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エリアス・グレンヴィル(幼馴染みの子・教え子・国王・友人の父)・1

 この一点に関して、完全に読みが外れた。私の失態だ。


 これだけの騎士、魔導師を揃えた中、目の前でグラディスを誘拐された。まさかここで、彼が動くとは……。


 愛娘を連れ去られて激怒するトリスタンを前に、嘆息したくなるのを何とか抑える。いつものように、すべては想定内の出来事かのような顔で。


 評価としては、勝敗は引き分けといったところか。

 驚異的な魔物二体を、最小限の被害で撃滅できたのだから、危険な賭けに満点の出来で完勝したと言える。


 最善の結果を導けたのは、間違いなくグラディスを傍に置いた成果だ。

 離れた二か所の戦場を並行して把握しながら、あの状況でユーカという切り札を適切に使いこなせる者は他にいない。そもそも誰もその価値を知らなかったのだから。


 しかしその最小限の被害の中に、グラディスが含まれてしまった……。


 痛恨の失敗に内心で臍を噛みながら、彼女のことを思う。


 王城で初めて()()してからもう6年になる。


 トリスタンが家族を連れて結婚報告の挨拶に来た時、一目で気が付いた。

 どんなに令嬢然と澄ましていたって、私の目をごまかせるわけがないでしょう。ザカライア先生。


 父コーネリアス王の幼馴染みである、大預言者。生まれた時から身内のように可愛がられ、時に容赦なく遊ばれ、こってり絞られもした。私にとっては、恩師というより血縁に等しい人だ。


 父の急逝で突然の王位継承となった折は、休む間もなく支えてくれた。そして私が王としてひとまず落ち着いたのを見届けるように、呆気なく逝ってしまった。


 そんなあの人が、今は起業家兼学生として、人生をのびのびと謳歌している。

 前世を隠して自由に生きていくつもりならそれでいい。先生の望む普通の人生を陰ながら支えるために、これまでいくつかの手も打ってきた。それは現在進行形で継続している物もいくつかある。


 ただどうにも粗忽なところのある人だから、あれよあれよという間にボロを出してしまう。何しろ最初の挨拶から帰った直後には、すでにアレクシスにすら看破されている始末。あの時は、浮かれてはしゃぐ妻をなだめるのに、しばらく骨を折ったものだ。

 黙って見守ってなさいと言ってるのに、近頃は仲人おばさん化までしてきて制御が大変だ。


 だがアイザックやエイダにもあっさり見抜かれたのは、秘密を保ったまま指示を出すには、むしろ好都合だった。先生への情報の伝達も、最低限に抑えさせていた。

 召喚関係の予言に関しても、できる限りエイダやユーカを使って補った。とにかく、極力頼らずに済むように。


 それもすべては、こちらのことなど気にせず、ご自身の人生を歩んでほしいゆえ。

 あえて遠ざかろうとするキアランも、同じ意図をもってのことだろう。父としては歯がゆいところもあるが、こればかりは当人同士に任せるしかない。

 せめてアレクシスのお節介だけはなんとか抑えてやりたい。こういうことに、母親の乱入ほどキツイものはないからな。――保証はできないが。


 しかしあの人の生来の世話焼き体質は、生まれ変わってもいかんともしがたい。なぜわざわざ自分から厄介ごとに首を突っ込んでしまうのか。

 一切関わらずにやりすごせばいいものを、自分にしかできないことがあれば、手を出さずにはいられない。確かに助かりはする。ですが、ご自身の平穏な人生はいいんですかと。相変わらず矛盾に満ちた人だ。

 私にあの人の暴走を止めることなど、所詮無理であったか。


 だが、その結果がこれだ。トロイ・ランドールとの接触を防ぎ損ねた。


 生贄召喚と誘拐事件の容疑者候補リストに目を通したのは、一年半前。

 トロイはそのうちの一人だった。様々な状況証拠から、候補から外したという結論も報告されていた。

 

 それが覆ったのは、つい最近のこと。

 バルフォア学園で起こった、学生への暗示事件のすぐ後だ。国の未来を背負う学園での由々しき事態は、国王として看過できない。

 調査責任者であるトロイを呼び付け、初めて対面した。

 可もなく不可もなく、無能ではないが熱意に欠ける事務的な対応。直接会話を交わし、調査の進捗状況を詳しく聞きながら、密かに確信していた。


 犯人はこの男だと。


 予断をもって調べさせれば、暗示を受けた生徒は皆、森林サバイバル時にトロイから防御魔術を施された関わりが裏付けられた。

 私の洞察と状況証拠では、ほぼ確定。つまりはグレイスの体を持った魔物と、共犯関係と思われる。


 本来なら直属の上司に手を打たせるところだが、魔導師団長はトロイの父親。謹厳実直な人物だけに、息子が最重要容疑者となったら、良くも悪くも自ら動こうとしてしまう。父の態度からトロイに悟られないため、まだ何も伝えずにいる。


 以降は努めて、トロイに何かしらの任務を割り振らせることにした。引き続き護衛という監視で固め、魔導師や騎士に囲まれる状況を常に維持するために。


 その裏で証拠を固めるとともに、グレイスともども確実に身柄を確保するための作戦を、今まさに検討させている最中だった。


 これまでのパターンから考えて今回も、派手な召喚ショーを凌げさえすれば、次の夏至まではもう大きな動きはないと予測していた。騒動だけ巻き起こし終えたら、いつものようにさっさと切り上げるだろうと。


 しかしこの読みは大きく外れた。これだけの人員を配置して牽制していたにもかかわらず、この場でグラディスが連れ去られてしまうとは。

 これ以上深入りさせないようにと、情報を伏せていたことが仇になったか。


 それにしても、今まであれだけ狡猾に隠し通してきた正体を暴露してまでの、今回の誘拐。あまりにも拙速にすぎる印象だった。本人にとっても、これは計画外の突発的な行動ではないだろうか?

 宮廷魔導師として適当に善戦している芝居で、あの場を無難にやり過ごすつもりのようにうかがえたのだが。


 だとしたらトロイ・ランドールを、予定外の犯行に踏み切らせたものは何か。

 グラディスの行動の何かが、引き金を引くきっかけとなったように見えた。


 闘技場全体が濁流に巻かれる危機から、フジー・ユーカの活躍で脱した直後。歓声の中で抱き合う彼女たちを見据えるトロイの目には、見紛いようのない怒りがあった。


 彼の中で何があったのかまでは知りようがない。

 しかしおそらく、あの瞬間には決断していたのだ。

 今この場で、これまでの生活を捨て去ってでも行動することを。


 グラディスを安全圏に配置したつもりが、完全に裏目に出てしまった。


 彼女本人すら気付けないほど巧妙に、触手を伸ばされていた。

 キアランもよく見抜いたものだ。隙を突いた最初の一撃で、何か細工はしていたようだが……得体の知れない相手だけに、結果はどう出るか……。


 いや、これだけ不確定要素の多かった計画だ。予定通りになど行かなくて当然。大事なのは、不測の事態にいかに対処できるか。


 幸いこの件においては、命を懸けてでも事に当たる覚悟を持った人材が何人もいる。もうひと働きしてもらえばいい。

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