ノア・クレイトン(友人・クラスメイト・仲間)
私と同じ道に進むつもりなら、一番の武器は情報だ。
幼い頃から、お祖父様に事あるごとに言われたセリフだ。大預言者を幼馴染みに持っていたお祖父様の実体験からくる言葉は、誰よりも重い。
だけど僕にはそんな都合のいい幼馴染みはいない。むしろ僕から幼馴染みに情報を上げる立場だ。
だからまずは自分で何とかしようと思った。もちろん人も使うけど、自分でもできれば、やる側の視点も知れて適切な動かし方が理解できる。効率も結果も大きく変わる。
そのつもりで諜報活動に最も都合のいい魔術に絞って身に付けてきたけど、極めすぎてしまった感が否めない。仕事のためというより、ほぼ趣味になっている。我ながら悪趣味とは思うけどね。
お祖父様に、一体どこに向かう気だと、呆れた目で釘を刺されても、面白くてやめられない。
ただ、お祖父様からいくつかの忠告は受けている。
その中の一つ、グラディスの前ではやめておけというものは、忠実に守っていた。
その代わり、じっくりと観察はするようになった。あのお祖父様にそこまで言わせるなんて、こんなに好奇心が刺激されるネタはない。
入学後、より身近に観察できるようになって、普通ではないことにはすぐ気が付いた。隙がないというだけでは説明のつかない危機回避能力の高さ。
グラディスは降りかかりそうなあらゆる厄介ごとをことごとくするりと躱し続けた。それはもう偶然では有り得ないくらいにかすりもしない。
分かりやすい例を挙げれば、グラディスの周りには、グラディスが認めた人間しか近付けないことだろうか。
入学当初こそ警戒されてたグラディスは、実際には脳筋連中との相性が抜群によかった。何しろハンター家とうまく付き合えるくらいだから、折り紙付きだ。
その辺が知られてきたら、真剣にグラディスを狙う男が右肩上がりに増えてきた。しかも脳筋な分、悪気はなくとも強引な肉食連中ばかり。
生半可な男なら潰されるけど、腕に覚えのある騎士だったら、あのラングレー家と縁が持てることも得難い魅力だ。
そのため、いつトラブルに巻き込まれてもおかしくない状況だった。仲間内で注意を払うにも限界はある。
けれど、その心配は全て杞憂に終わった。
そこで生じる疑問。
彼女の情報源は何だ? 明らかに、僕以上に高い精度の情報収集手段を持っている。
学園外のことだったら、ラングレー家関係の筋だと納得もできるけど、学園内の、それも突発的な事態にまで、グラディスは対応してしまう。
学園内でグラディスに接触する者をどんなに探ってみても、裏が取れない。
なのにいつの間にか、僕以上の情報を得ていたりするのだ。時にはタイムラグを感じさせない迅速さで。
疑念の答えが形になったきっかけは、暗示にかかったガイ・ハンターがグラディスを襲った事件だ。
あの前後に学園内の状況を徹底して時系列で調査した結果、いくつかの事実を後で掴んだ。
グラディスは授業の後、キアランと別行動で教室に戻った。しばらく微妙な雰囲気だったから、多分二人の間で何かあったんだろう。そこはそこで調査中だけど、本題はグラディスの通った経路。
グラディス狙いの奴らが点在してた場所とか、殴り合いの大ゲンカが始まったルートとか、面倒そうな場面を、不自然なくらいに片っ端から避けて、普通ならあり得ない順路を選んでいた。
どうやって歩いてる最中に、誰とも接触せず、別の棟の情報なんて得られる? それも複数を、明らかに事態が起こるよりも前のタイミングで。
直後のガイとの遭遇に関しては、早い段階で暗示を受けた生徒の実態調査、対応ができたことを鑑みれば、むしろ結果オーライのケースと言える。いつも通りだったら、起こり得なかったのだから。
この異常なまでの勘の良さ。多分、魔術を使って探ろうとしたら、間違いなく察知される。
かつて体験した、ある出来事を思い出した。
腕試しのつもりで、預言者筆頭のエイダ様をターゲットに尾行してみたことがあった。隠蔽技術には自信があったのに、即バレして叱責された。子供の悪さで片付いたけど、結構ヤバかった。
お祖父様に、能力が通じる相手かの見極めが大前提だろうとやっぱり叱られて、散々だった。
僕がどれだけ能力を高めたとしても、絶対的に誤魔化せない相手が、この国には存在するのだ。
それに通じるものを、グラディスに感じた。
あとは芋蔓式。
お祖父様やエイダ様との謎の繋がり。その他にも、予想外の大物との間に垣間見れる何らかの関わり。
学園で、一部のベテラン教師たちの様子。
極め付けが、キアランの不自然な態度。
絶対にグラディスに惹かれてるはずなのに、友人の位置から頑として動くつもりのない強い自制。
パズルのピースがハマるように、一つの仮説が組み上がっていった。
――これは、面白いことになった。それが率直な感想。
王子と大預言者の恋なんて、小説ですらあり得ない物語。目の前の特等席で展開されるなら、見たいに決まってる。マクシミリアンには悪いけど。――やっぱり悪趣味でゴメンね。
今日は、昨日の事件についての情報の拡散具合や個々の動向を把握しておくようにと、お祖父様から指示されていた。
そして朝イチで見かけた。
後で会う約束を、キアランに取り付けるマクシミリアンを。
昨日、グラディス救出の現場に同行した二人の密談――なんて一瞬も思わない。
膠着状態だった彼らの関係が、やっと動いた? ――これは、ますます面白……いやいや、親友なのに仲間外れなんてひどいじゃないか。是非とも情報収集しなければ。
急いで仕事を片付けて、最優先で二人の待ち合わせにこっそり合流して今に至る。
「忙しいとこ悪いな」
「いや、俺も話があった」
二人とも、特に険悪な様子もなく、外に出ていく。
「グラディスから話は聞いてる。でも、俺ははいそうですかと、素直に認めたりしねえからな。付き合ってようが遠慮しねえ」
ズバリと宣言するマクシミリアン。
おお、やっぱりそういうことになったのか。肝心なとこを見逃した。でも親友の恋が叶ったことは素直に祝福しよう。
キアランは特に気分を害したりもせず頷く。
「構わない。俺たちがどうであれ、決めるのはグラディスだ。お前がグラディスの意志を蔑ろにしない限り、俺に言うことはない」
牽制でも虚勢でもない、いつも通りの冷静さに、マクシミリアンは仏頂面を浮かべる。
「くそう、余裕かましやがって。今の時点では負けを認めるけど、俺は諦めるつもりはないからな」
「知っている。――諦めようと思って、諦められるものじゃないからな。――それと、余裕なんて、あるわけないだろう」
実感を持って呟いた後で、キアランが気まずそうに反論する。物心つく前からの付き合いだけど、こんな顔は初めてだ。
それをマクシミリアンがイラっとして睨み返す。
「結局うまくいったならいいじゃねえか、ちくしょう。自分は関係ないみたいな顔してやがったくせに。それでどれだけグラディスを混乱させたと思ってんだよ」
「――ずっと身を引くつもりだったからな……結局本人に叱られた。一人で決めるなと。だから俺はもう引くつもりはない。グラディスの心が変わらない限りは」
「おう、いつか絶対引っくり返してやるからな! 俺は一緒に暮らしてるし、立場的な障害もない。なんだかんだでグラディスは俺には甘いし、無防備で隙だらけだしな」
傍から見てれば完全に負け惜しみだと分かるんだけど、キアランはかすかに苦笑いした。結構その展開も覚悟してる感じだ。
「ふん、やせ我慢しやがって」
「――そうだな。内心はお前と変わらないさ」
そりゃあ、余裕なんて持てないよな。自分の恋人の一番近くにマクシミリアンみたいなライバルがうろついてたら、普通に最悪だよ。僕なら絶対無理。
でもキアランは、そんな口にはしない本音の代わりに、もう一つの偽りない本心を続ける。
「だが、お前を大好きなことも含めて、それもグラディスの一部なんだ。俺のために、変わってほしいとは思わない。自然な、自由なままでいてほしい。だから、やせ我慢くらいはするさ。余計なことを言う必要はない」
「お前、ちっとも学習してねえな。それでグラディスに文句言われたんだろーが。そこんとこ全然分かってねえ。言えよ、我儘でも何でも。あいつは煩わされたって、自分も一緒に背負いたいんだ」
「――そう、かもな。まあ、性分だ」
呆れたように指摘するマクシミリアンに、キアランはただ苦笑を深めた。
「だから、今まで通りで構わない。お前がグラディスの前に立って危険から守ってくれるから、俺も安心して後ろから見守っていることができるんだ」
「――お前のそういうとこが、ムカつくんだよ」
マクシミリアンが毒づいた。その意味は、僕にも汲み取れる。
むしろ当たり前すぎて、キアランの方が意識してないのかも。二人の立ち位置の差の、大きさを。
グラディスは、あれで結構難しい。大らかであけすけなようでいても、表面で強固に弾かれる。仲間にすら、弱みを見せたがらない。
物理的な危険から守ってやれる人間なら、マクシミリアン含めて周りにいくらでもいる。
だけど、あの複雑な部分を理解し、押し隠した無理を見抜き、支えてやれる奴なんて、そうはいなかった。
あのいつも強気で余裕なペースを崩すのは、多分一番付き合いの長いだろうお祖父様でも厳しい。
それだけで、キアランの特別さが浮き彫りになる。――本当に、彼女にとってどれだけ特別な存在か。
なるほどと、一つの疑問が解けた。陛下が例の法案を秘かに進めてきてたのは、ここへの布石だったわけか。
最大の壁が取り除けていない分、いまだに前途は多難。未来はまだまだ分からないってことでもある。
この後二人は、一緒にラングレー家に行くって話になった。キアランがその件について、直接グラディスに話すつもりなんだろうな。
ああ、僕は子供の頃にさっさと一抜けしてよかった。
こんな疲れる勝負、傍から見てる分には面白いけど、当事者になるなんて絶対ごめんだ。
(デバガメ)仲間




