打ち合わせ
これからの聴取の段取りについての説明を受けた。
私自身は、ロクサンナとの同行中に巻き込まれただけ、という体だ。実際には主導者なんだけど。でもそのおかげで、一足先に帰してもらえることになった。
後日ちゃんとした調査員が訪ねてくるけど、とりあえず今日は、帰る道中で簡単な話を聞かれるだけですむという。
馬車と護衛を用意の上、屋敷まで送り届けてもらえるそうで、至れり尽くせり。タッ券付き、むしろハイヤー? これでもれっきとした公爵令嬢だからね。きっとジュリアス叔父様がいろんなところに手を回してる成果なんだろう。普段から過保護過ぎて困るけど、こういう時は有難いな。
「お迎えが来たみたいよ?」
ロクサンナに促され、視線を送って言葉を失った。
そこにやってきたのは、極ごく普通の一騎士団員の青年。二十代半ばほどで、もちろん面識などない。それでも、私は内心で唖然とする。
「こちらへどうぞ。私が護衛させていただきます」
当たり障りのない挨拶をする青年を、ついつい凝視してしまう。
「グラディス?」
異変を察知し、目つきを険しくしかけたロクサンナに、慌てて手を振った。
「ああ、大丈夫。何も問題ないわ。それじゃ、また落ち着いたら遊びましょう」
笑顔で別れを告げ、グラントとスタンリーにも挨拶してから、青年に付いていった。
周囲の関心はほどなく、事件の中心にいたロクサンナたちに向かう。人の流れに逆らって、用意された馬車に向かう道すがら、私の前を歩く青年騎士に尋ねた。
「――あんた、こんなとこで何やってんの?」
思わず呆れた声が出た。
「ははは、さすがに一目でバレたか。茶番に付き合わせて悪いな。俺だけじゃないもんでよ」
一見慇懃な立ち居振る舞いにまったく不釣り合いな、フランクな口調。もともと私を騙せるとは思ってもいないだろう。
「何しろみんな明後日の建国祭の準備で大忙しだからな。それで暇人の俺が駆り出されたってわけさ」
「ああ、なんかめんどくさい予感しかしないんだけど」
「予言なんざできねえ俺でも同感だよ。さあ、お前さんに用のあるお方がお待ちだ」
――ああ、なんてこった。これってもう、あいつしか思い当たらないんだけど。
露骨に溜め息をつきながら、青年と一緒に用意されていた馬車に乗り込んだ。
中で待っていたのは、役人風の平凡な青年が一人。促されるままに対面に座る。
「お待ちしておりました。このような形で申し訳ありませんが、こうしてまたお会いできて嬉しく思います」
穏やかな空気をまとわせ、心からの喜びが表現された。
「もういいよ。偽装も隠蔽も完璧なんでしょ?」
それに対し、もはや諦観の域で応じる。青年が当然のように頷いた。
「もちろんです。この室内での出来事が外に漏れる心配は、一切ありません。私たちの役目は、ご令嬢に事情を聴きながら送り届けるだけの使い走りということで」
言葉と同時に、幻術が解かれた。よく知る姿の二人が、そこにいた。
私の目の前に現れたのは、深紅の髪に、同じく鮮やかな赤い瞳をした四十前後の男性。瞳の色も顔立ちも違うのに、雰囲気がキアランとよく似ている。
「お久し振りですね。相変わらずご活躍のようで」
この国の国王、エリアスが温厚な笑顔で挨拶する。その横に控える護衛役の騎士は、元騎士団長のダグラス。ザカライア時代の同級生。
まったくこの国の王侯貴族のフットワークの軽さは、相変わらずだな。半隠居のダグラスひっ捕まえてお忍びの外出だよ。
思わずもう一度、嘆息した。私の正体が完全にバレている。
そりゃそうだよなあ。幼馴染みのコーネリアスの息子だから、生まれた時から甥っ子のように可愛がってきた。ただでさえ観察力に優れた王家の血。面識のないキアランですら、見抜いていたんだもんなあ。エリアスが、私に気付かないわけがなかったか。極力当たり障りない対応に徹してたはずなんだけどなあ……。無駄な努力だったってわけかい。
友達の息子が、今や友達の父親。ここまで付き合いが深い相手なら、まあ納得ってものか。
「あんただって暇なわけじゃないでしょーに。こんなとこフラフラ出歩いてて、城の方は大丈夫なの?」
つい癖で、お説教をしてしまう。昔はアイザックと二人で、若い新国王を左右からあーだこーだとビシバシいびってやったもんだ。
「アイザックに後は任せてきましたので」
だろーね。即位から十七年。なかなか図太くもなったようで何より。アイザックには悪いけど、仕事と外出のフォローを押し付けてでも、こっちに来るべき用事があったというわけだよね。
「もしかして、私が割って入って何か邪魔しちゃった?」
偶然ここにいるわけがないもんな。エイダたち預言者の予知で事前に動いてたんだろう。
「いえ。今日この近辺に現れるという程度で、森林公園とまでは分かっていませんでしたから。さすがにあなたのように、場所と時間まで特定するほどには」
「たまたま近くにいただけだよ。黒い瘴気関係に関しては、すでに私以上がいるでしょ」
私の懸念を否定はしたけど、やっぱり予言自体はあったわけだ。
「ユーカは役に立ってる?」
「はい。成長著しく、今回の予言は、これまでと比べてもかなりの精度でした。だから、私も一度は可能なら見ておこうと、こうして出てきたわけです」
「つまり本番に備えて、ってことだね」
「はい。明後日の建国祭、事件が起こる前提で備えています。そのために、こうして現場の視察にも出てきたわけですし」
「そうだね。間違いなく起こると考えていいよ。今日はその下準備に出てきたんだろうからね。分かってても、中止の選択肢はないんだ?」
「せっかく王都に最強の戦力が集まるわけですから、チャンスと考えています」
なるほど、一理ある。いつどこで事件を起こされるか分からない状況を待つよりは、五大公爵以下強力な戦力が各領地から集まってくれてる今の時期の方が、対処しやすい。
「起こる事態の予測もしてるわけだよね?」
「今日、ネル湖に現れたことを考えれば、断定していいかと」
「だね」
アイザックを通じて報告してある、デメトリアの手記。ネル湖の底に、300年前の魔物が封じられたままになっていると記されていた。
「考えようによっちゃ、解ける可能性のある封印状態のままより、思い切って召喚させてあと腐れなく始末しちゃったほうがいいね。せっかく戦力が揃ってるんだから、一般人の安全を事前に確保した上でだったら、全然アリだ」
「あなたからの賛同を得られたのは、ひとまず安心材料ですね」
「それ関連の事柄に関してはほとんど予言もできないし、あんまり過信されても困るけどね。――で、本題は?」
前置きを切り上げて、率直に切り込む。国王がわざわざ小娘に今後の方針を相談に来たわけもないしね。大預言者としての協力を求められるなら、断るしかないけど。
「そう警戒しないでください。大したことではありません」
睨みつける勢いの私に、エリアスはあくまでも穏やかに答える。
「危険な賭けになるわけですから、私としては少しでも守りは固めたいわけです。当日は何が起こるか分かりませんから、万一に備え、アレクシスのお供という形で、あなたに我々と同席いただければと」
その提案に、少し考えてみる。とりあえず、グラディス・ラングレーとしての私の立場は保証してくれるらしい。
大預言者時代は、こういう儀式の席は、王と同じ場所が定位置だった。要は、一番守らなければいけない対象が一か所にまとまってた。
当然エイダ以下預言者たちもそれに含まれるし、今ならユーカも入る。警護に都合がいいのもそうだけど、何か起こりそうな予知や、その時の助言もすぐトップに伝えられるから。
私が表立って何かするつもりはないけど、ユーカの友達として、王妃のお気に入りとして、同席するくらいのことはそう不自然でもない。
むしろ事件が起こって、トリスタンたちが対処に出張っていくとしたら、戦闘に加われない私は取り残されてしまうわけだ。ロイヤル席という強力な安全圏にいられるのは悪くない。
何か予知なり気付いたことなりがあったら、密かな助言くらいできるし。
っていうか、もうアレクシスにも、私がザカライアだとバレてるってことだよな、絶対。えっ、それじゃ私に気付いてて、キアランに押し付けようとしてたのか!? チャレンジャーだな、アレクシス!! 私が嫁でいいのか!?
あっ、そういや、スタンリーにキアランのこと追及し忘れてた!
――ああ、それにしても、なんだか足元がえらい勢いでボロボロ崩れてる気がするのは、錯覚じゃないよな……。
「――分かった、いいよ。ジュリアス叔父様には正式に要請出しといてね」
特に問題もなさそうだと許可を出した私に、黙って様子をうかがっていたダグラスが呆れたように茶々を入れてきた。
「なんでも好き勝手にやってたお前さんが、今や二十代の若造にお伺いなんざ、なんだかしまらねえなあ」
「ふふふ、そういうのも、なかなか悪くないよ。何しろまだ十六の小娘だし」
からかいの言葉をかわす返事は、それでもまぎれもない本心。一周目の頃には気付かず、ただ鬱陶しいだけだった家族の愛情と束縛。今は、それがたまらなく愛おしい。
それが伝わったのだろう。ダグラスもエリアスも、気がかりが晴れたように笑った。




