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要請

「ご、ごめんね、キアラン。私の部屋に行こう」


 ゆったりワンピースの袖に腕を通してから、気を取り直して寝室を出る。


「いや、俺が急に押し掛けたから。すまなかった」


 キアランも少し困ったように答えて、隣の部屋に案内される。当然のようにマックスも一緒だ。


「うちで二人きりになれるとか間違っても思うなよ」


 偉そうに宣言しやがった。くそうっ、確かに昨日も予告してたけど、なんでそんな堂々としてるんだ、このお邪魔虫め!!


 キアランが特に気にもしてなさそうなのが、余計切ないじゃねーか。残念なのは私だけか、コノヤロー!


 とかちょっとイラついてたら、むしろそんなことよりも、別のことが気掛かりだったらしい。


「大丈夫か? 具合が悪いんじゃないのか?」


 普通に起き上がって活動し始めた私を、心配そうに見る。

 そういえば寝込んでる設定だった。体調を案じてくれてたのかと、私も機嫌をすぐに直す。


「ほとんど呼び出しを断る口実みたいなものだから、家の中をうろつくくらい平気だよ。で、相談って?」


 ソファーを勧めて、全員落ち着いたところで、早速本題を促す。ちなみに私の隣にはマックスが座りやがった。ホント遠慮しねーな!


 対面に座ったキアランが、話し始めた。


「ああ、昨日のうちに、お前とのことを両親に報告したんだが……」


 おおうっ、エリアスたちに伝わったのか! 息子さんとお付き合いさせてもらってますとか、私もそのうち言うのかな!? なんかお互いに複雑な心境にならない!? どんな顔をすればいいんだ!?


 いや、それより、報告後の反応だ!!


 ちょっと嫌な感じの汗を背中に感じながら、続きを待つ。


「喜んで()くれた」


 ひとまずの及第点に、ほっと息を吐く。でも、言い方が穏やかでないな。

 キアランも少し不本意そうな表情だ。


「何が問題?」

「しばらく公表しないよう厳命された。交際の事実自体隠すようにと」


 私の質問に、あまり望ましくない答えが返る。


 ――う~ん……。


 まあ、予想外ではない。私の立場は難しいし、むしろ全てを承知の上で反対されてないだけでも御の字なくらいだ。


「なんだよそれ。理由は?」


 私に代わってマックスが、眉間にしわを寄せる。


「父は六年前、初めてグラディスに会ってからすぐ、預言者についての法案改正に取り掛かり始めていたそうだ」


 キアランがその内容を説明する。


 つまりエリアスは、預言者が生涯独り身を貫いてその身を国家のみに捧げなければならない国法を、撤廃しようと動いてくれていたらしい。

 数年がかりで、少しずつ根回しをしている最中だと。


 確かにこの掟って、数百年の間に当然のように定着しちゃったけど、実際には預言者の本領発揮を著しく妨げている。

 少なくとも、ザカライア時代の自分を振り返ると、国難に本気で立ち向かう意志もモチベーションもほとんどなかった。自分の命すら大事じゃなかったんだから。あの時に侵攻の事態が起きていたら、対抗できた自信がない。


 その点から、このふざけた法そのものが、預言者の力を削ぐための敵の妨害工作の一環なんじゃないかと、私は疑っている。


 魔物勢力との戦闘がない休戦状態の300年間は、情報戦や戦況を整えるための工作に費やされている。こっちの世界で裏から人間を支援するカッサンドラと、密かに侵入成功した敵の工作員との両陣営で。


 これまでの歴史の中でも、敵側に立って動いてきた人間は少なからず存在する。トロイのように。

 数百年単位で行われてきた水面下でのせめぎ合いの結果が、今の状態なんだろう。


 実際、家庭を持つことが預言者の能力と無関係であることは、トリスタンで証明されてるし、孤高を貫くことで預言者の能力が磨かれるというのは、完全な迷信――むしろ逆効果と、経験上断言できる。

 なくなってくれるなら、人間側の誰にとってもいいことづくめ。


 私個人のためだけでなく、エイダたち他の預言者の――ひいては、これからも見出されるかもしれない未来の後輩たちのためにも、頑張ってほしいとこだ。


 黙って考え込んだ私に、キアランは神妙な顔つきで、エリアスからの要請を伝えるてくる。


「微妙な問題だから、完全撤廃できるまで、お前には目立たないようにしてほしいそうだ」


 私の反応をうかがいながら、付け加える。


「順調に進めば、学園を卒業するくらいまではかかる予定だと」


 マジか……。

 思わず頭を抱え込んだ。


 まあ、確かに私の正体がバレるか否かは、綱渡りなとこがあるしなあ。


 たとえば、王子との交際を公表した後で、私が大預言者だと発覚した場合、国法撤廃の動きそのものが、完全に公私混同によるものとみなされる。


 実際それ、ほとんど事実だし。


 国家の宝である大預言者を、息子と添い遂げさせられるように、親バカで法を捻じ曲げようとしてんだろって絶対なるもんなあ。

 下手したらザカライア先生に脅されたのかとか、一部の向きからは疑われそう。いや、我ながらホントにやりかねないし。


 エリアスも王としてマズイ立場になるのは確実。

 実際には全く無意味どころか、デメリットしかない掟をなくそうって、当然のことを進めてるだけなのに。

 だからこそ、過ぎるくらい慎重に事を運ばないといけない。


 完全に撤廃されてから始まった交際なら、後になって大預言者の正体がバレても、後の祭り。

 全然気付かないまま交際を認めました、でも幸い法もなくなってることだし特に問題ないよねとか、王家側はしれっと誤魔化せるわけだ。事実や心証はともかくとして。


 隠さないといけないのは残念だけど、ここはエリアスと、多分アイザックも噛んでるだろうから、あいつらに全面的にお任せして、私の明るい未来のために甘えさせてもらおう。


 心苦しそうなキアランを安心させるように、笑顔を返す。


「分かった。それでいいよ。エリアスに死ぬ気でやり遂げろって伝えておいて。アイザックには私が直接尻を叩いとくから」

「――ああ」


 キアランがほっとしたように頷いた。


 私の隣でマックスがちょっと引いてる。国王と宰相に、随分な言い草だからかな?

 いや、だって、エリアス、甥っ子みたいなもんだし、アイザックは幼馴染みだし。

 カミングアウトしたおかげで誤魔化す必要がないって、超気楽だなあ。


 はあ……それにしても、理屈は分かるけど、やっぱり落胆は否めない。


 ぜいたくな悩みではあるけどね。今までは、黒いフードの男に殺されるイメージが、大きな問題の一つとして立ち塞がっていた。そこから解放されただけでも喜ぶべきか。


 でもやっと長過ぎた喪女時代に終止符を打って、リア充生活突入とか思ったのに。人生そう甘くはなかった。

 一周目、二周目と、教室でいちゃつくカップルに、かつてどれだけ憧れたことか。ついに自分の番が来たとガッツポーズを決めた矢先のこの無慈悲な展開――爆発しろと妬まれる猶予すら与えられなかった。


 まあ、それも私らしいか。もう少しこのビッグウエーブにどっぷり浸ってたかったけど、現実逃避も潮時ってことだね。まだやらなきゃいけないことが控えてるし。

 ハイハイ、色ボケタイムは終了! ――ってことで。とっとと切り替えるとしよう。


 普通の女の子気分を満喫できて、すごく楽しかったけどね。


 ――それにしても丸一日も持たないとは、短い天下だったなあ。


「グラディス、すまない」


 申し訳なさそうに謝るキアラン。私と同じように残念だと思ってくれてるだけで、今は十分幸せな気分だ。


「気にしないで。お楽しみは先に取っておこう」


 いやむしろ、秘密のお付き合いって、これこそまさに、王道ど真ん中のときめきシチュエーションってもんだよね。


 他人事として物語で読んでる分には、だけど。

カドカワBOOKS様より2019年06月10日刊行

「大預言者は前世から逃げる~三周目は公爵令嬢に転生したから、バラ色ライフを送りたい~」

カバーイラストが公開されました。

イラストは雪子様です。

活動報告に載せています。よろしかったら見てください。

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