女子トーク
ロクサンナと女二人で、気ままなショッピング。貴族御用達の専門店街のアーケードを、行先も決めずに見て回る。久しぶりで超楽しい。
色々な商品を見るだけでも、インスピレーションが湧いてくる。
自社ブランドの広告塔として、よその服に手を出してほしくなさそうな圧力は社内からひしひしと感じるけど、そんなものは気にしない! 私は着たい服を着るのだ。権利関係の概念薄いから、最悪うちで個人的に作るしね。
「あ、グラントだ」
どこかの入口に姿を消した二人の男に目を止める。その片方が、ソニアの父親だった。王妃になったアレクシスの、5人の脳筋兄貴のうちの一人。
もちろん昔の教え子だけど、現状はソニアの父親で、キアランの伯父さん程度の知人に過ぎない。大分前に伝え聞いた話だと、どうも私は、娘を不健全な道に引っ張り込む不良扱いされていたらしい。今はどうか知らない。厳格なパパさんの、友達はちゃんと選びなさい、ってやつだね。今のソニアなら、そんなのに全然負けないけど。
何の店かと看板を見れば、武器屋だった。高級紳士服店と同じ並びに高級武器屋。我が国の騎士職は大半が貴族だから、こういう珍妙な光景が普通にある。
きっと妙に場違いに感じるのは、私みたいな異世界人だけなんだろう。買い物がいっぺんにすんでむしろ合理的だよね。レストランに行けば、クロークにコートを預ける如く武器預けてたりね。
グラントもそうだけど、明後日の建国祭に備えて、各地の有力貴族が王都入りしているせいで、さっきから知った顔がちらほら見える。
その中でも、ロクサンナは国内トップクラスの有名人。並んで歩くと当社比3倍くらいで目立つ。もちろん私だって、知名度では劣っても、ビジュアルで負けるつもりはないぞ。大人の女の隣で、若さで勝負だ!
「ねえ、グラディス。さっきから青少年の熱い視線を浴びてるわよ。中身がアレなんて、誰も思わないものね。誰か適当につまみ食いしてく?」
ロクサンナがくすくすと小声で笑う。
一応思春期真っ盛りのはずの乙女に、なんて誘いをしてくれてんのだ! ただれた大人め! この辺うろついてる奴は教え子とかその血縁者だらけで、不必要に関わりたくないんだよ!
そもそも恩師に向かってアレとはなんだ、まったく! クソババアをオブラートに包んだ感じか! 便利だな、アレ!
「人のことより、あんたはどうなってるの。もうそれなりのトシでしょ。いつまでも恋多き女とか、まったくいいご身分だよ。生涯独身通すの?」
ザカライアみたいに、と心の中で付け足す。
こんな選択肢無限大の美人が、結婚できるのにしないとは、なんてもったいなさだ。私の私情が多分に入ってる感想だから、大きなお世話なんだろうけど。
世話焼きオバちゃん化しそうな勢いの私に、ロクサンナはあっけらかんと答える。
「私、弱い男はパスだから」
「あんたに釣り合う強い男なんて、超希少な上問題児だらけだよ。トリスタンとかハンターとか」
「だから結婚する気が起きないんでしょ~。私以上とまでは言わないけど、私の許容範囲に入る強さの男って、大体は支えてくれるタイプじゃないんだもの」
「そりゃ、そこまでのレベルになるとねえ」
「まあ、後継ぎ問題はヴァイオラに任せて、好きにやらせてもらってるわ」
当主の役割の一つを姪っ子に丸投げし、意味ありげな笑みを投げかけてきた。
「で、グラディスこそどうなってるのよ? 第2の人生、ちゃんと恋と青春を謳歌してる?」
「それはまあ、これでも正真正銘16歳の乙女ですから!」
実際は記憶の範囲だけでも第3の人生だけど。
そして見栄は張ったものの、結局のところ相変わらずの年齢イコールカレシなしだ。一体どこに謳歌要素があるのかと。
理想と現実のせめぎ合いで、ドツボにハマって迷走中な感じが否めない。理想にさえ目を瞑れば、結婚できないこともないだけになおさらだ。
「あんた学生時代も派手だったもんねえ」
思わず遠い目をして、話題を逸らす。
「あら、今だって、まだまだ落ち着いてなんかいられないわよ。王都に来るお楽しみの一つは、新たな出会いなんだから。グラディスもやっとゴシップに参戦できる身になったんだから、目いっぱい楽しまないと損よ。周りは有望株だらけでしょ。私の学園時代と違って、強い男だらけでうらやましいわ! 真面目に考えずにちょっと遊んでみたらいいのよ。教育者でもあるまいし」
おお、さすがリア充の肉食女子! ぜひご教授いただきたいところ! ――と言いたいとこだけど。
「そういうの楽しめるタチならいいんだろうけどねえ……私、本命一人いれば十分なんだけど」
その一人が、果てしなく高い壁なんだよ。友達ならともかく、ときめかない相手と無理に付き合いたいとも思わないもん。ストレスにしかならない。
そんな私に、ロクサンナが呆れた目を向けた。
「中身ババアのくせに、変なとこ乙女ねえ。気軽に楽しめばいいのに」
「ババアとか言わないでもらえる? 私、あなたより年下ですから。年齢半分の小娘ですから」
「まったく詐欺だわ! あの男どもに外見に騙されるなと教えてやりたいわね」
「何のことやら。身も心も見た通りの乙――」
現在忌憚なく言い合える女友達にジョブチェンジした元教え子と、言い合いながら歩く足が、そこで止まった。
「――まさか、今……?」
頭の中にはっきりと浮かんだビジョンに、思わず呻く。
あいつらに関しては、これまでほとんど見えたことがなかったのに、なんでか、今はっきりと感じ取れた。
見えたのは、グレイスの姿。こちらの動き次第で、このあと接触する。
「グラディス?」
怪訝そうに振り返るロクサンナに、抑揚のない声で尋ねた。
「あんたクラスの強い敵が近くにいるって言ったら、どうする?」
「もちろん戦うわ」
間髪置かずに、答えが返った。雰囲気が瞬時に戦闘モードに切り替わる。
「それでこそ公爵だね」
はあ~、なんで私のお楽しみの日にばかり、やってくるのか。狙ってんじゃねえだろうな、まったく!
休日のショッピングは、早くもお開きが確定した。




