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最初の生贄

 禍々しい行動とは裏腹に、軽妙な口調でトロイの説明が続く。


「まあ、そうやって地道な努力を続けた結果、もうかなりのとこまで世界が繋がり始めてる。もう夏至にこだわる必要性も薄くなるくらいにね。任意の時期にやれる段階まで来てる。そろそろいいかな~って思ってたとこだし、まずは今日、君でお試しだね」


 聞き捨てならない内容に、戦慄を覚えた。


 ――もう、繋がり始めている。

 ぼんやりとイメージしていた()()()が、はっきりと形になった。


 そんな私をよそに、トロイはわざとらしいくらい大袈裟に溜め息を吐いた。


「はあ~、それにしても、君を洗脳できなくなっちゃったのが痛かったよなあ~。今回の大仕事の影響で、グレイスも当分は休息がいるし。せっかく考えてた楽しい企画が台無しだよ。意志のある君を長期間僕一人で確保しとくなんて、危なくてしょうがないもんな」

「だからって、今すぐ儀式は、性急すぎるんじゃないの? 準備不足は失敗の元だよ」


 あえて軽めの調子で翻意を促してみる。


 でも内心ではトロイに同意だ。私を制御不能の状態で監禁とか、私でもしたくない。目を離した隙に何をしでかされるか分かったもんじゃない。絶対気が休まらないって。我ながらどうかと思うけど。


 もちろん説得なんて何の効果もない。トロイが軽く肩をすくめる。


「それを言ったら、そもそも誘拐からして準備不足だったわけだし。もう走り出しちゃった以上、ゴールまで突っ走るしかないでしょ」

「たどり着かなくていいゴールもあるよ」

「王子のせいで、周到に練ってきた愉快なイベントをすっ飛ばすんだから、ゴールテープくらい切らせてほしいよ。君が()か知ってから、本当に楽しみにしてたのに」

「――聞きたくないけど、計画って?」


 げんなりした気分を抑え込んで、質問マシンになりきる。

 さっきから楽しい企画とか愉快なイベントとか、どう考えてもろくでもないことだろ。


「そりゃ中断した君の洗脳をここで完成させたら、すぐさま王都に取って返して、君自身の手で血の海作らせてあげるつもりだったんだよ」


 トロイは私の反応を確認するように、サプライズをしかけてきた。


「強力な戦力が建国祭会場に集中してる今のうちなら、急な計画変更でも強硬できたと思うんだよね。僕は後ろから、君の大暴れを楽しく参観しつつ、フォローしてさ。警備が駆け付けるたびに転移で場所を変えて、また一からの無差別殺戮耐久レース。限界まで楽しんだらさっさと引き上げて、召喚の儀式に突入ってのが最高のシナリオだったんだけど。絶望と血にまみれた極上の生贄が出来上がったと思わない?」


 散歩にでも行くような気軽さで、計画倒れになった予定を公表するトロイ。


 あまりの内容に、言葉を失う。


「本当は君の家族とか仲間内を狙いたかったんだけど、君の周りって強すぎる人ばっかなんだもんなあ。まだ幼児の弟妹ですらすでに強いとか、ラングレー家ってとことん反則だよね。唯一の狙い目がお義母さんだけなのに、そもそも、今回上京もしてないし」


 最初のターゲットは、ラングレー家のタウンハウスの予定だったんだよと、私が幼い頃から世話になってきた使用人たちの名前を、淀みなく一人ひとり挙げていく。


「10分後には、君の自宅で早速盛大な血祭ショーが開催されてるはずだった。大切なお嬢様に惨殺される彼らの非業の最期の姿、君の目に焼き付けてやりたかったなあ。あ~、ホント王子のせいで台無しだよ」


 子供のように不貞腐れた顔で指折り数える様子に、恐怖以上に、抑えがたい痛みを覚える。


 私を地獄に突き落とすためだけの、妄想のような計画。その目を見れば、本気だったことがはっきり伝わる。


 そんな目に遭わされるくらいなら、本当にこの場で殺された方がマシだ。

 私の正体を知ってからの短い期間で、一体どれだけの調査と、頭の中でのシミュレーションを繰り返してきたのか。


「――私を、そんなに憎んでたの?」


 問わずにはいられなかった。

 十七年前の、たった一度きりの出会い。


 ずっと見ないようにしていたけど、心当たりがないとは言わない。


 不可抗力とはいえ、切実に助けを必要としていた孤独な子供を、何の救いもないまま、この世界に一人残した。私だけさっさと楽になって、その後の成長を、見守ってやることができなかった。

 ユーカに対する手厚いフォローは、その後ろめたさへの代償行為でもあるのかもしれない。


「より深く絶望した生贄の方が、儀式のクオリティーが上がるんだよ」


 トロイは答えなかった。それは、わざわざ口にするまでもないことだから……?


「先生なら気付いたよね? どうして僕とグレイスの気配が同じなのか、不思議に思わなかった?」


 突然の話題転換。台に寝かされたまま、どこかうすら寒い笑顔を見上げる。


 言われてみれば確かにそう。一番不思議だった。

 二人の存在感は、まったく同じもの。完全にシンクロしている。だからこそ私も騙された。

 最初に会ったグレイスこそが、私の死神なのだと、疑いもせず思い込んだ。


「簡単な話だよ。一番最初の絶望した生贄は、僕だったからさ」


 そう言って私を見下ろしたトロイの目の奥には、はっきりとした狂気がのぞいていた。


「かつて僕たちのいたあの世界は、魔物たちの世界を挟んだずっと向こうにあるらしい。僕たちの魂は、その異世界を貫いて移動したせいで、多少なりとも黒い瘴気をはらんでいる。だから異世界の魔物を呼び込む生贄として、最良の目印になるんだ。ザカライア先生が死んだのは、雪が降る冬至の夜だったね。あとから思えば、魂が向こうの世界に逆行する可能性が一番低い日だったからなのかな? それからちょうど半年後の夏至に、僕は初めて召喚の儀式をしたんだよ。自分を生贄にしてね。――先生、この意味が分かる?」


 私の心の奥を覗き込むように、問いかけてきた。


 つまり、グレイスの中の魔物は、トロイによって召喚された。でもトロイは生きてるし……血を捧げた程度?

 それでも生贄として、同じ血を分けて、繋がった存在になったということ――? 気配と能力を共有するほどに。


 でも、トロイが伝えたいのは、きっとそんなことじゃない。

 ザカライアが死んだ半年後に、初めての儀式を行ったと。しかも生贄は自分自身。その意味が分かるかと、私に投げかけている。


 お前のせいだと。

 現在にまで至る自分の凶行の全ての元凶は、私なのだと――。


 トロイが繋げたがっている()()()の世界とは、魔物たちの世界の、更に()()()のことだ。


「実はあの時、グレイスになる前の魔物の本体に、片足食べられちゃったんだよ。まるで黒い毒霧に溶かされるみたいに一瞬でなくなったんだ。見てみる?」

「――っ!?」


 まくり上げたローブから、特に異常もなさそうな足がのぞく。靴を履いたままの足が、ズボンの裾から突然、粘土のようにぐにゃりと伸びた。すぐに元通りの形状に戻した後、両足で軽やかに飛び跳ねて見せる。


「義足には見えないでしょ。さすがにグレイスみたいな再生能力はないからね。瘴気を物質化して、代用してる」


 こともなげに言うトロイに、胸の奥が爪を立てられたように掻き乱された。


 他愛もないように語るその出来事が起こったのは、たった7歳の時のはずだ。前世の記憶があったとしても、それは小学生までのもの。まぎれもなく子供だ。


 問うつもりもなく、ただ震える声が口をついて出る。


「どうして、そんなことっ――」

「分からない!? 僕の望みを一番知ってたのは、あんだだろ!?」


 トロイは初めて激昂した。


「――僕の望みは、昔も今もただ一つ。あの場所に帰ることだけだ!!」


 魂から振り絞るような切実なその一言に、返す言葉がなかった。


「僕はあの時、生贄として死に損なってしまった。だから今も、狂った人生を変えるための努力を続けている。僕をこんな風にした責任を、先生にはちゃんと取ってもらう」


 一切迷いのないトロイの宣言。


 目を逸らして逃げてきた過去に、追いつかれた気がした。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ずっとトロイに関しては不思議でしょうがない。 なんで、自分に「帰る場所」があると思い込んでいるのかって。 召喚で連れて来られたならともかく、日本で死んだ後に別の世界で生まれ変わっただけ…
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