建国祭
やってきました、建国祭当日の朝。
闘技場までは家族みんなで行く。すでに支度を済ませたトリスタン、叔父様、マックスが、それぞれ儀式用のフォーマル姿で、私を待っていた。
この紅一点のお姫様感は、毎度のことながらいい気分ですな。そろそろこういうのも終わりだろうから、楽しんでおかないとね。
領地のちびっ子たちも長旅できるようになったから、本来はもっとにぎやかなはずだった。今回みたいにトリスタンのストップがかからなければ、次の社交シーズンから、一家揃うことになる。そっちはそっちで楽しみ。せっかく用意してた双子の衣装は、今回お蔵入りになっちゃったからね。男女別デザインでありつつ、ちょっとだけ共通部分もありの遊び心溢れた感じで、絶対目立ったのに。
「――おい、グラディス……」
私の今日の装いを見たマックスが、第一声でちょっと非難がましい目を向けてきた。
「お前、今日、大人しくしてる気全然ないだろ?」
おっと、一目でバレた。
今日は国家行事とはいえ、外でのイベントだから、パーティーみたいに過度に着飾る必要はない。
とはいえ、上から下まで全身総レースで華やかに決めたつもりなんだけど、さすがにいつも間近に見てるマックスは目が肥えてるらしい。
スクエアネックでマーメイドラインの、藤色のレースワンピース。胸下で切り替えを作り、全体的に体の線に沿わせて色っぽさは意識したけど、特に露出は多くない。長袖だし、スカートもミモレ丈だ。
でも下に透けて見えるインナーの素材は、ニットだったりする。
同じく全体がレースで覆われた可愛らしく見えるブーティーも、ストレッチブーツ。しかもヒールは低めでラウンドトゥ。レース自体も当然全部ストレッチ素材。
全身伸縮素材で固めてる上、脱げにくく歩きやすい靴。髪型も、垂らさずに結い上げている。
一見大人っぽく仕上げたようでいて、あからさまに立ち回る気満々だ。
「備えあれば憂いなしってやつだよ。何事もなければ、それに越したことはないけど、用心だけはしといて困ることはないでしょ」
バレた以上、堂々と開き直る。
マックスが優勝した時の武闘大会で懲りてるんだよ。もうハイヒールで歩き回るのはイヤだ。危うくトロイにお姫様抱っこされる勢いだったっての。
「つまりお前は、今日何かあると、確信してるわけだな」
マックスが険しい表情をする。うちの家族にとっては、私の予感は、未来の予定だという共通認識が強い。
「だったら、戦う俺たちの傍より、エリアスの傍の方がよっぽど安全ってことだろ」
トリスタンに背中を叩かれて、マックスも溜め息交じりに、それ以上の追及はやめた。
おお、トリスタンが息子をたしなめている! 普通の父親みたいだ!
トリスタンのカンもまた、うちでは何気に絶対のものだからな。そこはさすがの信頼感。なんだかんだで、一緒に過ごした時間は、私とは比較にならないくらい長いんだし。
「本当に、武闘大会の時みたいな無茶はするなよ。周りにいくらでも人がいるんだから、何かあったら絶対頼れ。ムカつくけど、あいつでもいいから」
真剣に言い募るマックスに、思わず頬が緩む。あいつ、ってのは、当然同じ場所にいるはずのキアランのこと。ライバル心はあっても、やっぱり信頼する友達だもんね。
「分かってるよ。一人で無茶はしないから、マックスもしっかりお父様のお手伝い、頑張ってね」
「おう。俺たちが戻ってくるまで、大人しくしてろよ」
しつこく念を押されてから、揃って馬車で、国立闘技場へと向かった。
会場に着いて、すぐに家族と別れる。
ロイヤルボックスと公爵家の席は近いんだけど、私はアレクシスの友人として招待された体だから、挨拶に行かないといけない。
国王一家の控室に案内されると、すでにエリアス、アレクシス、キアランが儀式用の正装で始まりの時間を待っていた。
他にも招待客の何人かが、寛いで時を過ごしている。そのうちの一人としてダグラスが、ソファーから離れた場所でエリアスと談笑してる。これは実質護衛役だろうな。なんか密談と言った方が正しそうな気配だし。もう最初から危険はあるものと想定して、事前に色々対策を講じてるんだろう。
キアランとアレクシスは、ソファーに向かい合ってお茶をしていた。
私は最初に挨拶した後、王妃のアレクシスに改めてお礼を言う。
「ご招待ありがとうございます。素晴らしい見晴らしの席で観覧できるなんて、とても楽しみです」
我ながらわざとらしいなと思いつつ、喜んで見せる。昔なら国王の隣の最前列だったんだけどね。当然それを知ってるだろうアレクシスも、ご満悦で受け入れてくれる。
「ようこそ、グラディス。あなたに会えるのを楽しみにしてたのよ。次のドレスのことだけじゃなくて、学園のこととか、色々なお話を聞きたいわ」
ウエルカムで手招きされ、促されるままにキアランの隣に座る。
よく考えたら、王家一家は全員、私がザカライアだと知ってるんだよなあ。アレクシスはその上でまだ、こういう仲人オバちゃん的な気の回し方を続行するつもりらしい。
そりゃ、あんたは私に懐いてくれてたけど、いくらまた私と遊びたいからって、その気もない息子を巻き込むのは感心しないぞ。親の思惑に一方的に押し切られる息子とも思わないけど。
だってキアランからは、私を口説こうとか、そういう気配はサッパリこれっぽっちも漂わないもん。むしろ成長するごとにその態度が顕著になってくくらいだ。
例えるなら、私はハンター家の連中は昔から大好きだけど、恋人としては絶対ないと決めてるようなものかな? ――それに近いくらいの、揺るぎない決意めいたものを感じる。きっとそれが、不自然な距離感の正体。
キアランにとっては、私は絶対にないんだ。それだけは、はっきり分かる。理由は分からないけど。この前スタンリーに聞き損ねた。
でも、ないものはしょうがない。私だってガイと付き合えとか周りから無理に勧められたら、断固断る。無理なものは無理。
だったら話はそこで終わり。引っかき回しても、いいことなんてない。マックスも変に張り合う必要もないのに。あんたも言ってた通り、キアランはスタートラインとやらに立つ気すらないんだから。
「キアラン、今日はよろしく」
「ああ」
隣に座るキアランと、いつものように気軽な挨拶をし合う。見慣れた制服姿じゃなくて、王子様らしい正装が新鮮で、なんだか目を奪われた。
膝丈の軍服風味な、紺の儀礼用騎士服――。素直にかっこいいと思う。あれ!? 私、実は軍服フェチ!? いや、騎士服なんて昔から見慣れてるし、そんなはずは……。
「よく似合ってるわね。メンズ服にも手を出したくなりそうよ」
人目がある場所だから、立ち居振る舞いには気を付けながら、素知らぬ顔で褒める。もちろん社交辞令ではなく結構本気だ。今頭の中は、ドーパミンとイメージが溢れている。
キアランも、いつもと趣の違う私の姿を見返して、少し困ったように嘆息する。
「お前も似合ってるが……動く時には、必ず俺に言ってくれ。できればじっとしてるのが一番なんだが」
こっちにも一目で見抜かれた。私はそんなに無茶をしてるイメージなんだろうか? う~ん、否定はしにくい。でもそれ以上に、狙われる理由があるからってのもあるか。
キアランの視線が一瞬、私のうなじに向いたのを感じた。そういえば髪を全部上げた姿って初めて見せたな。こんな間近で見られたら、ちょっと照れるかも。
「ええ、頼りにしてるわ」
さらりとすまし顔で応じる。
この前の教室での出来事以来、心の底からそう思っている。もう一人で危険に飛び込むつもりはないし、いざとなったら必要なだけの力は借りる。そこに迷いはない。
「ああ」
安堵したように微笑むキアラン。
そんな私たちのやり取りを、真正面からアレクシスがニマニマと眺めていた。
ええい、うっとうしい! そーゆうのじゃないのに、まるで20年前の私じゃないか。趣味はデバガメです、ってか! ええ、分かりましたよ! いいからほっといてと言いたい! 20年前の仕返しか! 人の振り見て我が振り直せってやつ!?
――ちょっと反省。きっと喉元過ぎれば忘れるんだけどね。




