匠であるダグラスの時も思ったけど、子供扱いされるキアランがなんか新鮮だ。


 また思わず萌えかけたところで、アイザックがニヤリと続けた。


「それとも、以前図書館でした忠告を早速実行でもしたか」


 一瞬考えてから、意味を把握して、はっとする。


「――忘れてたっ。その手があったんだ……っ」


 思わず独り言を漏らす。


 数か月前、王城の図書館で偶然会い、デメトリアの隠し部屋を発見した時に受けたアドバイス。

 大預言者だと世間に知られる前に結婚してしまえと。要はとっととヤッとけってことだ。


「忠告?」

「何でもないっ」


 怪訝そうに尋ねるキアランに、焦って食い気味で答える。


 キアランの前でなんてこと言い出しやがるんだ、このジジイっ!

 私たちのことは、当然こいつには伝わってる。預言者の掟を撤廃する方向で動いてもらってるわけだから。全部承知の上での発言だ。


 確かにそれが一番手っ取り早いんだけど、昨日気持ちを確認し合ったばかりだからね!? さすがに無理でしょ!! まだ胸筋も(さわ)れてないよっ!!


 いやいや、でも切実な問題ではあるんだ。一気に問題解決できる神の一手!


 だけどキアランがいきなり私に手を出すなんてあり得ない。そうすると私から迫るの!?

 この谷間の攻撃力を余裕で防御する鉄人に、一体どうやって!? 初心者にはハードルが高すぎるだろ!?

 高い山に挑むにはまず入念な準備がいるのだよ!! 遭難したらどーすんだ!! まずは高尾山辺りから徐々に慣らしてくから、ちょっと待ってて!!


 それにしても、ちくしょう、このヤロウ! 一見無表情なようで、内心焦りまくる私にニヤニヤしてやがる!! 


 まさか半世紀前のあれやこれやの仕返しを、今頃受ける羽目になるとは。

 これ以上態度に出したら、キアランにバレちゃうだろっ。私はちゃんと取り繕えてるだろうか?


 ああ、これが因果応報自業自得ってやつか!! でも十六の乙女をからかうんじゃねえっ、大人気ないぞ、くそジジイ!!

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