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奇襲

 ターゲットが、近付いてきた。


 王都民の憩いの場、森林公園。穏やかな昼下がり、湖畔の畔を散歩する、誰の目にもありふれた母子の姿。


 私は今極限まで集中し、自重なく預言者としての知覚で、直接脳裏にその二人を捉えている。隣のスタンリーだったら、驚異的な騎士の能力で、肉眼ではっきり見えてるだろう。


「本当に、あの幼子が……?」


 スタンリーが不安げに呟く。

 確かに私の見立てが間違っていた場合、白昼の大惨劇だよな。翌日の新聞の一面は、『オルホフ公が幼女を惨殺』で飾られること間違いなし。当然私たちも共犯だ。むしろ私が主犯。

 そんなことはあり得ないけど。


 あんな何も感じない人間がいてたまるかっての。公園を行き交う人々の中で、明らかに異質。いくらみてくれを偽装しても、人間らしさを全く感じない。


 私は優先順位を決めて、ロクサンナにいくつか指示を出している。全部イケればいいけど、グレイスの騎士以上の反応速度を考えれば、成功したとしても最初の一撃だけだろうな。


 物陰で気配を消しながら、奇襲のタイミングを計るロクサンナとグラント。私が「今!」、と心の中で出したゴーサインに寸分違わないタイミングで、ロクサンナが飛び出した。グラントもすぐさまフォローに続く。


 私の第一の指示は、脳味噌の破壊。できれば切り離した部分の焼却まで。その結果を見てみたい。


 結果は瞬きの間に出た。正面から切りかかるグラントをよけた幼女の頭上数十センチを、真後ろからロクサンナの剣が真横に一閃した。


「捉えた!」


 さすがロクサンナ。目に映ってはいなかったろうに、見事な勝負勘だ。

 肉眼なら見当違いな場所に、空を切ったように見えるだろう。でも、瞬時に幼女に見えていた幻が揺らぎ、そこにもっと背の高い実像が現れた。


 次に目に映ったのは、額から上の部分を、真横にスライスされたグレイスの姿。


 ぎゃああああああああああ~~~~~~っ!!!


 そりゃ、脳破壊の指示を出したのは私だけど、グロは無理!!


 思わずビクリとしてしまう。預言者の知覚で、脳内で直接見てるから、肉眼より遥かに詳細に分かっちゃうんだよ。思わず自分のおでこに手を伸ばす。

 次から鏡を見る度に思い出しそうで怖い。


 そんな間にも、グレイスは次の一太刀が来る前には、瞬時に場所を移動していた。何とか目で追えたのはロクサンナだけだ。


 騎士として一流のスタンリーですら、私の視線を追って、初めてグレイスの現在地に気付いたようだ。グラントも大体そんな感じ。やっぱりグレイスは、公爵レベルでやっと張り合えるかどうかの身体能力ってことだ。


 グレイスは湖の上に立っていた。頭蓋の上部がなくなった状態で、何事もないような涼しい顔で。

 離れた場所から、襲撃者の二人を、特に興味もなさそうにちらりと見ていた。


 切り離された部分は、黒い靄に変じて空に散る。

 グレイスの欠損した個所は、ものの数十秒で、一切の名残も残さず元通りに再生していた。


「………………」


 うわあ……。くっつくだけじゃなくて、アメーバみたいに再生もアリ。しかも脳が半分の状態でも、思考と行動が可能。

 本当にバケモンだ。


 反撃も覚悟していたけど、そのまま転移の魔術で湖の上に魔法陣を光らせ、次の瞬間にはグレイスは消えていた。湖面に波紋だけを残して。


「――想像以上に、現実離れ、してるな……」


 息を呑んだスタンリーが、唖然と呟いた。


 あの様子だと、グレイスはすでに用事を済ませてたってことか。あとは帰るだけってとこでの接敵だから、無理に返り討つ必要もないと。


「結局全ては、お前の予測通り、というわけか。――おい、大丈夫か?」


 感想を漏らしながら、スタンリーが私の肩に手を触れ、顔を覗き込んだ。


「ええ、大丈夫よ。さすがに気分のいいものじゃないけど」


 やんわりとその手を外して答えた。

 二度目とはいえ、なかなか慣れそうにはないけどね。


「だったら、向こうに合流しよう。警備が集まってきたようだ」


 突然始まって終わった戦闘に、一般人は蜘蛛の子を散らすように消えた。それと入れ替わりに、巡回の警備員があちこちから駆け寄ってきている。

 ロクサンナを通じて呼んだ国の役人や騎士団員、魔導師も、すぐに到着するだろう。それなりの証言を求められるのは仕方ないか。当然私は、ロクサンナに巻き込まれた体裁で押し通す予定だ。


「手を貸そう」


 護衛役のスタンリーが当然のように手を伸ばした。今いる場所は、森林公園の木の枝の上だ。


「大丈夫」


 一般人向けにしては鬼仕様なここのアスレチックだって、私はこなせるんだぞ。この程度の高さなら問題ない。

 立っていた枝から無造作に飛び降りて、地面に着地した。シュタっ! 10点!!


 おおっと! 運動靴じゃないからそこだけは気を付けてたら、スカートへの注意忘れてたわ。ドレープたっぷりのサーキュラースカートなのに。


「心臓に悪い護衛対象だ」


 あとから降りてきたスタンリーが一言批評してきた。何についてか、詳しく訊くのはやめておこう。キアランならお説教コースだった。でもこの程度のことで他人に抱えられるのは、さすがに抵抗がある。いくら似てても。


「お疲れ様、ロクサンナ。グラントさん」


 二人の元まで歩いて行って労いの声をかける。


「はあ~、確かにあれは数だけ揃えても無理だわ! あんなのどう倒せっての」


 ロクサンナが感心と苛立ち、半分ずつくらいの顔で愚痴った。


「また一つ情報が入っただけでも十分よ。何の被害も出なかったし上出来」

「何なのだ、あれは……」


 グラントも苦り切った表情だ。だから最初から言ってたのに、あんまり信じてなかったのか? というか、全部私の言った通りなのが、気に入らないってとこかな? でも、グラントが囮をやってくれたから、スムーズにいった。


「ありがとうございます。グラントさんの協力のおかげで、また一つ検証できました。父にも伝えておきます」


 ラングレー家の一員として、素直にお礼を言っておく。学生時代から頑固で素直じゃない奴だったけど、別に狭量なわけでもない。鼻を鳴らして答えない代わりに、ちらっと私の顔色をうかがってきたから、衝撃的な光景に、心配してくれてるらしい。デレのないツンか。それ、ソニアには確実に伝わってないから。どこにも需要がないからどうでもいいけど。


 さて、タイムオーバーだ。

 事後処理のための人員が、揃ってやってきた。もう残りの時間を楽しめない。


「とんだショッピングになっちゃったね」

「ふふふ。グラディスといるといつでもエキサイティングだわ」


 ロクサンナと顔を見合わせて笑った。 

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