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転生者二人(前)

「――なっ!!?」


 視界が真っ赤な閃光に埋め尽くされた。


 その瞬間、体が動くようになった。

 考える時間も惜しんで、とにかく反射的にその場を飛び退いた。


 何しろ私がいるのは魔法陣の起点。爆心地もいいとこだ。


 全身を突き刺すように悪寒が貫く。


「わあっ!?」


 不安定な姿勢で這うように逃げようとした背中に、何かが当たった。衝撃で弾き飛ばされる。

 木に激突しかけて、咄嗟に腕で防ぐ。


「あれ?」


 地面に手を付いて、体を起こす。

 ぶつかったと思ったのに、どこも痛くない。


 よく見ると、私の体の表面がうっすらと赤い光に覆われていた。さっきの閃光の残滓だ。


 その光が、私の左手の中に収束して消えた。


「――これ……」


 掌には、いつの間にか赤い石が握られていた。私の守護石と対のような、ガラテアの守護石。

 それが、一連の衝撃から身を護ってくれた。


「――キア、ラン……」


 震える声で、無意識に名前を呼ぶ。それ以上の言葉が出ない。


 森林サバイバルの時、充填されていたガラテアの魔力を使って、開く直前だったゲートを塞いだ。空っぽになった後、王家へと返したはずの守護石。

 その中には、ガラテアの六百年後の子孫に当たる、キアランの魔力が宿っていた。


 きっとあれからずっと、肌身離さず可能な限り魔力を込め続けてくれていたんだろう。

 いつかまた、もしもの事態に陥った時の備えに。


 ――私のために。


 感謝とともに、強く握りしめる。力が湧いてくる。今日これで何度目だろう。

 この高揚感は、きっと救助が近くまで来ていることを確信したからだけじゃない。


「――ありがとう、キアラン。これでもうひと頑張り、できるよ」


 ばっと顔を上げる。目の前の異変に立ち向かうために。

 まずこの異変の正体と現状を把握しないと!


 魔法陣に目をやれば、これまで見てきた召喚と明らかに違う光景が広がっていた。

 この世界で物質的な体を得た魔物が、水面から浮上してくるような――それがこれまでのパターンだった。


 けれど目の前にあるのは、まるで噴き出すように溢れ出る黒い霧。ドライアイスみたいに、流動的な塊が蠢いている。

 肉体を持つ前の魔物の本体が、そのまま強引にこちらの世界に這いずり出ようとしている?

 これは、向こうの住人の精神体そのものだ!


「な、なんで……? そのままの状態じゃ、こちら側では存在を維持できないんじゃ……」


 いや、今は疑問より対処。周囲の状況を確認すると、魔法陣を挟んだ反対側に、倒れているトロイが見えた。


「トロイ!?」


 よく見れば、胸の辺りから血が滲んでいる。さっきの衝撃を、トロイも受けたんだ!!


 黒い霧は、倒れたトロイの血に引き寄せられるように、私の反対側にその流動的な本体を拡げ出した。


「なっ!?」


 包まれた足が、黒い瘴気になって弾ける。義足部分が、吸収されたように見える。


 霧に、食べられた!?


 迷わず駆け出し、守護石を持った左手を突き出しながら、トロイと霧の間に体を割り込ませた。横たわるトロイをしゃがんで背にかばい、最大限の結界を張り巡らす。石に充填された魔力を急速に吸い上げて、鳥肌が立つような不快な感触を強く弾き飛ばした。


 とりあえず霧の侵食が妨害できたようだ。


「ちょっと、トロイ!? どうなってるの!?」


 結界を維持しながら、仰向けに倒れるトロイに叫ぶ。


 これはどう見ても、闘技場の時みたいな自作自演じゃない。

 トロイの体の数か所から、服に血が滲んでいる。特に胸の辺りの出血量は深刻に見える。


「――まさかの自爆!?」


 私の叫びに、トロイがどこかおかしそうに笑った。


「は、はは、は……ちょっと、感情的に、なり過ぎた、かな……ガス欠だ」

「はあっ!?」


 予想外の回答に、耳を疑う。


「バカじゃないの!?」


 殺されかけたことも忘れて、怒声を飛ばす。


「何やってんの、当たり前でしょ!? 今日どれだけ魔力使ったと思ってんの!? 危険なことしてんだからよく考えて行動しなよ!!」


 森林公園と闘技場のひと暴れだけでいっぱいいっぱいだろうに、予定外の誘拐と召喚までスケジュールに捻じ込んで! どう考えたって、パンクしない方がおかしいっての!!


「……まさか、こう、くるとはね」


 自嘲がかすかに混ざるトロイの呟きに、はっとする。


 そうか、こうなった本当の理由は……脇に逸れかけた思考を、慌てて止めた。

 今は原因を追及してる場合じゃない。

 心に湧き上がった怒りを振り払い、意識を切り替える。


「じゃあ、コレ、召喚失敗ってことでいいの!?」

「初めての召喚と、同じ感じ、かな? 魔力不足で、肉体の生成まではできなくて、本体をそのまま釣り上げちゃった、みたいな……」

「って、足から食べられたってやつ!? 絶対イヤ!!」


 ガラテアの守護石を固く握りしめ、更に防御を強化する。石の魔力の残量が心配だけど、節約してる場合じゃない。

 右手でトロイを抱え込むように密着して可能な限り表面積を減らし、結界をより強固に、小さく効率的に形成する。

 不定形の気体みたいなやつが相手だから、全方向への警戒が必要だ。


 ところがこっちが必死になって二人分の身を守ってるのに、背後のトロイは、場にそぐわないほど緩いことを抜かしてくる。


「ふ、ふふ、今頃、色仕掛け? ちょっと、血が足りないけど、君のためなら、僕、頑張るよ……」

「もうそういう冗談はいいってばっ!」


 なんでこう、この男は緊張感がないんだ!! 皮肉ならまだしも、面白がってんじゃねー!!

 私だって好きでくっ付いてるわけじゃないわ!!


 イラっとして、集中力が揺らぎかけそうになる。そのタイミングを狙ってなのか偶然なのか、トロイへの接触を阻まれた黒い霧は、再び攻撃に移る。

 空気を剣山のような無数の針に変え、突然私たちに向けて打ち出してきた。


「わあっ!!?」


 鋭い風の豪雨を、我武者羅に守りを固めて持ちこたえる。


 うわ、あぶなっ! もうトロイの軽口の相手はスルーだ!! 命がいくつあっても足りない!!


 ともかくこれが、トロイに怪我を負わせたさっきの衝撃の正体らしい。一回でも受けたらひとたまりもなかった。

 キアラン、ホントに魔力の差し入れありがとう!!

 ここで亀になってるから早く来て!!


 意識はトロイの怪我に向けつつも、防御のためには敵から目が離せない。体は伏せるようにしながら、顔を上げて間近に観察し続け、妙なことに気が付いた。


「こいつあんたを狙ってない? 私を生贄にして呼び出したんでしょ?」


 なのに、どうも黒い霧はトロイに狙いを定めているように見える。

 出血量の違い? でもかすり傷程度でも儀式を始めちゃうくらいだから、有か無のどちらかで、量は関係ないのかな? そもそもグレイス担当の召喚だと、血よりも恐怖のエネルギー優先な感じだし。


「多分、十六年前と同じ出来事が、起ころうとしてるんだろうね」


 ついさっきまでの激情とは打って変わって、妙に冷静な口調でトロイが答える。


「十六年前と同じ出来事?」

「ほら、僕の目の前で、グレイスの遺体が、乗っ取られた時、みたいに、さ。血の量よりも、贄の質が、重要、なんだろうね……」


 言葉の意味を理解して、ざっと血の気が引いた。


「――まさか、第二のグレイスが再現されようとしてる!?」

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