儀式の準備
「な、何のこと!?」
内心バレたと焦りつつ、無駄な足掻きでとぼけて見せる。隠し持った守護石は、この状態で最後の砦だ。
そんな私にお構いなく、トロイはナイフの刃先をドレスに向けた。襟首から胸元まで、イヤな音を立てて真下に切り裂かれた。
「ああああああっ、私のドレスに何してくれてんの!?」
ふざけんな、このヤロウ!! って、そんな場合じゃなかった。なんか色々と危機だ!!!
「ああ、これだね。今まで散々邪魔してくれてたのは」
露になった胸の谷間で、守護石が紫色に光っていた。
トロイは触るのもイヤそうに、ネックレスのチェーン部分にナイフで引っ掛けて、上に引き上げた。
脆く千切れて、胸の上から台へと丸い石が転がり、その弾みで勢い付いて、更に床にまで落ちた。コンコンと、乾いた音が床に響いて止まる。
それから間髪置かず、トロイが床に向けて何かの魔術を放った。
「――っ!?」
台に仰向けにされた私には見えない場所で、穏やかでない破壊音が立つ。
「うわ。何あれ。どういう材質。傷一つ付かないとか。ズルいよなあ、大預言者って。装備までレアな感じなの? 一体こんなものどこで手に入れるんだよ」
トロイの呆れた声に、思わずほっと息をついた。
さすがにドラゴンからもらった守護石は、ちょっとやそっとでは破壊できないらしい。
「ちょっと私のアクセ、勝手に壊そうとかしないでくれる!?」
「どう見ても、そんな可愛らしいもんじゃないでしょ、アレ。まあいいや。儀式の邪魔になりそうな危険物が、君から離せただけで。これ以上関わって時間を浪費してる暇はないしね」
守護石は、そのまま部屋の隅に放置することにしたらしい。すでに別の事柄に意識を切り替え、トロイは三つある扉の一つへと姿を消した。
扉の向こうで、ガタガタと何かの準備をしているみたい。今度は何をするつもりだろう?
守護石が肌身から離れてしまって、もう完全に丸腰だな。
とりあえず今一番起こって困ることっていうと――人手が増えることか。
さっきの口ぶりだと、ここにグレイスは来ないみたいだけど、じゃあ洗脳された配下とかは?
前の誘拐事件の時は、使い捨てのお粗末な連中を雇い入れてた。あのチンピラたちは自分の判断で動いてたし、暗示の類は施されてなかったけど。
とにかくトロイ以外だったら、私を傷つけることはできる。
そういえばあの時の誘拐は、確実に計画的な犯行だった。ユーカが王城から外出する護りの手薄なタイミングを狙ったもの。だったら、今回のは?
私がロイヤルボックスに招かれたのは建国祭の二日前。まして非公開情報。準備期間があったとは考えにくい。降って湧いた好機に、その場で決断した行き当たりばったりの犯行でもおかしくない。
だったら、粗は多いと期待するのは楽観的過ぎ? 私の居場所って、もう掴めてるのかな。エリアスなら何とかしてくれてる気がする。
ああ、それにしても助けを待つしかないって、ホントもどかしいわ。物理的な戦力が欲しい。
「ピンチをしのぐ手段は思いついた?」
からかうような軽口に、思考が遮られる。
「思いついても、答えると思う?」
全然ねえよと内心で毒づきながら、ハッタリをかます。
視線を向けると、トロイが両手いっぱいに荷物を抱えて出てきた。部屋をあちこち歩き周りながら、何やら色々と準備を整えている。さっきの扉に入っては、何かの道具を持ち出しているから、あそこは物置らしい。
「あんた、さっきから何やってんの?」
おおよその回答は予想しつつ、一応聞いてみる。
「そりゃもちろん、生贄の儀式の下準備。今日はいつもとちょっと違う手順でやるつもりだから、色々と忙しいよ。何しろあの怖いパパがいつ突撃してくるかと思うと、もう気が気じゃなくて。一刻も無駄にはできないでしょ」
けろりと答えるトロイ。
やっぱりか……! うっすらと感じていた危機が、現実として迫っている。直接手を下せなくても、私を殺す方法はある。できれば監禁放置で餓死コースとか、消極的な方法が希望だった。
「僕自身が君を殺せないとしても、召喚自体はできるからね。呼び出した魔物に食い殺されたりするのはただの結果で、僕のあずかり知らないことだからね。」
ぬけぬけと言い放つ。どう考えたって、震源地にいる生贄が真っ先に狙われるだろうが。
救助の到着まで粘るとか、トロイもみすみす許すわけがなかったか。
「考えてみたら、君との二人っきりの時間なんてすごく貴重だなあ」
着々と楽しそうに準備を進めながら、またいつもの軽口を叩き始める。
「ましてこれが最後だし。残された少ない時間くらいおしゃべりを楽しもうよ」
「質問になんでも答えてくれるならね」
半ばやけっぱちで答える。
「オッケーオッケ―、何でも答えちゃう。心残りがないように、思う存分聞いて~」
このヤロウ。完全に殺す気満々か。
せっかくのチャンスだ。無駄にはしないぞ。今までの疑問を片っ端からクリアしながら、少しでも油断を誘ってやる。
「あんた一人でやるの? グレイスとか、他の仲間は? そもそも夏至、半年以上先でしょ」
トロイは、生徒に答える先生のように、快く解答を提示し始めた。
「まず一つ目。生贄を使った夏至の召喚は僕の担当でね。いつもだったらグレイスの手駒を手足に借りるけど、今回は突発的にやっちゃったせいで準備してない。だってあんな誘拐のチャンス、そうそうないでしょ。まあ、今回は時間の余裕もないし、僕一人でちゃっちゃとやることにした。なにより、先生を生贄に捧げる儀式で、誰の手も借りたくない」
「――――」
『先生を生贄に捧げる儀式で、誰の手も借りたくない』――その一言に、思った以上に動揺する自分に驚いた。
掴みどころなく常に塗装されていた感情が、透けて見えて。
言葉を出せないままの私に、トロイは更に続ける。
「二つ目。向こうの世界と繋がりやすい時期にはリズムがあるんだ。夏至が最高で、冬至がその逆。だから僕は、いつも夏至を選んでた。グレイスはその辺あまり気にしてないけどね。僕らの目的は、別に魔物を召喚することじゃないし」
その発言の意味はすぐに分かった。彼らの召喚は、いつも呼び出すだけで、後のことはほぼほったらかしといってもいい。出てきた魔物自体には、明らかに興味がない。
「移住のためのゲートを、より強固に安定させること、だよね?」
私の推測に、ご名答とばかりにトロイが頷く。
「そう。少なくともグレイスたち魔物サイドにとってはそれが最終目的で、召喚は一番有効な手段の一つ。僕にとってはそれも過程にすぎないけどね」
その先にある、トロイの目的。人間のトロイが、魔物に協力する理由。
胸がざわついてくる。
――多分、私はその理由が分かる。
怒りとは別の感情に戸惑いながら、これは情報を引き出すためだと自分を叱咤した。




