事件の翌朝
翌日、私は魔物を目の当たりにしたショックで寝込んだ。――と、表向きにはなっている。
確かに微熱はあるけど、別に体がきついわけじゃない。この程度、いつもなら普通に起きてる。ただ今日は、叔父様に言われるままに、ベッドで大人しくしている。昨日たくさん心配させちゃったもんなあ。
ああ、学園行きたかったな。
ベッドでゴロゴロしながら、ちょっとガッカリ。なんとも拍子抜けだ。
といっても私の場合、元気だったら学校よりも昨日の事件の調査協力だったんだろうけどさ。
学園は相変わらずというべきか、前日にあれだけの大事件があっても、通常運行だ。なんせ国王の崩御時だって、休校にはならないくらいだからね。
ちなみにザカライアの国葬の時は数十年ぶりの休校になったらしい。教師・生徒の大半が参列したから。自分の葬儀の様子を後になって書物で知るとか、シュールだな。
ただ、教師・生徒、半分くらいは多分学園を欠席してるはず。昨日の件の関係者は、調査やら証言やら事後処理がある。戦闘に駆り出された騎士・魔導師の職員や生徒も多いし、今日は指定された部署にそれぞれ出向いてるだろう。自習天国で今日の学園楽しそう。
当然マックスも昨日に引き続き、朝から王城。さすがに今日はトリスタンも、叔父様に連行されてた。
学園の私の仲間たちもほとんどは作戦に参加してたから、今頃みんな王城で顔を合わせてるかな? 私の誘拐を知ってるはずのみんなにも、元気な姿を見せたかったけど、明日にお預けだ。
やることもなくだらだら布団に潜ってると、激動の一日が夢みたいな気がしてきた。
なんとなく右手をかざして眺める。
不調は、多分コレのせいなんだろう。肉体の疲れと精神的ショック程度で寝込むほどヤワじゃない。
一気に流し込まれたトロイの黒い瘴気が、私の体に馴染むまでは、もう何日かは必要かも。
でも逆に、自然な状態にまで受け入れられたら、ユーカに似たことができるだろうかとの期待もある。あれほどのレベルではなくとも。何事もポジティブに受け止めよう。
「ああ、退屈」
頭を空っぽにして、体を動かすなり仕事に専念するなりしたいとこだ。
やることもないから仰向けに寝転んだまま、主要紙全部に目を通す。
例外なく、昨日の大事件が紙面のほとんどを占めている。
森林公園でのエネルギー形態の魔物と、公爵以下選りすぐりの精鋭との激闘。現場に現れた主犯に逃げ切られた顛末。
闘技場での氾濫騒動と、新星のように現れたユーカの大活躍、続く多頭ヘビの魔物と騎士たちの戦闘。
正直これは燃える。
ただし新聞というより、ほとんど活劇じゃねーか! と、突っ込んでおこう。面白いけど盛り過ぎだっての。
『ここは俺が食い止める!! 後は頼んだぞ!!』――だあ~~~?
一体どこの平行世界のトリスタンだよ! あいつがそんな殊勝なセリフ言うわけねーだろ。誰だ、この情報源。
脳内でどんな変換作業が行われたのか、是非とものぞいてみたいところだね。実力者ほどあいつの凄まじさが理解できるから、現場の戦闘要員に大分拗らせちゃった熱狂的ファンが紛れてたんだろうな。
あいつのことだからせいぜい、「わり、抜けるわ」的な断りがあったかどうかってとこだろ。
いや、娯楽としてなら十分なんだけどね、これ新聞だからね?
まあ細かい人間ドラマはともかく、大筋としては大体間違いのない情報が開示されていた。
けれど私の件には一言も触れてない。あの場で逃げなかった国王以下VIPたちと一緒に護られていたことになってるんだろう。
そして全紙通じての見出しには、トロイ・ランドールの名前。一連の事件の主犯の一人として公表された。
闘技場で魔物召喚の際に正体が露見し、単独で逃亡後、追跡の最中に樹林内で事故死した――そういう筋書きだ。遺体は、魔物に喰われて回収できなかったとも。
私のことを抜かせば、大きな嘘はない。唯一全てを把握する目撃者の私自身は、まだ一切事情聴取を受けてもないのに。
叔父様も加わった昨日の話し合いの時点で、すでにそこに着地点を決めていたんだろう。
ランドール家はこれから大変だろうな。
アンセルは現在職務停止となり、調査に協力中の立場だ。息子の不始末の結果、魔導師団長の立場を退くことは避けられない。
私に口を出せることじゃないけど、それなりの救済措置があればいいなあ。
昨日着ていたトロイの血染のドレスは、証拠品というよりは、すでに遺品の扱いだ。
あとでしかるべき人に渡すから、そのままの状態で保管しておくようにと、くれぐれも使用人たちに言い置いた。うっかり処分されたりしないように。
それはそうとなにげに困るのが、昨日の下着類の方の取り扱いなんだよな。これもある意味血染めの遺品。
ひっそり処分するとしても、普通にゴミに出すのはさすがに躊躇われる。かといって、さすがに叔父様に相談するのは恥ずかしい。使用人に頼んでも、情報は必ず叔父様に上がっちゃうし。私にだって乙女の恥じらいはあるのだ。
そうだ、後でアイザックが来るらしいから、その時に押し付けとくか。いいように処理してくれるだろ。
幼馴染みに正体がバレてると、こういう時便利だな。ジジイに使用済みの下着の供養を頼むとか、どんなプレイだよって感じだけど。
厳しい状況に立たされたランドール家と対照的なのが、ユーカだ。
王国全土に、その有用性が知れ渡った。召喚されて昨日でちょうど二年。異世界人の女の子が、想定外にいい感じでのし上がれている。
前に心配してた就職先だって、嫁の貰い手だって、もう困らないくらいには、十分な立場になったと言っていい。
「あれ?」
そこではっとする。
グレイスたちへの対策に気を取られて、すっかり忘れてた。
ちょうど二年――ってことは、昨日はユーカの誕生日だったんだ。誕生日に召喚されたって言ってたもんな。私サプライズパーティーまでしてもらってたのに、なんてこった!
ちょっと遅くなるけど、昨日のお礼も兼ねて盛大なプレゼントを贈ろう。
ベッドサイドチェストに常備しているデザイン帳を早速開き、ペンを執る。寝てる時の閃きを逃がさないため、普段から抜かりはないのだ!
ユーカに着せてみたい服を、思うままに書き出していく。
これから人前に出ることも増えるだろうし、ドレスとアクセサリー一式とか、私らしい贈り物にしよう。
女子高生に似合うような可愛い奴じゃなくて、どこに出しても恥ずかしくない全力の正装だ。元の世界のテイストを入れて、サイコーに似合うやつ考えるからね!
友達に度を越したプレゼントはこれまで控えてきたけど、弟の命の恩人への感謝コミってことなら、いくらかかってもいいだろ。ユーカは私のお願いを見事に果たしてくれたんだから。
遠慮するようなら、ラングレー家の名前で正式に贈り付けてやろう。
とはいえ、これから注目度急上昇が約束されてるユーカになら、タダで贈っても元が取れるとか考えちゃうのは、経営側としてはしょうがないよね? それを口実にすれば、ユーカも受け取りやすくなるかな?
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