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ロクサンナ・オルホフ(教え子・友人).2

「防御と結界を張れ! ここから逃がすな!」


 私と同じく状況を遠くから観察していた、ジェローム・アヴァロン公が叫んだ。


 全ての騎士が、瞬時に指示に対応する。確かにここからの逃走を許したら、あのネコの移動だけで確実に被害が広がる。実際振り回された尻尾らしき部分が触れた枝が、一瞬で燃え上がってる。


 同じ判断を下したこの場の全騎士、一部の魔導師で、力を合わせて結界の檻を巡らせた。


 よかった。

 物理攻撃は厳しそうだけど、魔術なら対抗できるみたい。飛び上がろうと体を沈めた瞬間の隙を狙って、空になった()湖の範囲内に、なんとか繋ぎ止めることができた。


 トリスタンたちも剣はさっさと収めて、私たちの作業に加わる。


「叔母様、これ、この後どうするの!?」


 私の隣で、同様に結界の維持に魔力を注ぐヴァイオラが、不安そうに尋ねる。


 確かにそれが問題だわ。五人の公爵と、その後継者、20人を超える有力貴族の主力級の騎士――ほぼ国内最強戦力30人以上の作った結界でも、ギリギリ。今にも綻びが生じそうな圧力を感じる。


 トリスタンたち三公爵の剣戟の先制攻撃でもノーダメージとなると、魔術攻撃にシフトするべきよね。

 事前に渡された資料によると、実際300年前に封印に成功した時の手段は、人工湖ができるほどの水系魔術だったそうだし。


 私たちが何とか抑えている中、いくつもの水の塊が、炎の猫の頭部を目がけて投げ込まれ始めた。


 早速魔導師団長のランドールさんが、精鋭を率いて魔術攻撃の指揮を執っている。


「うわ、すご……」


 ヴァイオラが思わず口から漏らすほどの集中砲火――水だけど。

 怒涛の勢いで衝突する水の塊が、触れた瞬間に激しい水蒸気爆発を起こして、衝撃波が結界内部を跳ね回る。


 途轍もない破壊のエネルギーの奔流に曝され、一瞬だけ消えた頭部は、けれどすぐにまた元通りの形状に燃え上がりながら戻った。


「いくらか小さくはなったな。微々たるもんだが削れてはいるようだ」

「こんな攻撃、できてもあと三~四回ってとこだろ」


 クエンティンとヒューの会話が聞こえる。確かに見通しは明るくなさそうね。


「で、()()()にするのよ」

「決断するなら今のうちだろう」


 私の質問に、ジェロームさんが応じる。


「危険な賭けに出て攻撃に力を割くか、それとも……」

 

 公爵最年長者として決を採ろうとしたところで、トリスタンが割って入った。


「悪い。全力で結界維持してくれ。俺は抜ける」

「はあっ!? おい、トリスタン!?」


 慌てて呼び止めるクエンティンの声を無視して、トリスタンが勝手に持ち場から離れた。直後にかかった圧力を抑えるため、慌てて力を振り絞る。


「攻撃やめえ! 全員で結界を張れ!!」


 ジェロームさんの咄嗟の指示で、攻撃の役割の魔導師も追加の応援に入る。少し楽になって、ひとまずほっと息をついた。


 あのバカ、勝手に何やってるのよ!?


 思わず目を向けると、少し離れた場所で、トリスタンはすでに剣を振るって戦闘を始めていた。遠くからでも目を奪われずにはいられない、無機物の芸術品のように冷たく美しい少女と。

 

「うわ……グレイスの乱入かよ」


 クエンティンの苦々しい呻き声が聞こえた。ああ、あなたの妹だったわね。


 それにしても危ないところだったのね。いつの間にか、もっと面倒な敵が近くに現れてたなんて。

 今横槍を入れられたら、均衡状態が一気に崩れるところだった。事実とはいえバカとか言って悪かったわ。

 基本的にオールマイティーなトリスタンは、高等魔術で応じるグレイスに、スピードとパワーの物理攻撃を主体にして何とか釣り合ってる状態。悔しいけどあの域じゃ、誰も手を出せない。


 突如始まった元夫婦のガチの殺し合いに、若干引かないわけでもないけど、こういうとこトリスタンは頼もしいわね。中身が魔物とはいえ、攻撃に清々しいほどの躊躇いがなくて。昔ちょっと聞いた噂では、冷血同士の空オソロシイ夫婦だったらしいけどなんだか目に浮かぶわ。

 うわ、ホント容赦ないわね。しかも、あれでお互い無傷って……。こんな元夫婦とかイヤすぎる。


 やっぱり私が挑んだ時と同じく、倒す決め手がないのが痛いわね。たとえ斬っても、また元通りに再生してしまう。何より移動速度がトリスタンと伯仲していて、攻撃自体をほとんど食らわない。

 とても決着がつきそうにないわ。

 いえ、あのバケモノを足止めしてくれてるだけで、十分なんだけど。


 おっと、隣の戦いを心配してる場合じゃないわ。こっちを何とかしないと。


 冷や汗が止まらないけど、エリアス様の決断には今更ながら称賛するわ。

 確かにこれは、危険を冒しても解放させる意味があった。こんな怪物、無防備な状態で王都に解き放たれてたらと思うとぞっとする。

 私たちが勢ぞろいして準備万端に迎え撃っても、現状抑えるだけで精いっぱいだなんて。


 300年の封印期間で、普通とは全く異質な魔物に進化してしまったとしか思えない。

 封印したデメトリア様は、それを予知しなかったのかしら? 300年後の私たちは、更に強力で厄介になった怪物と戦うことになると。

 それとも、予知した上で、当時は無理でも今なら対処可能と判断したの? この状況を見る限り、これを倒す糸口が全く見当たらないのだけれど。


 ああ、まずい! パワー負けしてきた。そう長くは持たないわ。ヴァイオラも、魔力切れの秒読みが始まってる。限界が近い。一人ずつ欠けていったら、遠からずあの炎の化身を解放することになる。

 一か八かでも、余力のあるうちに攻撃を仕掛けるべき?


 多分、私以外にも同じことを考え始めた者は多い。そのタイミングで、グレイスと戦闘中のトリスタンが叫んだ。


「結界を切るな! 限界まで維持し続けろ!!」


 生じかけていた迷いは、その一言で消え失せる。こんなことを人に言うつもりはないけれど、まるでグラディスに指示されたような錯覚を覚える。この絶対的な信頼感。


 状況を見れば、このままではジリ貧になるだけ。確実に破綻の未来が見え始めている。

 それでも、この場の全員の意識が一つになった空気を肌で感じた。

 トリスタンが断言するなら、きっとその先に何かがあるのだと。


 炎の魔物を繋ぎ留めることに目的を完全にシフトし、ギリギリまでパワー配分を下げる。こうなったら、一秒でも長く持たせるわよ!


 それから騙し騙し魔力を調整しながら、際どい綱引きが続いた。

 経験のないほどの圧に、我慢比べの時間が果てしなく長く感じる。実際にはほんの十数分程度だろう。予想通り、少しずつ力尽きた者から脱落していく。


 そして、ついにその時が来た。


 全方位の結界にひびが入る。炎の魔物はこの機を逃さず、出口を求めて躍りかかった。

 トリスタンの持ち場放棄で、始めから一番手薄になっていた場所。


 ――マクシミリアンの元に。 

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