餌やり
国と学園の裏側を、秘かに騒然とさせた学園生暗示事件から1ヵ月。結局重大な事実は、ほとんど何も判明しなかった。
14人の被害者たちは、王城で各種専門家たちから数日かけてみっちり調べられたのに、成果はなし。これといった情報はまったく引き出せないまま、日常に戻された。
それぞれ口止めはされてるけど、普通の学園生活に戻れてまずは一安心。
復学初日、ベルタは何事もないように、いつも通り教室に来ていた。いまだに何があったのか、全く把握できてないようだった。自覚がないから仕方ない。ただ、私に何か良からぬことをしたのかだけは気にしてたから、特に何もなかったと答えといた。強いて挙げるなら、笑わせてもらったとだけ。根が素直なベルタは、首を捻りながらも、安堵とともに納得してくれた。
前後して、私の教室まで押しかけてきたのがガイ。
「傷ものにした詫びに責任取るから嫁に来い」とか抜かすから、速攻でお断りした。詫びどころか何のイヤガラセか。そもそもその言い方だと、著しい誤解を生じるじゃないか。実際教室がざわついたっての。この期に及んで、まだ私に迷惑をかける気か、コノヤロウ。
ガイの実家のハンター家は、誘拐事件の時の王都別邸の件に加えて、跡取り息子をコケにされたことでも怒り心頭だった。犯人の手がかりさえあったら、間違いなく一族挙げて乗り込んでくとこだろう。
学園も調査機関も、ラングレー家とハンター家から、早く犯人を特定しろと、ゴリゴリに圧力をかけられてて、大変らしい。ファーガスの胃が心配だ。
でも結局、こんな事件を起こした目的も方法も見当が付かなくて、ひたすら不気味。
状況証拠としては、グレイスか、その関係者、と想定されてるけど、証明はされてない。仮に事実だとしても、所在地すら掴めないんじゃ、どうしようもないけど。
私含めた関係者はみんな、釈然としないままだけど、これ以上特にできることもない。私の日常生活も、護衛にがっちり固められつつだけど、あれから何事もなく送れている。
ただ、調査関係者の学園内への出入りは、今もちょろちょろと続いている。冬期休暇になって、学園生の登校がなくなったら、大規模調査が入る予定になっている。私とキアラン、ガイは、当事者として実況見分の協力を求められている。めんどくさい。
今日も無事学園での1日を終え、教室に荷物を取りに戻る。今日の最後の授業は、友達が他にいない。でも一人で歩く私の後ろには、常に女性の護衛騎士の姿。コレットが影のようにぴったり付き従ってるから、関わってくるのは知り合いくらいしかいない。
「寒っ」
本校舎に続く渡り廊下に出た途端、吹き付けてきた冷風に、思わず震え上がった。秋ももう終わりだな。
学園は制服には基準があるけど、コートは自由。毎朝選ぶ楽しみがあるから、寒くなるのも悪くない。
私のデザインしたものを着てる生徒をチェックするのも、仕事を兼ねた趣味の一つだ。
この冬売り出した商品のあれこれを考えながら歩いていると、裏庭の方に向かう気配を感じた。一瞬で茂みの奥に消えてしまったけど、間違いなくトロイだった。調査のために、校舎で最近たまに見かけることはあるけど、こんな場所にいるのはおかしい。
女子生徒でも連れてたら、スルーするか、あえて乗り込むか迷うとこだけど、単独行動のようだった。
なんで人知れず、人目につかない裏庭なんかに行くんだ? 今は、少しでも怪しい動きを見せたら疑われる状況なのに。
「ちょっと、見てみよう」
私一人なら躊躇うとこだけど、今は護衛付き。煩わしさはあったけど、こういう時はスゴイ便利だな。コレットと二人でこっそり後を付けてみた。
トロイの姿は、特に見失うこともなく、あっさりと見つかった。
何やら小型の四つ足動物3頭に、エサを与えている。敷地内に山があるから、校舎周りに野生動物が迷い込むことは珍しくない。
居着かれたら困るから、一応校則で、野生動物への餌やりは禁止されてるんだけど。もう卒業したから関係ないってか?
可愛いけど、何の動物だろう? 基本的に都会育ちの私は、この世界の動物に詳しくないんだよね。
生活の必要上詳細な魔物図鑑はあっても、動物図鑑は趣味の範疇で充実度がえらく低い。
前世の記憶を頼りに、近いものを挙げるなら……。
「タヌキ?」
怪しい点は特になさそうだと判断し、コレットを後ろに控えさせて、トロイの傍まで歩み寄ってみた。
「よく似てるよね。知ってた? タヌキって、イヌ科の動物なんだよ」
私に気付いていたのか、トロイは振り向きもせずに応じた。
「僕、昔は犬、2頭飼ってたんだ。生まれた時から兄弟同然で、すごく可愛がってたから、先月、コイツら見つけたら懐かしくなってさ」
言いながら、紙袋からパンくずらしきものをポイポイ放り投げる。
警戒心の強そうなタヌキもどきが、口に咥えては一撃離脱を繰り返してて、これは確かに面白い。
「動物って癒されるよね」
「それで学園に来る度に餌付けしてたの?」
ちょっとうらやましく思いながら、後ろから観察する。
「野生動物の保護やら権利やらうるさく言う奴もここにはないし、無責任に可愛がれていいよね。ただ、こっちの動物は、あまり可愛げはないんだよねえ。野良を拾ったりもしたけど、懐かなくてつまらないし。こっちの世界にも『ゴールデンレトリバー』いればいいのになあ」
素っ気ない口調で、私の方を見もせずに呟く。その様子に、明らかな違和感を覚える。
「今日はいつもと違うね」
私の指摘に、トロイはエサを投げながら長い息をつく。
「ここしばらく連日駆り出されちゃってさ、街にふらっとナンパに行くこともできなくなっちゃったし、最近ちょっとお疲れ気味だね~。僕だってたまにはテンションが下がることもあるよ」
「それが素なんだ? 疲れるなら、ずっとそのままでいればいいのに」
初めて見る珍しい姿は、なんだかすごく力が抜けていて、どこか投げやりな感じさえする。ホントに疲れてるみたいだ。
でも、いつものヘラヘラ笑う姿と違って、今のトロイなら無理に突き放そうとは思わない。
「今更キャラ変えるとか、かえってメンドくさいでしょ」
「まあ、確かに戸惑うことは多いけど、すごく楽になるよ」
「君はキャラ、変えたクチなんだ?」
「――そんなとこ」
少なくともザカライアの頃とは違って、自分の人生にちゃんと向き合う努力はしているつもりだ。いまだに拗らせの残滓に、ままならない思いをすることはあるけど。
「あんただって、まだ20代前半でしょ。人生長いのに、そんなんでこの先持つの?」
「別に、今が楽しければいいよ。後なんて考えない」
「……」
こいつ――完全に典型的な、今時のダメな若者を、地で行ってやがる。
「ただ、その今があんまり楽しくなくなっちゃったのが、問題なんだよねえ。それともグラディスが付き合ってくれる? ああ、それは楽しそうだなあ」
「傷をナメ合う人生なんて御免なんだけど」
「君といいユーカといい、僕の周りはタフな女の子だらけだよね、ホント。繊細なのは僕だけだ。労わってほしいよ」
皮肉に呟き、空になった紙袋を畳んで立ち上がった。ようやく振り向き、何かを思い出したように私を見た。
「あ、そうだ。君の報告書、僕も読ませてもらったよ。今回の事件の発端になったやつ。ガイに殴られたとこは、もう平気なの? ぷっ、確かベルタにも殴られてたよね」
「笑い事じゃないでしょ。一応直撃は防いだし、すぐに治癒してもらったから、問題ないよ、ほら」
手を伸ばされる前に、掌を見せてやる。
「そう。大事にならなくてよかったね。君は戦闘はできない人だと思ってたけど」
「今はね。でも前は『空手家』だったから。甘く見て妙なちょっかい出したら、手ひどい目に合うからね」
「『空手家』?」
私の軽口の警告に、トロイは首を捻る。
「ユーカも、聞いたら僕とほぼ同じ時と場所から来てたんだよね。君も地元の人だったとしたら……まさか、格闘4兄弟の末っ子だったりして。僕が転生するすぐ前くらい、落雷で即死とか、全国ニュースで騒がれたてたんだよね。地元のスターだったし、空手やってたクラスメイトなんか、大騒ぎだった」
「……」
無言の私に、トロイは目を丸くした。
「マジで!?」
まじまじと私の顔と全身を眺め、感心しきりに言った。
「美人に生まれてよかったねえ」
はあ!? 何だとコノヤロウ!! 今前世の私を思い描いたな!?
「ちょっと、どういう意味!?」
「いやいや、他意はないよ」
他意しかないだろ!? 私だってそう思ってるよ、コンチクショー!! 記憶戻った時は、マジで神に感謝したからね! でも、人に言われると腹立つわ!!
「美人は怒っても美人で、得だねえ。どう? この後デート」
「しない!」
涼しい顔で、いつものように私の手を取ろうと伸ばしたトロイの手を、バチンと叩き落す。
すっかり元通りか。ナンパ野郎には手加減しないぞ。他を当たれ!
結局通常営業に戻ったトロイの拗らせぶりに、やっぱり難しいと、内心溜め息を吐いた。
私はちゃんと、この域からくらいは抜け出せてるよねえ? ちょっと心配。




