友達
「ところで、その花束はどなたへのプレゼントですの?」
さっきから気になっていたことを聞いてみる。
少年たちが大きな花束を抱えている様は、なかなかに微笑ましい。何でしょうね、この背伸び感は。でも選んだ花がどれも地味すぎますよ!
オバちゃんは教師時代、たくさんの恋を応援してきたからね。何なら君たちの2代先の恋模様まで噛んでるんだぞ。
さあ、私に娯楽の提供を!
内心でニヨニヨしてしまうが、二人の顔は途端に曇った。
「知り合いが、昨日殺されたんだ。せめて花を供えに」
「……!!」
キアランの答えに、言葉を失う。よく見たら、手元に隠れてるリボンの色が黒だった。
「僕のうちの庭師の娘でね。同い年だから、小さい頃は遊んだこともあったんだ」
ノアが補足する。
昨日殺された同い年の女の子。叔父様から聞いていた殺人事件の被害者か。
「ちょっと待ってらして」
私はその場で花屋に飛び込んだ。ずっと後ろに控えていたザラもすかさず後をついてくる。
小さい少女が喜びそうな、華やかで可憐な色とりどりの種類を自らの好みで選び、プロポーズにも使えそうな花束を作ってもらった。人への贈り物を秘書に選ばせるようなことは、私はしませんよ!
そして女の子への花束に、辛気臭い弔花なんか言語道断だ! 最後なら余計、ド派手なものがいいに決まってる!
前が見えないほど大きな花束を抱え、二人の元へ戻る。
「私も行きますわ」
「え? ……でも」
「行きます」
「……」
強引に付いていくことになりました。
すごく嫌な感じがしたのは、殺人事件への嫌悪感と言うより、多分預言者のカンが働いたからだ。
なぜかは分からない。でも、行けばきっとわかるのだろう。
「お嬢様。私が……」
「いいえ、自分で持つわ」
ザラの提案を断り、両手いっぱいに花を抱え、二人の後をついていった。
「やっぱり君って、変わってるね」
「よく言われますわ」
ノアのからかいに、平然と返す。ええ、ほぼ80年に亘って言われ慣れてますとも!
「いくら花でも、それだけ持ったら重いだろう?」
「ダンスで鍛えているので大丈夫です」
キアランも気にかけてくれる。うん、お茶会の時から気が付いてはいたけど、君は気遣いの人だね。そんなに人の心配ばかりしてなくても大丈夫だよ。本人の自主性に任せましょう。
現場はとても近かった。
「えっ、ここ?」
そこは街中の十字路。大通りに近くて、人通りもけっこうある。邪魔にならない隅の方に、献花の山があった。
でも私の目を捉えたのは、十字路のど真ん中。規制線が引かれたその中央。
2メートル程の円と、その中に何か魔法陣じみた緻密な模様が描かれている。色は全面に赤だ。
そしてその中心は同色で所々乱雑に塗りつぶされたような、やはり深紅……。
「これ、まさか……っ!?」
驚いて二人を見た。痛ましい顔でキアランが頷く。
「リーナの……被害者の血で描かれ、その中央に、心臓を抜き取られた本人の遺体が寝かされていたそうだ」
ひょえ~~~~~!!! 猟奇殺人ですよ!!! ここファンタジー世界でしょ!? ジャンル間違えてますよ!!?
被害者はクレイトン家の使用人の娘。より身近だったノアは、私たちの先頭で言葉もなく現場を見つめていた。
「え? でも、こんなところで?」
後ろに立つ私は、思わず周囲を見回して、キアランに尋ねた。どう考えても、人知れずこんな大掛かりなことができる場所じゃないよね。『普通の人間』には。
「目くらましの魔術か、強力な魔道具か……いずれにしても、優れた魔導士の犯行の線が強いらしい。惨状が目の前に忽然と現れるまで、誰も気が付かなかったそうだから」
「犯人の手掛かりは?」
「……男だとしか……その……」
キアランは言い淀み、口を噤んだ。
うん、もういい、分かったから。多分、性的な痕跡があったんだね。まだ11歳だったのに……。
酷い目にあわされて、殺されて……どんなに恐ろしかっただろうか。
三人で献花の山にそれぞれ自分の花を供え、黙とうを捧げた。
「これは、何かの儀式なのかしら?」
気持ちを切り替えた私は、改めて魔法陣(仮)を観察する。
「こんな魔法陣、見たことがありませんわ」
「ああ、城の魔導士たちにも調べさせているが、まったく未知のものらしい」
「もし儀式だとしたら……」
ずっと黙って考え込んでいたノアが口を開く。
「また、起こるかもしれないってこと?」
私はそれには答えられなかったけど、キアランは別の回答を示した。
「それを知りたかったら、調べるしかない」
「うん、そうだね」
ノアも頷く。その表情はすでに吹っ切って前を向いていた。
「できる範囲で、調べて行こう」
おお~~~、少年たちが苦悩から自ら立ち上がる様を、間近で見せていただきました! 心の肥やしです!
「私も協力させていただきますわ」
もちろん参加だ! じめじめ暗いのは私に合わない! それくらいならまず動く!
よし、この勢いで脳内少年探偵団の結成だ! 探偵団の紅一点! 見た目は子供、頭脳は大人だけど精神コドモ! つまりはただのマセガキ、グラディスちゃんだ! メンバー構成的に美形率100パーは高すぎるから、食いしん坊キャラを捜さねば!! 一人加入で75パーに下がる計算だ! ただし美形の食いしん坊でない限り!!
「うん、ありがとう。それじゃあ、まずさ……」
ノアが微笑んで、早速私に最初の指令を出した。
「その『よそ行き』、やめようよ」
「……」
「馬車から降りてきた時の君は、こんなんじゃ無かったよね。あっちが君の素だよね」
う~ん……。思わず視線を逸らした。
「公爵令嬢ともなると、外聞とか、色々ありますのよ?」
「そんな喋り方じゃ、なかったよねえ? なんか、もっとグイグイ来るタイプだよねえ?」
ノアの追及に、返答に窮する。
さて、どうしようか。令嬢としての振る舞い方は、ガサツなザカライアへの連想を遠ざける強力な隠れ蓑なんだけど。
「じゃあ、子供だけの時はね」
妥協案を出した。私としても、友達相手にいちいち装うのは疲れる。この際、ザカライアを知らない世代になら、素で接しても構わないんじゃないかな。13~14歳以下くらいなら、まず安全だろう。
「うん、じゃあ、あらためてよろしく。グラディス」
「ええ、ノア。王子様もそれでいい?」
「キアランだ」
黙って攻防を見ていたキアランが訂正する。
「キアランでいい」
「そう。じゃあ、キアランもよろしく」
歩み寄ってくれたキアランになんとなく嬉しくなって、私、もの凄い笑顔を返してたと思う。
考えてみたら、今の私、同世代の友達がいなかった。一番の親友がアラフォーのおっさんという体たらく。オシャレとかダンスに熱中しすぎて、他にまったく興味がなかった。
よし、このまま友達増産作戦も決行していこう!
新たな目標を設定したところで、異変は起こった。