いつも
ひゃあああああああああああああ~~~~~~~~~~!!!
ちょっ、まっ、こ、今度は、そのまま受け取っていいんだよね!? どんなエクストリーム曲解しても、これはアサッテの方向の事実誤認じゃないよね!?
全身の血が一気に沸き上がる。顔も耳も体も、一瞬で熱を帯びる。熱い。心臓の音がうるさい。
この大預言者様が、どう反応すればいいのか分からないとは! どうなってんのっ、無駄に長い人生経験が全く役に立ってないよ!
口説かれた経験なんていくらでもあるのに! なんでこんなに狼狽えてんの!?
昔、あんなに少女漫画と恋愛小説を読み込んでたのに、対処法が全然思い浮かばない。他人事だった時のときめきと完全に別物だ。
「ああ、くそ……一生隠すつもりだったのに」
自分自身に毒づくキアラン。
私の背中と腰にそっと回された腕、耳にかかる息だけで、飛び上がりそうだ。
それでも、私を抱きしめる腕は、今までで一番緩い。ほんの少し、軽く触れる程度。
やっぱりこんな時でもキアランらしい。私の力で抜け出せるようにしてるんだ。いつでも振り払えるように。
でも、そうしたいとは思わない。もっと、もっと、強くていい。私が逃げ出せないくらいに。
って、ああ、なんだこれ! ヤバイヤバイ!! 鼓動が速歩から突然襲歩に!! 一体ダッシュ何本やったら、こんな状態になるの!?
心地いいキアランの体温が、今すぐ離れたいくらい恥ずかしい。自分が制御不能過ぎて焦る。
ホントに何なの、この進行の早すぎる病は。自覚症状が出た時にはすでに手の施しようがない。いきなり末期症状になってない?
きっと今、顔も全身も真っ赤になってる。耳が熱い!
大混乱で挙動不審な様子に、キアランが気付かないはずがない。常にない過剰反応を、悪い方に誤解した。
「すまない、俺の勝手な……」
私を腕から解き放とうとしかけたキアランが、息を呑んだ気配がした。目を見開き、穴が開くほど見つめてきて、不意に私から視線を逸らす。
それから、どこか苦しそうな声を絞り出した。
「――お前は、やっぱり、人が悪い……」
ぼそりと呟く。
ええ~、こんなに右往左往させてる張本人のくせに! なんで私がディスられてんの!?
真っ白になった頭に、更に次の不満の声が届いた。
「――また俺を、勘違いさせる気か……?」
「――え……?」
キアランが向けてくるアメジストの瞳が、いつもとは違う色に揺れている。
数秒間、時が止まり、じわじわとその言葉の意味が脳に染み込む。
まるで今まで無理やりせき止められていたダムが、一気に決壊したみたいだ。
誰か助けて。心臓が、爆発しそう。
この、感情は――。
「――違う、よ……」
これはもう、気付かないふりを続けられる段階を遥かに遠く通り越している。
不意に、子供の頃の一場面を思い出した。十歳のグラディス。
前世の意識が覚醒する直前、あのお茶会で、初めて出会った大人びた少年。
きっとあの時にはすでに――出会った瞬間にはもう、私の心は決まっていた。
まだ記憶も戻らないうちから、とっくにこの瞳に囚われていた。素通りもできず、立ち尽くして魅入ってしまうほどに。
「今度は、勘違いじゃ、ないよ。……多分」
しりすぼみに、声を振り絞る。あまりの間の持たなさにいたたまれず、目を伏せた。
ああっ、なに最後に余計な一言付け加えてんの!? 頭に血が上って、全然思考が働いてくれない!!
突然やって来た嵐のような沈黙に耐えかねて、再び恐る恐る顔を上げた。
瞬きもせず私を見つめるキアランの目と、視線が重なる。
息が止まった。
ちょっと待って、ちょっと待って!! 動悸めまい息切れがもう限界!!
勝負所で対戦相手から目を離してはいけないのは十分承知しているけども!! もう、無理!! いったん体勢を立て直させて!!
反射的に身を引きかけた私を、キアランは逃がさなかった。追いかけて、その胸に引き寄せる。今度は、息苦しいほどに強く。
「キ、キアラン……っ」
「……お前が相手だと、いつも予定が狂ってばかりだ……こんなはずじゃ、なかったのに――嬉しくて、どうにかなりそうだ」
私をきつく抱きしめ、髪に顔を埋めるように囁く。
「俺は、お前を好きでいて、いいか……? 友人じゃない。俺は、お前に惚れている。できることなら誰にも渡したくないと……。ずっと自分を抑えていたのに――うっかり希望を持ったら、もう、引き返せそうにない」
いつも冷静なキアランの、痛切な告白。私に負けないくらい激しい鼓動が伝わる。
衝動的な腕の中で、今まで感じたことのない幸福感に、胸が震えた。
ああ、どうしよう。死んじゃいそうなくらい嬉しい。
「俺は、お前が好きだ。グラディス。――どうしようもないくらいに……」
耳元に届いた揺るがない気持ちのこもった声。
なのに、こんな時ですら冷静な部分を残しているキアランの、躊躇うような言葉が続く。
「だが、俺がお前を望んだら、きっと、今の自由な人生を縛り付けてしまう」
「キアラン……」
だから私から距離を置こうとしていたの? 私の自由と幸せを一番に願っていたから?
「だとしても……たとえ、そうであっても……私が、運命を間違うはずがないでしょ。――私も、キアランが好き……」
私だって今更、ここまで自覚した後で、ただの友達になんて戻れない。
この先どうなるかなんて知らない。でも、もう心の自由だけは手放さない。
背中に回した腕に、ぎゅっと力を込めて、キアランの胸に顔を押し付けた。
キアランが好き。
改めて言葉に出したら、すとんと心に落ちて来て、急速に馴染んでしまう。
きっと、この予感はずっとあった。
感情の奥底をずっと閉ざしていた間も、私の動かない心を揺り動かすのは、いつもキアランだった。
「グラディス……」
少し離れたキアランが、片手を私の頬にそっと添えた。
いつの間に、こんなに大きな手になっていたんだろう。
頬を撫でたり、髪を弄んで、反応を探るように優しく触れながら、瞳の奥深くまでのぞき込んでくる。私も真っすぐに見返した。
その顔が、少しずつ近付いてくる。
今までで、一番近くに。
瞳を閉じた。
やがて距離がゼロになって……。
そうして、長い人生で初めて、大好きになった人と唇を重ねた。
グラディスの一目惚れでした。本人に自覚はなくとも、始めからそのように書いてきたので、マックスの人気にビビりつつも、途中での変更はできませんでした。




