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白紙

 さすがにマックスと同じ声量で言い返す。


「ちょっとどこまで想像してんの!? 今日の今日で、そんなどえらいことにまでなってるわけないでしょ! まだキスまでだよ!」

「キス~~~~~~っ!!?」


 勢いで言い返したら、マックスが目をむいた。

 ああ私、なんで初カレとの進展状況を弟に報告してんだよ、もう! 口が滑った。キアランゴメン。


「ちくしょう、あの野郎、意外と手が早ええっ!! いや、あいつはいったん決断したら、確実にやり遂げる男だ! マジで油断できねえ!!」

「――ホントにいい加減にしてほしいんだけど、まったく」


 声を荒らげて悔しがるマックスに、思わず冷ややかな視線を向ける。


「ああ、やっぱり納得できねえ! 俺、お前らの邪魔とかしねえ自信ねえぞ」

「もう好きにすれば? 度が過ぎたら怒るけど、マックスを嫌いになることは絶対にないから」


 溜め息交じりになだめる私に、マックスが真剣に確認を取る。


「絶対か?」

「うん、ここは絶対」


 姉弟だからね。ただし他人には落とさないレベルの雷は覚悟しろ。


「じゃあ、検証させろ! 合格しなかったら、認めねえし、この先も諦めねえ」

「私が誰と付き合おうと別にあんたの許可を取る必要はないけど、検証って?」


 げんなりする私とは対照的に、マックスはますます熱弁を振るう。


「俺は前からあいつの澄ました顔が気に入らなかったんだ! もしこれでもしれっとしてやがったら、何年かかっても絶対キアランからお前を奪ってやる!」


 なんだか嫌な予感がしてさっと部屋から逃げようとしたら、手遅れだった。

 後ろからがばっとマックスに抱きすくめられる。


「こら! やめなさい!! 本気で怒るからねっ!?」


 叱り付けられてもかまうことなく、マックスは私の首筋に唇を押し付けてきた。痛いくらいにきつく吸われ、さすがに焦る。


「ひゃああ~~~っ、ちょっ、やっ、いい加減にしなさいってば! これセクハラじゃすまないから!!」


 がっちり抱え込まれて、両腕が動かない。自由になる足でバタバタ暴れても、宙に浮くだけでびくともしなかった。


「ちょっ、ホントに、やめっ、やだってっ」

「あんまそういう反応すんな。途中でやめられなくなるだろ」


 しばらくしてマックスからぱっと解放される。

 なんでお前の方がクレーム付けとんじゃ、こら~~~!!! これ、絶対跡が付いた!!


「ふざけんな、この婦女暴行魔!! 今度こんな真似したら、半径1メートルに近付かせないからね!!」


 怒り狂って跳びすさる私に、マックスがにやりと笑う。


「やっぱりお前は俺に甘いな。次のチャンスをくれるとこが」


 こ の 野 郎!!!


 ぎろりと睨みつけた私のお怒りモードは、特大の雷が落下する寸前、続くマックスの一言でさあっと醒める。


「キアランがこれに反応すれば、少しは認めてやらねえこともねえ」

「――!!!」


 キアランの反応、確かに、すごく気になりますヨ!!


 でもなんか、いつも通り冷静な態度しか想像ができないんだけど……。

 俺の恋人にちょっかいを出すなと激怒する情熱の男キアラン……やっぱり想像できない!! むしろこれくらい大騒ぎするほどのことでもないとか、鷹揚に受け止められちゃう気がしないこともないこともなくもないような……ってどっちだ!?


「気になるんだろ?」

「キ、キアランはそういう俗っぽいこととかはあんまり気にしないタイプなんじゃないかなあっ、多分!?」

「予防線張ったろ? 自信がないわけだな」

「ノ、ノーコメントで……」


 たどり着こうとしている結論にちょっとへこみかけたとこに、マックスの追い打ちがかかる。


「あいつ、今までどれだけ俺がお前の近くにいようが触れようが、涼しい顔でスルーしてたもんな。お前と気持ちを確かめ合った後でまで、まだ平然としてやがったら、マジで男じゃねえぞ。その時は徹底的に邪魔するからな」


 後半になるにつれ真剣さを帯びた宣告に、私もそれ以上は反論できなくなった。

 これは、フラレたマックス自身のハライセよりも、私の気持ちを優先しての言葉だ。本気で私の幸せを願ってくれているから。


「――お手柔らかにね」

「お前のことで、手加減するわけねえだろ」


 マックスはきっぱり拒絶し、それから一転して、少し寂しそうに影を帯びた目で私を見た。


「俺の隣にいるのはお前のはずだとずっと思ってたから、急に未来が白紙になったみたいで落ち着かねえ。()()()()なら、教えてくれよ」


 そんな独り言ともつかない問いに、ふとザカライアの頃の自分を思い出した。


 見えないことはない。あの頃、数えきれないほど投げかけられてきた質問だ。実際マックスの場合も、うっかりのぞいちゃったいくつかのビジョンはある。この先起こり得る未来の出来事。


 けれど未来を尋ねる生徒に、その度にいつも一貫して同じ答えを繰り返したものだった。


「白紙でいいんだよ。未来はまだ何も決まってない。これからあんたの一番を、自分で選んで行けばいい」


 教師時代と同じ口調で答えた。


 それは、バルフォア学園で教師を始めて、生徒と関わるようになってから続くこだわり。トロイを失って死ぬほど後悔する羽目になってすら、やっぱり変えられない絶対の決め事(ルール)


 未来が見えていても、教えない。人生における、本当に重要な分岐点ほど。

 私がしていいのは、選択肢を示すまで。それと、選択肢の幅を広げるために、環境を整えてあげることくらい。

 後は全部本人次第。決断は自分自身ですることだから。


 そこのこだわりを捨てたら、私は人の運命を操る悪い魔女になってしまう。


 私が絶対に答えないことを知っているのか、回答を求めない独白のような疑問が、かすかに聞こえた。


「俺もいつかこの思いが薄れて、他の奴に気持ちが向く時が来るのかな……」

「――全部、マックス次第だよ。――いつだって」


 いつかそんな日が来ることを、心から願う。――けど、私がそれを言葉にするのは、ヤボってもんだね。


「――おやすみ」


 マックスの背中を軽く叩いて、一言だけ残して部屋を出た。


 自室に戻り、ショールとアクセサリー類だけ外して、部屋に付いてる浴室に向かう。

 いつもなら屋敷で一番大きい浴場に行くとこだけど、今日はそんな気力もない。


 すでに諸々の用意は終わっている。私が戻ったら使用人たちは挨拶だけして、みんな部屋から引き揚げていった。


 この国の貴族の大半は、身の回りの基本的なことは大体一人でこなす。できないことは高貴の証明ではなく、無能と同義。高位貴族ほど体育会系だから、それが顕著になる。私も手のかかる身支度くらいしか使用人の手は借りない。

 お風呂でいちいち世話なんか焼かれたくないから、非常にありがたい習慣だ。


「あらあ~……」


 脱衣所で鏡に映った自分の姿に、脱ごうとした手が思わず止まった。


「こりゃ、マックスが突っ込まずにはいられないわけだわ」


 改めて見ると、胸元がえらいことになってる。切り裂かれた箇所から、今にも零れ落ちんばかり。我ながらこれは眼福ですよ!


 こんなフジコちゃんバリのけしからん谷間が近くにあったら、私でも間違いなくガン見するわ。そしてあわよくば触る。あれだ、ピッチリしたライダースーツのファスナーを相当際どいとこまで下げちゃってるあの感じのやつだ。これはエロい。


 だけどこれは悩みのタネでもある。

 十六歳も半ばを過ぎて、身長は大体止まったんだけど、バストサイズの成長がまだ微妙なんだよな~。


 切実にもう打ち止めにしてほしい。今現在、とうとうFとGの境目……いや、むしろあとちょっとでその境界を寄り切られそうなのを何とか土俵際ギリギリで踏み止まってるというか、とにかくヒヤヒヤしどおしだ。

 もうこれ以上はいらない、マジで。大事なのは大きさよりスタイル全体のバランス。

 豊穣の女神様想定以上の豊作を迎えたのでホントにもう大丈夫ですありがとうございました勘弁してください!!


 しょうもないけど深刻に悩んでたとこで、唐突にハッとした。


 キアランの取った行動の意味が、今更氷解する。


 だから別れ際、私から上着を受け取りたがらなかったんだ!?


 借りてた軍服、脱ごうとする私を頑なに制止してた!

 そうだよ、第一ボタンまできっちり留められてたのも、これのせいだったのか!!


「あ、あれっ!?」


 気付いた瞬間、一瞬で顔から火が出た。鏡に映っている私は、見えてる部分の肌全部が真っ赤に染まっている。


 な、何だこれ、コントロールできない!! 心臓がまた猛ダッシュし始めた!!


 知らない間に、多分マックスが言ったような、そういう目で見られてたのかと思ったら、なんか異常に恥ずかしくなってくる。まさかの思春期ってやつか!?


 もう、キアランも知らん顔してないで言ってくれればいいのにっ……って、やっぱ無理だ! そんなこと面と向かって言われたら、どう反応すればいいのか困る!!


 更に一度思い出し始めると、今日のキアランとのあれやこれやが怒涛の勢いで連鎖的に脳内を駆け巡り始め、収拾が付かなくなる。


 ああ、ちょっと待ってちょっと待って! 私何一人で身悶えてんだ!? なんか今頃()()()()()()が蘇ってきて、もうどうにも止まらない!! 記憶力が良過ぎる弊害がこんなところに!!


 一周目二周目と、何十年も培ってきたメンタルコントロールが手も足も出ないとは、恋心恐るべしだ。

 まさか鉄壁を誇っていた私の牙城が、いざ崩れたらいきなりこの脆さとは……。


 そして「()()()手を出さなかったら男じゃねえ!」と力説したマックスの雄叫びが、唐突に耳の奥で木霊し、愕然とする。


 そーいやキアラン、こっちにはこれっぽっちも手を出してきてないよ!?


 この超ド級の谷間、総スルーとはこれいかに!? 私に気付かせないほど、チラリとも視線が来なかったんだけど!

 一体どう判断すればいいのか!? これに手を伸ばさなかったキアランの鋼の精神に、敗北感を否めない!

 果たしていいのか悪いのか、恋愛初心者にはまったくもって判定不能!!

 

 いやでもよく考えたら、私もキアランの胸筋触るの我慢してるぞ! そこは頑張ったよ、ちゃんと待てを覚えたぞ、成長してるんじゃね、私!


 そうだよ、私にもできる程度の我慢、キアランならヨユーでできるって!

 よく考えたらおあいこだよね。同じだよ、同じ! オッケーオッケー! 無問題!!


「…………………………」


 ―――――――――――――――――――――う~ん。おあいこ……かなあ……?

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