ノア・クレイトン(友人)
変わった女の子と友達になった。
初めて見かけたのは、ハックワース伯爵家のお茶会。キアラン王子の将来のお后候補を一堂に集める企画らしい。
といってもそれほど大袈裟なものでもなく、まずはお知り合いになりましょう程度のものだ。将来のご学友候補として、男子もちゃんと招待されている。
このイベントはなんとあの真面目なおじい様の発案だ。何でも昔の腐れ縁の幼馴染に、国王陛下の御子が生まれたらいつかやろうと持ちかけられたらしい。同世代の多くは学園入学まで面識もないままなのは時間がもったいないし、子供のうちから選択肢が多いほうが選り取り見取りだろうと。死んだ後まで動かすなんて、余程おじいさまにとって、影響力のある人だったんだろうな。
でも僕には関係ないし、当人のキアランも、正直乗り気ではない。義務で仕方なく、と言ったところ。
気持ちは分かるよ。僕でも、同世代の女の子の前に出ると、猛獣の前に放り投げられた肉の気分になるもんな。王子様ともなると、恐ろしいことになりそうだよね。
キアランも令嬢の相手なんかより、王妃様のご実家で侯爵様方との魔物狩りに参加してる方が好きなタイプだから。
悪いけど僕はとばっちりで食い荒らされるのは御免だから、逃げさせてもらおう。キアランなら魔物の相手も慣れてるし、猛獣も何とかするだろう。せめてもの助けとして、愛用のウイッグを置いてきた。あの目立つ赤毛を隠して子供たちに紛れれば、相手が飾る前の素の顔が見られるからね。
正直、10歳にして人間不信になるレベルで、人の裏表の格差の凄まじさに気付くかもね。これもおじい様が子供の頃に、件の悪友に教わったことだそう。その時は大喧嘩になったけど、あいつが正しかったって、寂しそうに言ってた。
おじい様はそういう友達を、僕の他にも持ってほしいのかもしれないね。
でも、表面が善良そうでも、裏側なんて分からない。本当に信頼できる人ってどうやったら見つかるんだろう。物心つく前から一緒だったキアランくらいしか、信用できる気がしない。
会場の庭園をこっそり抜け出して忍び込んだ一室。着替えてから窓の様子をうかがって、息を呑んだ。
びっくりするくらいきれいな女の子がいた。まだ男同士で遊ぶ方が楽しい僕でも、ぼうっと見惚れるくらいきれい。
あの子が現れただけで、その場の空気が変わるのが、遠くから見ていてもよく分かる。奇抜にすら見える斬新なデザインのドレスをこれ以上ないくらい美しく着こなして、さっそうと、でもすごく優雅に歩いている。
まさに高貴な令嬢の見本。そして見るからに、意志も気も強そうだ。表面でこうなんだから、中身なんてもの凄く我儘で高慢なんだろうな。
態度も表情も自信に溢れていて、まっすぐ前を見ている。周りの誰も眼中にないようだ。
あ、足を止めてキアランと見つめ合ってる! 何か話してるみたいだけど……あれ? すぐ行っちゃった。素性を隠してたって、外見と性格だけでもキアランはかっこいい奴なんだけど、気にも留めなかったみたい。多分あの子は、キアランが王子だと知っても、どうとも思わなそう。
あんなきれいな子が将来お嫁さんとかになったらかなり自慢だろうけど、とても僕に扱えそうにないな。キアランならどうなんだろう?
おっと、おじい様が僕を捜してるみたいだ。予定通り、裏口から急いで抜け出した。
門から出てろくに歩かないうちに、角から曲がってきた馬車に驚いて、尻もちをついてしまった。
ああ、目立ちたくないのに。
馬車が止まり、ドアが開く。僕は驚いて凝視した。
さっき見た、あのきれいな子が飛び出してきた。僕を見ながら、なんかすごく驚いている。ああ、間近に正面から見ても、天使みたいにきれいだなあ。
でも僕は、さらに驚くことになる。
はっと我に返った彼女は、僕に駆け寄って、途轍もない勢いで心配してくれる。人間、慌てた時の方が本性が出やすい。
目の前の美少女は、ものすごく気さくで……そして何というか、ものすごくガサツだった。
何なんだ、面白すぎる。美しいけれどきつい表面からそこはかとなく漂う残念臭。
僕の知っているどんな令嬢とも違う。そもそも王子に何の野心もないから、このお茶会を早退してるわけだもんな。僕も女子受けする方なんだけど、僕の顔なんて全然気にもしてない。まあ、キアランだってほぼスルーだったし。まったく興味ないのか。
今、時間があったらもっといろいろと話せたのに。
あ、門の向こうにおじい様の部下の姿が!
僕は後ろ髪をひかれながら、その場を後にした。また会えるといいなあ。
後でラングレー家の令嬢のことを周囲に聞いてみたら、変わり者エピソードがザクザクと出てきた。お茶会でキアランに注意を受けて、キレて帰ったらしい。ますます興味を惹かれる。
そしてその機会は程なく訪れた。
花屋から出たところで、先にキアランが気が付いた。
この前話した時と違って、令嬢の鑑のような立ち居振る舞いだった。
彼女はすぐに僕たちの素性に気が付いたけど、名前は知らなかった。本当に興味持たれてなかったんだ。僕はともかく、王子の名前も知らないって、普通ないよね?
やることも突拍子もない。令嬢が自ら街の花屋に乗り込んで、その場で花束を作らせてしまった。見ず知らずの少女の追悼のために。それもとんでもなくド派手な花束を。
我儘で意志が強そうという第一印象は正解みたいだけど、いやなタイプでは全然ないな。もう、行動力が普通の令嬢からかけ離れてるせいかな。信じられないくらいきれいなのに、なんか男友達とつるんでる時と同じ空気感なんだよ。
だから、彼女の態度がすごくちぐはぐに感じる。これだけ取る行動が大雑把なのに、言動だけお嬢様ぶっててもしょうがないよね。
ちょっと突っついてみたら、子供同士の時だけ素で振舞うことになった。多分周りの人も、君が思うほど君の令嬢としての体面なんて気にしてないと思うんだけど。ほら、後ろの侍女なんて平然としてるじゃない。
それから献花に行った後、恐ろしい事件が起こった。
突然の魔物の出現。でもグラディスは、下手したらキアランより冷静に見えた。
何この人。豪胆にも程があるでしょ? 大抵の女の子は目の前をトカゲが横切っただけでも大騒ぎだよ? なんでそんなどうでもよさそうな感じなの。
挙句の果てには、凄まじい勢いで飛んで来た飛礫を、華麗な身のこなしで蹴り上げてしまった。
うん、今決めた。君は男友達と同じ扱いでいい。どうせ女の子としたら僕の手には負えないタイプだからね。
あれ? そういえば、おじい様も前に同じようなことを言っていたような……?
いずれにしろ、面白い友達ができた。いずれは学園の同級生にもなるし、これからが楽しみだね。
それになんだか、キアランの態度が普段と違う気がするのも、気になるところだ。どこの令嬢に対しても、王子としていつも礼儀正しいけど、どこかそっけないんだ。どこまでも型通りで。
それがグラディスには、ちょっと感情を見せてる。友達と認めたからか、それとも……。
そこも含めて、これからどうなっていくのか、じっくりと観察していこう。