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トロイ・ランドール(同郷人・魔導師・××)・1

目次からのネタバレを防ぐために、一部伏字にしました。

正しいサブタイトルは

「トロイ・ランドール(同郷人・魔導師・死神)」

です。

 六歳の時の、たった一度きりの出会い。

 それが、僕の人生を狂わせた。


 ファンタジーな世界に転生して得た、まったく新しい環境。名門貴族の出生。恵まれた魔導師としての才能。

 きっと馴染める人なら、テンションの上がる展開なんだろう。だけど、僕は駄目だった。


 思うのは、元の世界に戻ることばかり。


 学校に行って、友達と遊んで。コンビニで新発売のお菓子を買って、本屋をぶらついて、新刊をチェックして。誕生日やクリスマスには、ホールのケーキとごちそうに、プレゼントの包みを開ける楽しみ。レオとモカの散歩から帰ったら、お母さんのご飯を食べて。宿題をやったら、お父さんと萌とゲームしたり、お気に入りの動画を見たり。


 そんな当たり前の日常に、帰りたい。どうしても、帰りたい。

 強い執着。それだけが願いの全て。


 魔導師の名門の家に生まれ、なまじ魔術に関する情報がすぐ傍に溢れていたのは、むしろ不幸だったのかもしれない。無益な希望を持ってしまったから。


 そして最大の不幸は、間違いなく大預言者との出会い。


 従兄弟のルーファスにほとんど無理矢理連れていかれたバルフォア学園の特別教室。日本に帰るための手掛かりを求めて、魔術や伝承を手当たり次第に探っていた僕の前に現れたあの人。


 誰もが一目置く国家の宝、大預言者のザカライアは、僕と同じ転生者だった。

 その時の喜びは、言葉にならない。

 ずっと孤独を抱えていた僕にとって、久しぶりの日本語の会話が心の底から嬉しかった。

 大きな味方を得て、この世界で初めて安心した。


 国王の急逝で、翌週以降の約束は流れてしまったけど、手紙のやり取りは唯一の楽しみで、心の支えでもあった。再会までにもっと色々調べておこうと、ますます古書の類を読み漁る作業にのめり込んだ。


 絶望に突き落とされたのは、わずか三ヵ月後。雪の降る冬至の夜、僕の唯一の光明は、何の前触れもなくこの世界から消えてしまった。

 何の役にも立たない希望だけを持たせた後で。


 何もかもが無駄に思えた。どうして僕はこの世界に生まれたんだろう。あれは、僕の半世紀後の姿。帰ることなんて叶わない。一生この世界で人生を送って、この世界の人間として死んでいくんだ。

 そう思ったら、何もかもが空しくなって。


 そして、あの古文書に手を出した。


 先生と文通をしていた間、父さんに連れられて行ったのは、ランドール家代々の修行場、イフィゲニア樹林。

 この場所は、何故か魔物の力が強まり、代わりに人間の魔術は弱まる性質があり、魔導師の鍛錬に絶好の場所として伝えられていた。


 そしてたまたま立ち寄った昔の管理小屋で、信じられないものを見つけた。


 壁の隅にひっそりと漢字で刻まれた『開』の文字。まるでエレベーターのように。手を触れ魔力を流し込んでみたら、一冊の古文書が現れた。

 古文書というにはいやに新しい、けれど中身を見れば、文章や形式は紛れもなく数百年は前のもの。


 今思えばあれは、異世界の先兵やスパイに当たる魔物が残した、罠の一つだったのだろう。


 約三百年ごとに起こる魔物の大規模侵攻。そこで生き残った魔物は、次の侵攻に備えてひっそりと、寿命が尽きるまで様々な布石を打っている。気が遠くなるほどの長期計画だ。


 その一つを、僕は見つけた。

 知性を持った上位の魔物たちは、地球からの転生者の生贄が最も効果的であることを経験則で知っている。僕のように()()()人間がいつか開く日を、ずっと待っていたんだ。


 その書物には、元居た世界に繋がる儀式の手順が記されていた。

 飛び上がって喜び、次に先生に会った時に驚かせてやろうと心待ちにしていた。その機会は結局訪れなかったけれど。


 先生の死から半年後の夏至、僕はこの怪しい古文書を、一人で試してみることにした。失敗したならしたで構わない。もうこのまま生きていくことに耐えられなかった。


 そして僕はそうとは知らないままに、自分が生贄となる召喚の儀式を行った。


 最も望ましい時期は夏至の深夜。儀式にふさわしいポイントが、王都中にいくつかある。その中で、子供の僕が一人で深夜にこっそり行けたのは、比較的近くにある貴族用の霊園だけだった。


 そこで初めて執り行った生贄の召喚陣。

 不完全で未熟な術は、本来なら不発に終わったはずだった。けれど、切り裂いた手首から流れる転生者の血と深い絶望が、儀式を成功させてしまった。より深い絶望が、何より重要な要素だったんだ。


 魔法陣から現れたのは、まるでブラックホールを思わせる黒い渦。腰を抜かした僕の左足を飲み込み、一瞬で食べた。


「うわああああああああああああああっ!!!」


 あまりの激痛に絶叫した。深夜の霊園に、空しく響く。

 本来ならそのまま食べられて、生贄の役割を果たさせられるはずだった。


 けれど、奇跡のような運命の悪戯が起こった。


 黒い渦は何かに気付いたように止まり、何故か一つの墓石に真っすぐ向かっていった。

 地面にすうっと潜り込んだかと思うと、その場所が内側から吹き飛んだ。突然空いた穴からまるでゾンビ映画のように、埋葬されていた死者が蘇った。


 こんなにも恐ろしい光景なのに、目を奪われるほどに冷たく美しい人外の女。


 これが共犯者となる魔物グレイスとの出会いだった。


 あれから十七年近く、仲間というよりは共通の目的を持ったビジネスパートナーとして、付かず離れずの協力関係を続けている。


 僕自身を生贄に捧げて召喚し、血肉を共有した影響か、僕とグレイスは別の個体でありながら、繋がった一つの存在にもなっていた。


 知識や記憶はそれぞれのものだけど、技術を学習すればお互いの持つ能力が活用できる。必要に応じてテレパシーのように連絡のやり取りも可能。


 まあそれでも向き不向きはやっぱりあって、転移は比較的簡単に覚えたけど、洗脳は苦手なままだ。僕がやると、仕掛けを使うか時間をかける必要がある。

 だから手駒が必要になると、僕の代わりにグレイスが洗脳の魔術で人手を集めてくれていた。


 こちらの世界で悪党に分類されるタイプほど、術にかかりやすい精神構造を持っているそうだ。魔物の瘴気との相性がいいというのか。

 用済みになれば、魔物のグレイスに文字通りおいしくいただかれる。イヤなリサイクルだけど、生ごみがこの世から駆逐されるのは、世のために一石二鳥だね。


 最初のうちの夏至の儀式は、人目に付かない場所での試行錯誤が続いた。グレイスの用意した生贄や人手を利用しながら、四苦八苦。まだ子供だったし。


 儀式には生贄の血肉と絶望が必須――とはいえ、前世も今も坊ちゃん育ちの僕に拷問とか向いてない。

 僕は術式に専念して、生贄の下ごしらえは、プロにお任せ。適材適所ってやつだ。グレイスがいくらでもアタマのイカレたワルを調達してくれたからね。スプラッタとか苦手な僕が、生贄の儀式の主犯とか、どんな笑い話だよ。


 でも、手を引こうとは思わなかった。

 グレイスとの出会いは、確かに僕に新しいチャンスをくれたんだ。


 元の世界に戻る希望を。


 グレイスの役割は先兵兼工作員。こちら側から、向こうの勢力を侵入させるためのあらゆる支援を行うこと。それは表立って派手に破壊活動をすることもあれば、裏で密かな情報操作をしたりと色々。

 全ては、この世界と異世界とのゲートを繋げるために送り込まれてきた存在だ。


 そのために、かすかに開いた針ほどの穴をこじ開ける。大勢の人の感情が、激しくせめぎ合う状況下での召喚が効果的らしい。こっちはグレイスがよくやるやつだ。


 けれど僕の目的は、その先にある。

 魔物の世界の、更にずっと奥にあるはずの僕の世界。そこから生身の人間を召喚し、道なき道に直通ルートを作るんだ。


 いずれ、僕が逆走できるように。


 グレイスの向こう側の知識は、こちらにはないものばかりですごく役に立つ。仲間としての信用は一切してないのに、十年間で随分深みにはまったものだ。

 まあ、没頭できるものがあるのは、とても助かるからいいんだ。幸か不幸かは分からないとしても。


 僕もグレイスにとっては、ちゃんと利用価値がある。人間側の表舞台からの活動は、魔物には難しいからね。

 お互いのゴールへ向けて、必要に応じて補い合ってきた。


 失敗続きだった儀式の完成度も年々上がり、近年は複数の魔物を安定して召喚できるまでになってきた。成果は確実に出ている。


 一歩ずつ進んでいる実感を感じた。

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[一言] ネットの漫画の広告をきっかけにこちらのお話を知り、面白くてどハマリ中で、昨日から一気に読ませていただいています!ああ、早く最後まで読みたい! この回の目次でネタバレ回避の事が書いていましたが…
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