スタンリー・エインズワース(親友の兄)
随分と面白い展開になった。
明後日の建国祭に備えて、手入れに預けていた武器の引き取りに来ただけだったのだが。
厳格なオヤジと二人での外出。慣れているとはいえ、気詰まりなのは変わらない。さっさと終わらせて、騎士団の訓練にでも参加した方が面白いと思っていたが、予期せぬ事態に予定が変わった。
武器屋の店内で感じた、場違いな闘気。直ちにオヤジと駆け付ければ、そこにいたのはあのオルホフ公と、ラングレー公爵令嬢という、異常に目立つ二人組。
理由を聞けば、ここ数年王都を騒がせている魔物召喚の犯人と戦いに行くという。当然のようにオヤジは協力を即決した。もちろんその判断に異存はない。公爵との戦闘に関われるなど、そうそうある機会ではない。
何より、妹の友人、グラディス・ラングレーにも興味があった。
話題に事欠かない王都一のお騒がせ娘。こうして間近で見るのは初めてだが、オルホフ公の隣に並んでも、その強烈な存在感に何の遜色もない。
さすがに、ソニアを別人のように変えてしまっただけのことはある。
貴族の中でも飛び抜けた武闘派一族のエインズワース家。ゴリゴリの軍隊式教育が合わない子供も稀にいるが、ソニアもその一人だった。
じーさまを始めとした厳つい親父たちに、頭から押さえ付けられて育ったせいで、自信も自分の意志も全く持てない有様。その軟弱さを叱咤され、更に萎縮していく悪循環。親族一同で案じたものだ。
年の近い従兄弟たちも随分気にかけてくれていたが、空回りするばかりでどうにもならなかった。
いつか潰れるのではないかと心配していた矢先、出会ったのがグラディスだ。
あの天才トリスタン・ラングレーの娘は、戦わないがやはり天才だった。あっという間にソニアを魅了し、引っ張り上げてしまった。
それ以降、制御しきれない暴走もたまにはあるものの、ソニアの飛躍的な伸び方は目を見張るものがある。オヤジも口では煙たいようなことを言っているが、内心では感謝しているはずだ。
学園の新歓バトルロイヤルでソニアは、総合1位、個人2位という、一族で歴代最高の記録まで勝ち取った。それも、グラディスのパーティーに所属したからこそ。公爵家や異世界人という曲者だらけのメンバーが、見事に統率されたチームだった。
今、ここでの説明もオルホフ公が進めているが、もともとオヤジを引き入れる提案をしたのはグラディス。この場の流れを支配しているのは、歴戦の戦士のオヤジでも公爵でもない。
それを感じているから、オヤジも苛立ってしまうのだろう。
その上この豪胆さ。少し前から人型魔物の噂は耳に入っていたが、まさか本体がグレイス・ラングレーとは。情報が秘匿されるわけだ。
曲がりなりにも血の繋がった母親だろうに、10代の少女が、平然と倒せと焚き付ける。この非情なまでの冷淡さは、少しも似ては見えないが、やはりあの父親譲りなのか。
「ルーファス・アヴァロンが前に戦った時は、袈裟懸けに真っ二つだったんだけど、上下の部位がそれぞれに独立して動いている感じで、すぐに接続し直して元通りにくっついたわ。血の代わりに噴き出した瘴気が磁石か接着剤みたいだった。見かけは人間だけど、機能は別物と考えていいわ。思考する場所が脳であるかすら疑問ね。そこで、一つ検証してほしいのだけど……」
さっきから実に冷静に、母親の攻略法について提案してくる。どうも、ここで倒せるとは信じていない節がある。実際、ラングレー公ですら、倒せるかは怪しいような言種だ。あの人に元夫婦の情なんてないだろうから、単純に実力の上で。
「最初の攻撃で落とせなかったら、あとの展開は前回と変わらないでしょ。倒せもしないのに無駄に消耗するより、周りの被害を抑える方に動くべきね。どうせ人員が揃うまで待ってたら逃がしちゃうだけだし、少しでもあいつの情報が取れれば成功よ。深追いする必要はないわ」
「了解」
オルホフ公が、疑いもせず指示に頷く。騎士の頂点の公爵が、実戦経験すらない少女を、指揮官として完全に受け入れている。ソニアたちも、学園イベントではきっとこんな感じだったのだろうな。
「見つけた。あれよ」
「あれね、どっち?」
間もなく、グラディスが湖畔の歩道へと視線を促した。指し示されたのは、親子だろうか。女性と幼い少女の二人連れだった。
「娘の方。母親は完全に幻影。無視していい」
「オッケ~」
この、信頼の深さ。俺なら戸惑うところだが、オルホフ公は、迷わずあの少女をぶった斬る意思を固めたようだ。
「じゃあ行きましょう、グラントさん」
やっぱり納得しきれない様子のオヤジとともに、奇襲役の二人が、最短の距離まで移動した。
俺はグラディスの護衛役。正直に言えば、それほどの強敵なら経験だけでも積みたいとは思うが、オヤジよりはまだ俺の方が弱いのだから仕方ない。与えられた役割を果たすだけだ。
むしろ、妹の親しい友人を知るいい機会とでも思うべきか。アレクシス叔母上のお気に入りでもあるらしいし。
「学園で、ソニアやキアランと仲良くしてくれているそうだな」
兄として、学園での様子でも訊いてみようかと話題を出すと、意外な反応が返ってきた。
「ソニアとは親友だけど……」
キアランとは、関係性が思わしくなさそうな言い方だ。
確かに面白可笑しく脚色された二人の噂は、色々と耳に届くが、あくまでいい友人関係だと思っていた。普通の思春期なら気まずくなりそうなものだが、キアランは周りにどう騒がれようが、微動だにしない奴だ。誰が相手だろうが、何を言われようが、そつなく当たり障りない対応に徹するイメージしかない。
相手の女性を根も葉もない噂から守るための気遣い、とか? だが、この場合は考えにくいか。何しろ目の前のグラディスは、王都随一の派手好きな型破り。今更名誉のためだのなんだのと、あえて配慮する要素もないだろう。
「キアランがどうかしたのか?」
疑問に感じて尋ねると、親しい身内の俺への相談のつもりだろうか。グラディスは思わぬ懸念を投げかけてきた。
「ええ。私とは距離を置きたいみたい。個人的な理由で」
「――ふっ」
思わず噴き出しかけた。
――お前、本気で言ってるのか!?
これまでの功績やさっきのやり取りを見ても切れるのは間違いないだろうに、まさかの天然か!? そんな特大のヒントを出されて、どうして気付かない!?
キアランの浮わついたゴシップなど、うちの一族は誰も真に受けてなどいなかったが、まさか本当に叔母上が喜びそうな展開になっているのか?
あの鉄壁のメンタルコントロールを誇るキアランが、下手を打つ姿の想像が付かない。一体どんな話の流れになったら、あいつがそんなボロを出してしまうほど余裕のない状況に追い込まれるのか。
それを考えたら、笑いそうになるのを抑えるのに苦労した。無理やり話を逸らして追及を逃れる。どんな事情かは知らないが、あいつが言わないと決めたものを、俺が口にするわけにはいかない。
それにしても――。
妹よりも更に年下の、あの沈着冷静な従兄弟。昔から有り得ないくらいの隙のなさだと思ってたが、意外と可愛げのあるところも持った奴だったんだな。
250話です。シリアスが増え、クライマックスが見えたような、まだなような。
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