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エリアス・グレンヴィル(幼馴染みの子・教え子・国王・友人の父)・2

「説明しろ。グラディスはどうした!」

「落ち着け、トリスタン」


 私に詰め寄るトリスタンを、ダグラスが間に入ってなだめる。

 その間に、ネル湖に配置した主要な面子が戻ってきた。


 先刻のトロイの様子を考えると、時間の猶予はなさそうだ。明らかに冷静さが欠けていた。

 一通り集まった頃合いを見計らい、直ちに次の行動に移る。


「今回の事件で、一連の召喚事件の犯人が、トロイ・ランドールであることが判明した。トロイはグラディス・ラングレーを人質として、転移魔術で逃走した」


 端的な説明に、ざわめきが起こる。特に、ラングレー家とランドール家の関係者は、冷静でいられない。


「陛下! それは、間違いのないことなのですか!?」


 真っ先に声を上げたのは、アンセル・ランドール魔術師団長。真面目で実直な、トロイの父親だ。容疑者から外れたことを、安堵とともに至極当然と捉えていた中での我が子の凶行。青天の霹靂に違いない。


「衆人環視の中で起きたことだ。洗脳された様子もない。彼自身の判断による犯行と考えていいだろう」

「――そんな、トロイ……一体、何故……」

「アンセル。しっかりしろ」


 アヴァロン公ジェロームが、妹ギネヴィアの夫であるアンセルに複雑な表情で寄り添った。

 その息子のルーファスは、従兄弟の犯行に対して数秒だけ悔恨の色を目に浮かべ、すぐに意識を切り替えた。

 そうか、彼はグラディスの正体を知っているのだな。優先順位をはっきりと決めている顔つきだ。


 逃走犯の身内になるだけに、反応を見て決めようと思ったが、大丈夫なようだ。

 追跡の人員を頭の中でまとめていく。


「それで対策は!?」


 普段とはかけ離れた威圧感をまき散らして、トリスタンが先を促した。

 昔から何事も執着の薄い人だったのに、愛娘が関わると完全に別人だ。先輩と恩師が親子というのは、個人的にはいまだに違和感が拭えない。

 ()()()を我が子として本心から可愛がれる神経が、この人の凡人と一線を画すところだろう。異常な強さはその次だ。


 その後ろで、息子のマクシミリアンも、無言ながら強い意志を湛えた視線を投げかける。こちらは大分消耗した様子だが、やはり止めても無駄だろう。

 追跡メンバーに更なる修正を加えながら、説明を続けた。


「ここ二月ほど、徹底的にトロイの調査を続けてきた。彼に関わりのある場所で、一つだけどうしても調べられなかった場所がある。今回の誘拐が、準備不足のまま行われたものであるなら、差し当たっての逃走先がそこである可能性は低くないと考える」

「どこだ」

「ランドール領イフィゲニア樹林」

「よし、行くぞ」

「待て待て待てっ。色々と準備とかあるだろうがっ。大体今出てって、一晩中馬を走らせる気か!?」


 早速動き出そうとしたトリスタンを、イングラム公クエンティンが止めに入る。彼もトリスタンの舵取り役に必要だな。例によって貧乏くじで申し訳ないが、何とか元義弟の手綱を握っていてほしい。暴れ馬に引きずり回されるのも、学生時代から慣れたものだろう。


「わ、私も連れて行ってください!」


 最初から私の中で追跡者に決定していた一人が、ビシッと真上に手を伸ばして名乗りを挙げた。

 フジー・ユーカだ。

 手間が省けた。この一刻を争う中で、転移魔術を使える者を遊ばせておく理由はない。


「私、今ならパワーが余ってます! 行ったことがない場所は転移できませんけど、目に見える距離なら大丈夫です。目的地の方向に一直線に突き進めば、そのうち到着します!」


 周りが引くほどの意気込みで、必死に自分を売り込んでくる。

 活躍を演出された先刻の一件でも分かるが、グラディスから随分目をかけられているようだ。友誼も無論だが、並々ならぬ恩義が見て取れる。

 この娘は異世界人のはずだが、面白いほど我が国民と感性が馴染んでいるようだ。可愛らしい外見に反して、中身はハンター家寄りの強力な脳筋らしい。我が国に、速やかに溶け込めたのも頷ける。


「ああ、エリアス。ジュリアスも同行させるからな」


 移動の目途が立って多少落ち着いたトリスタンが、当然のように弟を捻じ込んでくる。推薦というより、すでに決定の口ぶりだが。

 イフィゲニア樹林は、調査をさせた騎士でも深くは入れなかった。目的地に進めない特殊な場所だそうだ。頭脳労働のできる騎士なら願ってもない。


「いいだろう」

「それと息子も借りるぞ」


 立て続けに、何故かキアランを指名してきた。


「元よりそのつもりです」


 私より先に、キアランが譲らない決意で答える。

 あの戦闘の最中、私でも見逃したトロイの密かな侵蝕を看破したのだから、どれだけグラディスに注意を払っていたのか。それでも守り切れなかったことに、強い責任を感じている。

 もちろんそれだけではないのだろうが。


 困ったことにその後ろで、アレクシスがぱあっと目を輝かせている。

 ポジティブなのはいいが、こんな時なのだから、少しは取り繕いなさい。囚われの姫を助けに向かう王子の物語を脳内で展開させるのは、無事解決してからにしなさい。それとその妄想を外に出したら、息子に心底嫌がられることを、後で忠告しておこう。


 ともかく、こちらの予定でもキアランは同行させるつもりでいたから、その要請に否やはないのだが。

 しかしあえてトリスタンが指名するとなると……彼の直観に引っかかるほどには、息子にも何らかの役割があるようだ。

 直ちに許可し、その場で追跡の先遣隊を組織した。


 オルホフ家やハンター家も、親子ともども名乗りを上げたが、いくらなんでも全公爵家を送りこむわけにもいかない。こちらがガラ空きになってしまう。

 結局ユーカの魔力量の問題もあり、数を絞ることにした。少数だがこの精鋭でダメなら、他の誰でも難しいだろう。


 トリスタン、マクシミリアン、クエンティン、ルーファスが戦力。ジュリアスは参謀兼任。

 アンセルは魔導師としてよりは、案内役兼情報源。その監視とフォローにジェローム。

 全体の補佐にキアラン。移動手段と魔物対策にユーカ。


 可能な限りの準備を迅速に整えさせ、以上の9名をすぐさま送り出した。こちらも引き続き後続を組織して、送りこまなければならない。逃亡先が、イフィゲニア樹林で間違いがなければだが。


 彼とまったく関わりのない場所にアジトがあった場合はお手上げだが、それでも、可能性を強く感じている。

 トロイについて徹底的に調べ上げた上で、気になる情報があったのだ。それこそ十七年も前、まだザカライア先生の存命中にまで遡った出来事になるが……その内容は当時、私自身がアンセルの口から聞いた記憶があるものでもあった。

 我が子について語る世間話程度のものだが、今思えば、それは重要な出来事だったように思える。


 あとはこちらの事後処理をしながらも、今度こそ読みが当たることを切に願うばかりだ。


 どうか、私にとっても大切な人を、無事救い出してほしい。

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