標的発見
森林公園に上空から飛び込み、忍者みたいに木の上を跳びながら駆け抜けていく。
公園内の湖の畔に、グレイスが現れる。これは、未来の決定事項。それも、今すぐにでも。せっかくロクサンナという最強戦力があるのだから、横槍くらいは入れてやる。
なんでこんな街中の近いとこに人造湖、って感じだけど、理由はデメトリアの手記に残されている。
300年前、侵入に成功しかけた強力な特殊個体を、封印した場所だからだ。
森林公園もゲートが繋がりやすいポイントの一つ。大規模な罠を仕掛けて待ち伏せし、そこから飛び出そうとしてきた魔物を、水系の魔術の一斉攻撃で何とかその場に封印した。
つまり、公園内の一部が完全に水没するほどの攻撃でも倒せなかった規格外が、ネル湖の底に眠っていることになる。
そこにグレイスが現れるというなら、もう何をするつもりなのかは、推して知るべし。
行動パターンからして、イベントでやらかす奴だから、明後日の建国祭に備えて、何かの仕込みに来たってとこだろう。
完璧に潰せれば一番だけど、妨害するなり情報を掴むなりの収穫だけでも欲しいとこだ。
「ここで止まって」
森から抜ける手前で、ストップをかける。
ロクサンナとグラントたちは、木の茂みの中で移動を止めた。
枝の隙間から、柵に囲われた湖が見通せる。外周は散歩コースになっていて、王都民ののどかな日常が観察できる。
ロクサンナの腕から枝の上に降り立ち、湖周辺を警戒した。
「夏祭りの時もそうだったけど、あいつは人の気配を探る能力はそれほどでもなかったから、ここからこっそり探すわ」
思い返してみると、あのグレイスは人間に対して相当無頓着だった。攻撃してくる騎士たちすら、羽虫がうるさくて手で払ってるくらいの印象にしか見えなかった。絶対的に強い分、周りに注意を払う必要性を感じないのかもしれない。
3人ともさすが一流騎士で、移動の最中から気配が皆無。その意味で一番危ういのが私なんだけど、これだけ距離を開ければ、一方的に発見できるはず。
「こんな距離から分かるのか?」
グラントが怪訝そうに尋ねる。確かに騎士や魔術師ならともかく、一般人だと顔の判別が難しいほどの距離。
「問題ありません。私、感知能力だけは父並みですから」
自信満々で断言すると、白い目が向けられる。
「ふん、大きく出たものだ」
あのトリスタンを引き合いに出したのだから、否定的な反応も無理はない。私としては、大分控えめに言ったつもりだけどね。私やトリスタンの感知は、魔術じゃなくて預言者としての能力だから、基本性能が騎士とは桁違いなんだけど。
「ところで、人型魔物というのは、どういう外見なんだ?」
これまで大人しく従っていたソニアのお兄さんのスタンリーが、落ち着いたところでようやく口を開いた。いきなり父親の独断で巻き込まれた割には冷静。頑固オヤジより柔軟そうだな。
「王都在住の騎士の間では、人型魔物の噂は確かに流れているが、魔術特化型と聞いている。魔術で外見を変えられていても分かるのか? あるいは、認識阻害で姿を消されていた場合は?」
至極当然の疑問を呈してきた。公園内は特に結界もない自由な空間だ。確かにお尋ね者になった現状、外見を変えるなり、目隠しをかけるなりのことくらいはするか。
まあ目撃者云々は、同行するための口実に過ぎない。見た目が違っても、私ならイケるだろう。
「それも、どちらも問題ありません」
揺らがない自信で請け合う。基本的に、向こうの世界と繋がりの強い存在は感知しにくいけど、それはそれで手掛かりになる。
本気で見ようと思えば、目の前の人間の運命やらなにやら、色々見える。つまり逆に、何も見えなければ、それで特定できるはず。情報のない人間、情報のない空間――そういう不自然なものを見極めればいい。
「それより一つ注意事項が。人型魔物の外観は、私とそっくりなので、討伐時に戸惑わないでください。ここにいる私がグラディス・ラングレーですから、他にいたら倒して構いません」
飛び出した問題発言に、かすかに驚きの空気が広がる。目を丸くしたロクサンナが、真っ先に問いかけてくる。
「なんでそんなことになってるの?」
「魔物が取り込んだ肉体が、グレイス・ラングレーのものだから」
「――それって!?」
その意味に気付いて、衝撃よりも、やりにくさのような反応がうかがえた。確かに普通なら、娘の目の前で母親の肉体を攻撃とか、気が引けるかもしれない。
「ラングレー家もイングラム家も承知の上で無関係と取り決めてあるから、遠慮なくどうぞ?」
注目を浴びながら、むしろけしかけてやる。逆に遠慮なんかされたら困るからね。更にダメ押しの挑発。
「トリスタン・ラングレーでも倒せるかどうかのバケモノよ? 怖気付かないでね?」
「まったく! 性格の悪さは相変わらずね!」
ロクサンナはそれで、気遣いも追及もやめた。心配して損したと今にも言いそう。
脳筋騎士たちの気合スイッチが、明らかに切り替わった。それでいい。
この先にやってほしいことを、ロクサンナとグラントに軽く打ち合わせておく。
そう遠くないと予感した瞬間は、それからすぐ、あっさりとやって来た。
私の肉眼では、遠くて顔かたちは全く分からない。でも、他の通行人と明らかに違う。人間の気配も生活も何も感じない。私の予感をすり抜けるように。
「見つけた。あれよ」
「あれね、オッケ~」
2~3のやり取りの後、どこか不服そうなグラントを連れて、ロクサンナは奇襲のため、可能な限り距離を詰めに行った。
ある程度の指示は出したけど、戦闘は騎士の分野。あとはお任せで結果待ちだ。じっくり観察させてもらおう。
枝の上には、私とスタンリーが残される。
「俺は、お前の護衛か……」
スタンリーが私の隣で憮然と呟いた。
「悪いわね。今日はロクサンナと二人でショッピングのつもりだったから、他に護衛がいないのよ。ロクサンナには気兼ねなく戦闘に集中してもらわないとだし」
グラントは友達のお父さんとして扱うけど、こっちはお兄ちゃんだから、もうちょっと砕けた口調でいいだろ。
「気にするな。与えられた役割は、きっちりこなす」
薄い表情で淡々と答える様子を、ついまじまじと観察してしまった。強い敵とやり合う絶好の機会だったろうにね。残念さを見せるのを抑えてくれている。
年が離れてるから、ソニアとの付き合いの中でも、これまで関わったことがなかった。同年代の従兄弟たちなら、そこそこ会う機会もあったんだけど。
改めて間近で見ると、やっぱりよく似てるなあと、思わず感心する。
「なんだ?」
「キアランに似てるな、と思って」
髪の色こそソニアと同じ黒だけど、顔立ちとアメジストの目が、キアランとそっくりだ。口調や立ち居振る舞いも共通している。確かルーファスと同年だったかな。すっかり青年になったキアランという感じだ。
「ああ。従兄弟の中では、俺が一番似ているかもな。それにあいつは、王家よりも、エインズワース家の影響が強いからな。物心つく前から、アレクシス叔母上に連れられて、うちの領地の狩場に入り浸っていた」
なるほど。確かに、コーネリアスやエリアスとは印象が大分違うもんね。ふふふ。キアランの本質は父方の王家寄りだけど、より強い原体験は母方の硬派一族ってわけだね。
「学園で、ソニアやキアランと仲良くしてくれているそうだな」
質実剛健なグラントと違って、スタンリーはちゃんと父兄らしいトークもできるらしい。思わず場違いな感心をする。でも、キアランに似た顔で言われて、なんか微妙な気分になった。
その反応に、スタンリーが怪訝な目を向けてくる。
「何か問題が?」
「ソニアとは親友だけど……」
あれから普通に接してはいるけど、モヤモヤしたものは残っている。身内についこぼしてしまう。さすがに親御さんにご相談というわけにもいかない。この場合国王夫妻になっちゃうもん。両方教え子だし。
「キアランがどうかしたのか?」
意外そうに聞き返してきた。
うん、そうだよね。私だって自分で体験してなきゃ、キアランらしくないと思うとこだ。
「ええ。私とは距離を置きたいみたい。個人的な理由で」
「――ふっ」
スタンリーが、いきなり噴き出しかけた。慌てて口元を抑えても、どう見ても笑うのを我慢してる感じだ。
「なんでそこで笑うの?」
「いや――あとにしよう。始まりそうだ」
笑いを何とかひっこめたスタンリーが、湖畔近くの茂みに身を潜めているロクサンナたちに視線を送った。
明らかに話を逸らされたけど、今はそっちの方が確かに先決だ。
「あとで? 忘れないでね」
雰囲気は似てるけど、笑い方はやっぱり違うなあなんて、どうでもいいことを思いながら、私も意識を切り替えた。




