トロイ・ランドール(同郷人・魔導師・××)・2
ただ、難しくなるのは、これからだ。
儀式の予定場所は、王都中に散らばっている。
当初、人目に付かない遠くの箇所からこなしていったから、事件発覚前の後始末も簡単だった。
数年後、必然的に残ったのは、王都の街中の目立つ場所ばかり。
だけどさすがに僕だって、成人して学園に上がる頃にはそれなりに手慣れていた。生贄の選定を自分でやるくらいには。
できれば同郷の転生者が望ましいけど、なかなか見つかるものじゃなくて、もどかしい思いを抱えているところだった。
そんな時、たまたま目に付いたのが、ある一人の少女。
黒髪に緑の瞳。――僕を天国から地獄へ突き落した存在が蘇る。
もしまた転生していたら、このくらいの年頃か――そう思ったら、ターゲットは自動的に決定していた。
まああの子にしてみたら腹いせのとばっちりだね。そんなことが二年続いた。
その次の年の召喚は、ちょっと期待して臨んだだけに、結果にはガッカリしたものだ。
突然世に出始めたキックボードの開発者を確保したんだ。絶対日本人転生者だと思ったのに、特に例年との違いを感じなかった。
やっぱり発見の困難な転生者を探すより、こちらから働きかけて自前で用意した方が確実だ。
そこで、前々から考えていた日本人の召喚を試すことにした。ゲートの安定度が一定ラインを超えて、可能になったはずだった。
その後何人か立て続けに転生者は発見できたけど、それは予備に取っておく。まずは安定確保の道を開こう。
そうして現れたのが藤井悠華。
イベント時の派手な召喚は大体グレイスの担当だから、もちろんこの時もそう。
ただ、ユーカの召喚で、さすがのグレイスも力を使い果たしてしまった。
ほぼ完成された無敵な魔物に見えるけど、弱点がないわけじゃない。ベースは人間でも、やっぱり魔物のせいか、時々休眠に入る。
その時は、半年たっても目覚めなかった。
城に軟禁されてたユーカを誘拐するチャンスが、目前に近付いてたのに。
仕方なく、必要に迫られて僕が雇った実行犯は、残念なくらいポンコツだった。やっぱり慣れないことはするもんじゃないね。
その上、グラディスなんて想定外の邪魔者が乱入したせいで、結果はグダグダ。
あの時は、真面目に暗示と洗脳の練習しとけばよかったと後悔した。
ギリギリ夏至までにはグレイスの復活が間に合ってくれて、正直ほっとした。生贄には、経営コンサルタントを誘拐し直して事なきを得た。
そこで改めて実感した。
ケーキ屋さんもだけど、転生者の生贄効果は素晴らしい。今までが徒歩なら、一気に新幹線に乗ったくらいの勢いで、ゴールに近付いたのが、感覚で分かった。
その過程で彼らから直接情報を得て、気が付いたことがある。
ユーカも含めて、僕たちは全員、ほぼ同じ場所と時間からやってきていた。ケーキ屋さんなんて、同じ町内の人だった。
この世界は、常に僕のいたあの時空と繋がっているんだ。
だったら――たったの十二~十三年だ。少しずらして、僕はまた僕として、あの場所に生まれ直せないだろうか。
故郷への執着は、少しも薄れることはなく、僕を焦がす一方だった。ただ戻るだけでも、もう足りない。
どうせここでは惰性で生きる死んだような人生。それが本当の死になったところで、悪夢が終わるだけのこと。
ゴールにたどり着くためなら、なんだってやる。
そしてもう一息だ。あと一回も生贄を捧げれば、きっと向こうとの直通道路が繋がる。
次の生贄は、グラディスかユーカを手に入れたいところだ。
そう考えていたところで、グラディスを誘拐する絶好のチャンスが巡ってきた。
王国主催の武闘大会で、召喚を目論んだ時だ。グレイスが主導で、僕がフォローの分担だった。
結界を破壊する装置の存在に気付き、単独で捜索を開始したグラディス。
前から目を付けてた現代服を作るブランドオーナーが彼女だと知った時は、本当に運命を感じた。日本人転生者のカモが、ネギしょってやってきたぐらい、おいしすぎるシチュエーションだ。
装置の傍には、万一に備えて罠を仕掛けておいた。覚えたての洗脳術を、実践で試してみたくて張り切ってた。逆に、誰か来いくらいに思ってたとこだ。
僕自身に監視が付いていても、分離させた黒い瘴気の触手を遠隔操作すれば、事前準備くらいどうとでもできた。もう十年以上の熟練者だ。黒いフードをかぶせれば、第三者面で僕のアリバイも完璧。
グラディスの捜査に付き合ってた時は、すごく心が躍った。獲物が自ら罠に飛び込む瞬間が迫っている。
室内に入り、思惑通り僕の分身に驚愕するグラディス。ショーの始まりだ――と思ったのに……。
結果として、グラディスは罠にかからなかった。
本来なら仕掛けのどこかに触れさえすれば、その部分に一気に黒い瘴気を送りこんで、その場で堕ちるはずだった。けれど実際には、掌にかすかに名残を刻んだ程度。
何か、強力な守りがある。本当に不可解な人物だ。ただの転生者じゃないのか? 僕たちをこっそり見張ってたグレイスにも後で聞いたけど、やっぱり分からなかった。
とにかくその場の洗脳は諦めて、掌のマーキングに、少しずつ僕の瘴気を送り込む手段に切り替えた。次の夏至まで半年以上もある。狩りを楽しむように、じっくりと着実に追い込めばいい。
気分は、鉄壁のセキュリティを誇るシステムに、人知れず進入してこっそり爆弾を仕掛ける凄腕ハッカーだ。
そうして機会さえあれば、グラディスの右の掌へじわじわと栄養を送り込んで、少しずつ見えない根を張らせていった。
その作業の一環、バルフォア学園生への暗示事件は大分笑えた。
まさか張本人の僕が調査の責任者に選ばれるとはね。考えてみたら黒い瘴気の研究では第一人者だから当然か。
効果があればラッキーくらいの悪戯だったのに、ガイ・ハンターとベルタがやってくれた。殴りつける衝撃に紛らわせて、多目の注入を二回分も稼げた。
ただ、不可解な点もあった。
一番最初に発動したガイ・ハンターの暗示が、何故か解けてた。あと初動の段階から、召喚の犯人の仕業だと断定されてた理由は?
謎が解けたのは、グラディスの報告書を読んだ時。
僕の脳裏に刻みついたあの筆跡。六歳の頃の僕の、たった一つの心の拠り所。
見た瞬間に、これまでの疑問が全て繋がった。
なんだよ、大預言者だってか? 敵方に、とんだチートが潜んでたもんだ。道理でこれまで、致命的な被害が都合よく防がれてきてたわけだ。
知った瞬間に浮かんだ感情は、激しい怒り。
僕を地獄の底に突き落とすだけ落としてさっさと退場した元凶が、何の責任も負わず、この世界で面白可笑しく人生をやり直している。
いっそ今まで通り、素知らぬ顔を続けたまま、気付かせずにいてくれたならいいものを――今更また僕の前に現れて……。
その事実は、この世界で普通に死んだら、またここに生まれ変わるという絶望を、僕に突き付けるだけだ。
その上、僕にお説教? 僕を見捨てたあんたが!?
まるで今からでも人生はやり直せるとでも言わんばかりに。できるものならとっくにやってる。どうにもならないから、もがいてるんじゃないか。
遅すぎるんだよ。これまで、何人殺してきたと思ってる!? もう、引き返せないところまで来てるんだ。行きつくところまで突き進むしかない。
どの道、あんたに再会して、覚悟は一層強まった。
僕は絶対にこの世界で、普通には死なない。あんたのようには……。
いつもの調子でおしゃべりをしながら、次の生贄は絶対にあんたにしてやると決めた。
そしてグレイス担当の順番が来た。
建国祭を狙って、三百年前の侵攻時、封印されたままの魔物を解放するという。一つでも出口が塞がれていると、ゲートが完成されないらしい。重大ミッションだ。
僕も闘技場で、援護射撃の召喚をすることになった。阿鼻叫喚の激しい感情のエネルギーは、精神体の魔物を引っ張り上げる原動力。そこは魔物グレイスのこだわりだ。
僕らの目的はゲートを完全に繋ぐことだから、召喚された後の魔物の行く末まではぶっちゃけ知ったこっちゃない。倒されようが大暴れしようがどうぞご自由にってね。
まあ今回は国王主導で迎撃態勢が万全だから、魔物が生き残るのは厳しいだろうな。
そもそも僕自身も宮廷魔導師として警備の役目が入ってるし。こっそり召喚を終えたら、あとは適当に戦闘に混じって茶番を演じるつもりだった。
そもそもあまりグレイス寄りの魔術は使えない状況だったしね。
グレイスと存在が繋がっているというのは、強力な力を使える利点の一方で、不便な面もある。
トリスタン・ラングレーとの戦闘に、グレイスが莫大な魔力を消費してる真っ最中だと、こっちが思い通りの魔術を使えない。
ホント、あのグレイスにここまで綱渡りな戦闘を強いるとか、グラディスパパって、どれだけバケモノなんだよ。
他人事みたいに感心しながらも、この辺までは物見遊山気分だった。
気が変わったのは、ユーカと抱き合うグラディスを見た時。
失われた転移魔術を駆使して濁流を収め、英雄扱いされるユーカ。自分の居場所をはっきりと見つけたような喜びを、顔に浮かべていた。
――ふ ざ け る な。
あんたに散々言われたけど、それは僕のセリフだよ。とにかく腸が煮えくり返った。
僕のことは気まぐれに希望を見せてから見捨てたくせに、ユーカのことはそこまで陰日向に支えてやるのか。
それは、あまりにひいきが過ぎるんじゃないか? ザカライア先生。
もういい。邪魔なユーカが、ネル湖に送りこまれた時に、行動に移そうと決めた。
今なら戦力はみんな魔物の対応に手いっぱいで、こちらには目が向かない。
今、やろう。グレイスが戦闘を切り上げたら僕の番だ。
身を焦がすほどのこの憎悪――もう、夏至までは待てない。
どうせなら僕の始まりの場所がいいね。先生を招待するのに相応しい。
十七年前、あれほどあんたに知らせたくてしょうがなかった古文書の内容を、実地で教えてやるんだ。
何より、なんとなく予感がした。大預言者でもないのにね。
――僕の願いは、きっともうすぐ叶う。




