趣味と実益
「朝からずいぶんご機嫌だね」
朝食の席で叔父様に指摘され、私は元気に頷いた。
「はい! 今日はお友達がいらっしゃる日ですから」
「ああ、それは楽しみだね」
「はい!」
叔父様もすぐに気が付いて同意してくれる。月に1~2回、とても忙しい中、屋敷に訪ねてきてくれる親友。
記憶が戻った今だって、楽しみには違いない。
朝食をしっかりとった後、習慣にした朝の軽いエクササイズをすませてから、迎え入れる準備をする。
応接室の机の上には、たくさんの紙の束。そして、いくつかのアクセサリー。大体用意が終わったところで、待ち人が到着した。
私は一目散に玄関まで出迎えに行く。
そこには20代半ばほどに見えるブルネットの妖艶な美女がいた。
「グラディスちゃーん、調子はどう?」
「ばっちりよ、サロメ。あと、早速新しい企画があるの」
「それは楽しみねえ」
私は笑顔で答え、彼女を連れて部屋へ戻った。
現在の私の一番の親友。王都一との呼び声も高いオートクチュールブランド、マダム・サロメの代表、サロメ。
中身はアラフォーのおじさんだけど、彼女を彼として扱う者は誰もいない。実際美意識の高さは私の知る中でも並ぶものなく、そのよく似合う派手な装いは女神のごとく麗しい。
初対面は5歳の時。当時すでに飛ぶ鳥を落とす勢いだった人気デザイナーのサロメに、公爵令嬢のグラディスお嬢様が仕事を依頼した。
保守的なデザインが多い王都の流行の中、サロメの提唱する斬新なスタイルが、私のお眼鏡にかなったわけね。
サロメが持ってきてくれた衣装は確かに目新しかったけど、正直私には物足りなかった。顧客が公爵令嬢ということもあって、大分妥協したデザインに抑えちゃってたんだよね。まあ、今までもいろんな圧力とかあって、警戒してたんだろうなあ。私はその場でハサミで切り刻み「こんな感じにして!」と、自分好みのラインに即席で作り変えてやった。
「あなたのゴールはどこ? これはあなたの本気の仕事じゃないでしょ」って。
サロメは怒るどころか感激して、すっかり意気投合した。それ以来の付き合い。
店を出すときはラングレー家がスポンサーになったけど、今では完全に独り立ちしてる。王都でマダム・サロメのドレスを持っていない令嬢は田舎者扱いされるほどのクチュールに成長した。
本来なら注文しても早くて半年待ちってとこだけど、私は特別。
何故なら、私もマダム・サロメのデザイナーの一人だから!
私が全部他人任せにしたデザインで満足するわけないよね。出会ったその日に見せられた幼児が描いたクレヨンのデザイン画は、天地がひっくり返るほどサロメを驚愕させた。
今まで見たこともない、前衛的ながら洗練された意匠。目から鱗がボロボロ剥がれ落ちたそうだ。
まあ、それは当然だよね。なんせ1周目の世界のデザインだからね!
記憶もないのに、デザインの知識だけ幼い頃から表出してたって、私どれだけファッションに執着してたんだろうね。許される環境になって、爆発しちゃってたみたい。
さすがに時期尚早と判断して、頭の中に留めているアイデアのストックは、まだまだたくさんある。
今の野望は、露出の多いドレスを流行らせることだ!
私がダイナマイトバディーに育つ頃までには、達成してやるぜ!! 予定ではあと、5~6年だ!!
だから私が着るドレスはほとんどが自分のデザイン。出来上がったらサロメに真っ先に仕立ててもらう。数回お披露目して満足したら、同デザインの一般販売を解禁する。
お互い持ちつ持たれつということでいい感じに契約してるから、本来超高額のはずのマダム・サロメのドレスを、私はうなるほど持っているのだ。うはははは! 世の御婦人方よ、存分に羨むがよい!
「それで、新しい企画って?」
「それはこれよ!」
早速尋ねるサロメに、デザイン画の束を見せる。
「女性用のトレーニングウエア。王妃様も若い頃は実家の領地で魔物狩りしてた武闘派でしょ? 戦う貴族女性に一定のニーズがあるはずだわ」
「わあ、素敵! とてもトレーニングウエアに見えないわ」
サロメが目を輝かせて、一枚一枚に目を通していく。
「でしょ!? 動きやすいのに、女心を鷲掴みにするフェミニンなデザイン! しかも機能上シンプルさ、丈夫さが要求される服だから、仕立ては簡単で、利益率も高い。更には破損率も高いから、一度に複数枚の購入が見込めるでしょ? 貴族女性に流行りだせば、あっという間に一般人に広まるわ!」
「いいわね! 早速会議にかけてみましょう」
「マダム・サロメの高級イメージを損なわないように、別ブランドを立ち上げたほうがいいかもしれないわ」
「そうね。そろそろ部門の細分化は考えていたのよ。いい機会ね。そこも進めていきましょう」
とんとん拍子で話が進む。そこでサロメはふと思いつく。
「部門と言えば、まずアクセサリー部門を立ち上げたいんだけど、いけそう?」
「もちろん。専任デザイナーとしてアイヴァンの名前使っていいわよ」
「ああ、助かるわ! ますます繁盛確実よ!」
盛り上がった話の中で、数点のアクセサリーを乗せたトレイを出した。
「これ、最新作よ。私にはまだ大人っぽ過ぎて着けられないから、売りに出していいわよ」
「ああ、グラディスちゃん、大好き~!!」
アラフォーの女装おじさんが、私に抱き付いて喜ぶ姿は、なんかシュールだ。でも、親友が喜んでくれて嬉しい。私も稼げるしね。
実は巷に彗星のごとく現れた天才彫金師アイヴァンとは、私のことなのだ!!
まあ、のめり込むいつものクセが出たというか……。私のイメージするアクセサリーを作ってくれる職人がいなかった。業を煮やした私は6歳の頃、彫金師の職場に通って一通りの知識を学習した後は、独学で彫金技術を身に付けた。
その目を引く独創的なデザインと繊細な技術は、あっという間に王都で話題独占。出回った作品の数が極めて少ないこともあって、現在、商品価値がうなぎ登りの状態で、私の懐も熱さで火を噴く勢いだ。
そしてもしサロメに出会っていなかったら、私はお針子技術も身に付けていたに違いない。
叔父様のアドバイスもあって、私が商売的なことに手を出していることは秘匿されてる。なんか、色々面倒になるらしい。もちろん叔父様の言うことだから、全面的に従った。金銭面とか興味のないことは全部お任せしちゃってるしね。
二人でたっぷり盛り上がって、具体的な話も色々進め、ハイテンションのままサロメは帰っていった。
「お嬢様、嬉しそうですね」
「ええ、とてもいい仕事ができたわ」
ザラに満足の笑顔を返す。
うん! 今日も充実!! やっぱり好きなことに打ち込める環境ってサイコーだね!
欲しかったトレーニングウエアの試作品は、早速数日後に届くことになったよ。