フジー・ユーカ(召喚された日本人・親友・クラスメート)・1
まだ普通に高校に通っていた頃、ラノベ好きだった親友の梨沙に、ハマった小説を熱く語られたものだった。
剣や魔法や王子様や騎士、お城の生活に華やかな学園――今、まんま梨沙の語った物語の世界にどっぷり浸かってる。
聞き流してきた物語の中の一つを、ふとした時に思い出す。散々聞かされた他の話と似たり寄ったりの、ありふれた内容。別に特に印象深かったってわけでもない。
ヒロインは異世界に召喚された普通の高校生。ヒーローは強くてかっこいい大貴族の騎士。誘拐されたヒロインを、間一髪で助けたヒーロー。恋に落ちたシーンを熱弁してたなあ。
ヒロインちょろすぎとか思ってたけど、そんな状況、実際に身に覚えあるから笑えない。おまけに最大の恋の障害は、悪役な義理の姉だって。
うっすら自分の境遇に重ね合わせてしまうけど、一番の違いは、私を本当に命がけで助けてくれたのは義理の姉の方で、男だったらそれこそ運命を感じちゃうくらいの人だったってこと。もちろんヒーローもベタ惚れで、ヒロインを助けたのは彼女のついでにすぎなかったって言うね……やっぱりもう笑うしかないか。
でも、そんなのはどうでもいい。小さなトゲ程度のこと。私だって、結局は義理の姉にベタ惚れだから。
私がこの世界で何とかやっていけてるのも、全部彼女のおかげ。
学校にも行けて、友達もたくさんできて、やるべきこともある。みんな親切にしてくれる。
でも、甘え過ぎかな、私にそんなにしてもらえる価値があるのかなと、時々心苦しくもなる。そんな後ろ向きなこと、考えちゃダメだ。私を大切にしてくれてる人たちにも失礼な話。
分かっているのに、それでもどうしようもなくたまらなくなる。自分の居場所の確かさが分からなくて。
私は本来ここにいるはずのない、紛れ込んだ異分子。気を抜いたら、呆気なく足元は崩れてしまうんじゃないかって。
お父さん、お母さん、お姉ちゃん、華澄――家族に代わる確かなものを、どうしても望んでしまう。無条件に私を受け入れてくれるものなんてここにはないから――せめて私を必要としてほしいと。
16歳までに手に入れたものは、ほとんど失くした。強豪校に入るために頑張った受験勉強の内容も、レギュラー目指して必死で覚えたチアの振り付けも、ここでは何の役にも立たない。家族にも親友にも、二度と会えない。日本にも一生戻れない。
それでも私の人生は、続いていく。
手の届きそうなものには何でも手を出して、がむしゃらに頑張ってきた。協力を求められればなんでも応じた。特に、私が一番必要とされている召喚魔法陣の犯人への対策には力を入れた。
その犯人だけが唯一使えるという、転移魔術の練習も。教えてくれたのは、グラディス。だったら、きっといつか必要になる日が来るんだと確信して、特に気合を入れた。
それが今日。――練習の成果を、私は今発揮できている?
本当は全ての水をここから転送したかったけど、力が足りなかった。悔しい。集中力が切れて、魔法陣が消えてしまった。
ぐらりと倒れかけた私の体を、グラディスが支えてくれた。
ああ、何とか、目の前の危機だけは取り除けた。ほっとしてたら、周りに意識を向けるように促された。
視線を向けて、思わず息が止まった。
「あんたがみんなを助けたんだよ。ここにいる誰にもできないことを、やってくれた。素直に称賛を受けていいよ。この声は全部、ユーカのもの」
私の視界を埋め尽くす、興奮した何万人もの人たち。その熱狂が、みんな私に向いている。地面が揺れそうなくらいの大歓声。
「今まで、よく頑張ったね。ユーカが、立ち止まらずに頑張ってきた結果だよ」
耳元で、優しく囁くグラディスの声が聞こえた。
耳よりも、心が震える。
私一人の力じゃない。ここまでたくさんの人が助けてくれたし、ここでの活躍だって、グラディスのお膳立てがあったおかげだ。
私をこの瞬間まで導いてくれた人たちがいるという、何よりの証。
こんなに、力付けられることはない。
どんなに強く自分に言い聞かせてみても、自信の根拠なんてとても曖昧で、些細なことで揺れ動く。そんな不確かさを、この大きな声援が吹き飛ばしてくれる。力が漲ってくる。
居場所はずいぶん変わっちゃったけど、私は私のまま、藤井悠華として、またゼロからの一歩を踏み出していく勇気が湧く。私はここで、生きていける。
たとえ、フジー・ユーカであっても。
きっとこれは、転生者にはない幸福。
「――グラディス、ありがとう……」
親友の胸に顔をうずめて、ぎゅっと抱き着いた。
私が立ち止まりかけるたび、背中を押してくれる同郷の友達。暖かさを肌で感じながら、心の底から感謝の言葉を呟く。
グラディスがいたから、耐えられた。私を本当の意味で理解してくれる人がいるという心の支えがあったから、この世界で前向きに頑張れた。
そんなグラディスが、真剣な目で私に言った。
「ユーカ。一生のお願いがあるの」
断る選択肢なんて、あるわけない。
「何でも言って」
迷う余地すらない。続くグラディスの言葉は、思いもよらないものだった。
マックスを助けて――と。
全身から血の気が引いた。
国で一番強い人たちが集まってるらしいから全然心配してなかったけど、森林公園の方は、きっと大変なことになってるんだ! マックス君が危ない!?
そして、私の力を必要としている!
魔力がほとんど抜けた体に、気力だけが蘇る。それで十分!
私に何ができるかは分からないけど、グラディスはできないことは言わない。私にしかできない何かがあるなら、やってやる!
「マックスだけを目指して跳んで」
「はい!」
グラディスの指示に意気込んで答えて、すぐにその通りの行動に移した。最後の魔力を振り絞って跳ぶ。行ったことのある場所や、知っている人を強くイメージすると、目印になって転移しやすい。これで魔力が空っぽだなと思いながら、はっとした。
あれ!? さっきの言い方って、なんか……? ええっ!? グラディス、いつから気付いてたの!? 私、ちゃんと隠せてたよねえ!?
ちょっと慌てかけたところで、目の前にマックス君が現れた。転移成功だ。
「マックス君!」
とりあえず怪我のない様子にほっとした私に、マックス君はものすごく驚いた反応をした。
「ばっ、お前、何やってんだ!?」
見たことがないくらい焦った感じで、私の腕を強引に引っ張った。剣を持ってない方の手で抱きかかえられる。
えっ!? 何これ!!? どういう状況!? 男の子とこんなにくっついたのは初めてで、思わず固まった。日本でもここでも、基本的に周りは女だらけだったもん。
って、あれっ、今そんな場合だったっけ!?




