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夜明け前の闇

 建国祭の開始時刻になり、国王ファミリーが最後に悠々と会場入りした。それに私も同行。


 VIP席の一角を見ると、先に入っていた預言者集団の中にユーカがいた。席がちょっと開いてるから、お互い手を振って挨拶する。


 私はアレクシスのすぐ後ろ。公爵席と比べても、かなりの特等席だね。どうせならつまらない儀式より武闘大会が見たかった。キアランは斜め前の席。


 少し離れた公爵家の席に、トリスタンたちが見える。少し落ち着いたら、叔父様を残して、トリスタンとマックスだけ席を外す。ネル湖の警戒のために、武装してから森林公園に向かう段取りになってるわけだ。

 一昨日騒動の予行に関わったロクサンナ以下、他の公爵家にも要請は行ってるはずだから、あの辺の席はしばらくしたらスカスカになりそうだ。


 周辺を見回したら、VIP席警備の宮廷魔導師のメンツの中に、トロイがいた。こりゃ、警備の役割は形式的なもので、日本人関係を安全圏にまとめた感じだな。また誰が狙われるか分からないもんな。


 逆に私の隣に座る招待客のダグラスなんかは、完全に戦闘要員だろう。もういい年なのに、ご苦労なことだよ。他にも、普段出てこないような知った顔が色々いる。貴族席の辺りも、ギラギラとやる気が、すでに今からダダ洩れてるし。全くこの国の貴族ときたらやたらに血の気が多い。職質受けてしかるべきヤバイ集団だよ、完璧に。今は頼もしいけど。

 これなら公爵級の突き抜けた騎士なしでも、不測の事態に対処できるね。そうでもなけりゃ、一般人まで巻き込みかねない強硬手段なんてエリアスも取らないか。


 そもそも一般参加の観衆の方も、結構大概な連中なんだよな。

 すり鉢状の観客席を埋め尽くす超満員の観客からは、あからさまにワクワクそわそわと浮ついた気配が充満してる。

 戦闘職の貴族が武器を持ち込んで、準備万端でうずうずと待ち構えてるように、こいつらも確実に、未知のビッグショーを期待してやがるんだ。厳粛な国家行事を見届けるためじゃない。怖いもの見たさで、何か起これとか、絶対思いながらここにいるからタチが悪い。


 実際、過去の召喚現場に居合わせた目撃者が、ちょっとした自慢のタネとして、世間に話題を披露するという社会現象が、事件の都度多発する始末。確かにアリを瞬殺した時のトリスタンショーは圧巻だったけどさ。

 懲りないというより、味をしめたと表現した方が正確なんだろうな。


 本当にこの国の国民は、上から下まで好戦的というか、お祭り好きというか。貴族が貴族なら国民も国民だ。嫌いじゃないけどね。バカな子ほど可愛いに通じるものを感じる。

 これでまた魔物がホントに出てきたりでもしたら、また大騒ぎするんだろうに。そのくせ平穏無事にすんだら、それはそれでつまらなかったとか不平不満を漏らすに決まってる。全く困ったもんだよ。もう目いっぱい楽しんどけ。


 例年以上に盛り上がりを見せる空気の中、建国祭がいつも通りに始まる。

 私は前世も併せてもう50回以上も参列してるから、目新しいものなんか全くない。けど、ある意味今回、緊張感は一番だな。

 600年祭の時と違って、何かが起こるだろうことは、私だけでなく誰もが予感してる。


 国王の挨拶から始まって、伝統通りのプログラムが続く。毎年盛り上がるのは、王立騎士団の精鋭15人による剣舞。っていうか奉納系は、大体剣だの弓だの、武寄りばっかだ。

 でも今年は、ルーファスとかみたいなホントの精鋭は、森林公園とか、警備の方に回されてるから、例年より質が落ちてるみたい。一般の観衆は盛り上がってるけど、目の肥えた私の目には退屈に映る。


 公爵エリアに視線を移せば、トリスタンもマックスもすでにいなかった。その他、主だった主力はとっくに消えている。いつ事態が急変しても対応できるよう、持ち場に移動している。


 みんな頑張ってと心の中で激励して、再び演目に視線を戻した。


 数十年前は、あそこで舞う側だった現騎士団顧問のダグラスが、やっぱり退屈そうに私に声をかけてきた。


「お嬢ちゃん、学園やら仕事やらは楽しいかい?」


 傍から見てる分には、おじいさんが、隣の席の女の子と世間話をしてる風にしか見えないだろう。


「ええ、とても」


 かつての同級生に頷いた。ダグラスが張り合ってたライバルはギディオンだから、普通のおしゃべりくらいは応じる。そんな私に、更に問いかけてきた。


「じゃあ、今、幸せかい?」

「――はあ?」


 出し抜けの質問に、思わず眉根を寄せる。何なんだいきなり。宗教にでも誘う気か?

 怪訝に聞き返す私に、ダグラスがにやりと笑う。


「なに、俺はお前さんのじいさんと随分長い付き合いだったからな。あいつは()()()、お前さんのことを心配してたんだぜ?」

「――」


 言葉の意味が二重になっている。孫としてではなく、相棒として、友人としてってことだ。

 私も孫として、祖父の友人におかしくない範囲で応じる。


「少し自由過ぎたかもしれないとは思うけれど、そんなに心配をかけたかしら?」

「お前さんは、あいつの古馴染みに、よく似てるのさ。だから、いつも気にかけてたんだぜ。そいつは四六時中馬鹿みたいに楽しそうなのに、幸せそうには見えない奴だったって言ってな」

「――!?」


 言葉を失って、ただダグラスを見返した。


 今をただ楽しく生きることだけを目先の目標にして、幸せなんてすっかり他人事だった前世。

 お前は決して孤独じゃなかった――少し前言われたばかりの言葉を思い出して、反射的に斜め前のキアランを見る。師匠と同級生の私語を気にして、キアランもこちらを振り返っていた。


 こんな私をちゃんと見ていてくれたという、懐かしい友人の姿が脳裏に蘇って、改めて胸を締め付けてくる。


 遠い記憶を懐かしむように、ダグラスは言葉を続ける。


「ギディオンは、そいつにずっと惚れてたのさ。決して本人には気付かせなかったが、それこそ出会った瞬間から、死ぬまでな」

「…………」


 言われても、驚かなかった。心のどこかで私もそれを感じ取っていたのだと、不意に気付く。最期の抱擁の感触も温度も息遣いさえも、今もはっきりと覚えている。


 心の端々に居座る、強迫観念のようなザカライアの呪縛。


 あの頃は決めていた。

 大預言者である以上、誰とも寄り添って生きることができないなら、初めから誰も好きになんてならない。仮に同じ想いを返されたなら、余計辛いだけ。一生触れ合うこともできないのに。

 少しずつ癒されてきた今でもなお、設定したラインを踏み越えかけると、いつも無意識のブレーキがかかって、それ以上は進めない。もう制限なんて何もないのに。


 ギディオンは心を閉ざしていた私を、それでも友人として近くにいて、諦めずに見守ってくれていた。――転生した後までも。

 墓場まで持っていく秘密だと、死の床で笑ったギディオンが脳裏によみがえる。


 咄嗟に口元を覆って、漏れかけた嗚咽を抑えた。


 ああ、ダメだ。体は若いのに、もう年なのか。最近涙腺がもろすぎだ。油断したら、視界が一気に滲みそう。


 ザカライアだった頃の私は、本当なら誰かに想いを寄せたりしていたのかな。もう、思い出せない。


 でも、自然に湧き上がる心のままに、想いを自覚できていたら……ただ素直に自分の気持ちを受け入れることができていたなら――たとえ報われない恋でも、辛い思いをしたとしても、人生に幸せを感じる瞬間はあったのかな。


 別離の時のギディオンの表情に、心からそう思う。


 もし大預言者としての正体が白日の下に曝されたなら――その不安は絶えずある。けれど、心のどこかを塞いでいたもどかしいほどの最後の防波堤が、今、すっと消えた気がした。長い間止まっていた歯車が、やっと回りだす。


 死んだ後まで私の心を救ってくれる――最高の相棒に、心からの感謝が溢れた。

 私の心は自由。もう前世にはとらわれない。――進んだ先に、どんな結末が待ち受けているのだとしても。


 ギディオンを思い出しても、今はもう辛くない。大切な思い出に代わっている。

 そういえば、私に悲しみを取り戻してくれたのも、あんただったね。あれから少しずつ、凍った心が動き出したんだ。


 穏やかな気分で過去を振り返る私に、ダグラスは静かに語り続けた。


「ギディオンはいつでも、どうやったらお前さんが本当に幸せになれるのか、本気で案じてたんだぜ? 当人のお前さんは知らんぷりだったのにな」


 かつてのライバルでもある旧友の想い。当時を知る第三者の言葉だからこそ、冷静に受け止められた。


「お前さんは今、幸せかい?」

「――ええ、幸せよ」


 今の私は、迷わず答えることができる。


「私を愛してくれる人たちがいて、私も同じだけ愛することができるから――だから、どこにいても、何をしていても、私はいつでも幸せ」


 そしていつか、家族と同じくらい愛する人を見つけたら、もう立ち止まらずに私らしく突き進もう。

初期から引きずってきたザカライアのトラウマから、やっと解放されました。長かった。グラディス完全復活! ――になるといいなあ。

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