反省文
「今日はもう帰った方がいい」
少し落ち着いたところで、キアランがそう勧めてきた。
「そんなにひどい顔してる?」
やっと涙が収まった顔を、両手で抑える。
「ここで治癒できればよかったんだが」
キアランが明言を避けたところを見ると、相当らしい。確かに人がたくさん戻ってきて、そんなのを見られるのは遠慮したい。特にマックスにでも見られたら、大変だ。
「分かった。そうする。あと、頼んでいい?」
「ああ」
提案に素直に従うことにして、帰り支度をした。学園の敷地外に出たら、家に戻る前に、コレットにでも治してもらおう。
扉を出ていく前に、キアランにもう一度向き直る。
「キアラン。さっきは、取り乱しちゃってごめんね。それと、ありがとう」
感情をすっかり吐き出せて、ちょっと前とは比べ物にならないくらいサッパリした気分でお礼を言った。振り返ってみると、キアランの助言のあとは、いつもそうなってる気がする。心が、すごく軽い。そして、温かい。
もっとも今回の問題の原因は、キアラン自身だったけど。
「――いや。俺も、悪かった。気にしないでくれると有難い」
キアランは少し困ったように、無理に微笑んだ。やっぱり、私に言うつもりはないらしい。でも、気にしないと決めたから、もういい。
心からの感謝を込めた笑顔を返して、教室を出た。
ドアの外で待機してたコレットは、私の顔を見て少し驚いたようだけど、何も言わずに護衛の仕事に徹してくれた。
そのまま誰にも会わずに、屋敷に戻った。
今回の件は、まだこれで終わりじゃない。
学園から、始末書的なものの提出を課されている。
緊急処置とはいえ、学園内での魔術使用に対しての詳細な報告を出さなければならない。私は当事者とはいえ被害者で目撃者ポジションだから、その程度で済む。
でも実際に使用した罪を、一人でかぶってくれたキアランは、反省文も出さないといけない。
本当に泥をかぶせてばかりで申し訳ない。さすがに事情を考慮して、処罰はないけど、形式には従わないと、ということだ。
記憶がないのに、同じく校則を破ったことになってるガイなんて、更に踏んだり蹴ったりだ。魔術使ったのは私なのに、魔力はガイのものだから、私は検知されなかったのだ。無実の罪をかぶせて悪いけど、ガイに記憶がなくてよかった。あとでなんか差し入れでもしとこう。
差し障る部分だけ取り除いて、詳細な事実をできるだけ客観的に書き上げた。ガイの暗示が何故解けたのか、の部分は謎のまま。私がやったとは言えないからね。私はあくまでもただの被害者。細かいことなんか知らんの精神で、開き直るしかない。
叔父様には今日の調査結果が知らされてるだろうから、更に心配させちゃうのが気が重い。
ガイ含め、全部で14人もの生徒が、召喚犯人に操られていた上、私を狙っていた可能性が高いというのだから。
私が異世界転生者であることを知っている叔父様からしたら、生贄関連での干渉としか思えないだろうなあ。一応預言者関連もあるけど。身に覚えがあり過ぎて特定に困るわ。
これ以上警戒態勢整えるとなったら、屋敷に引き籠るしかなくなっちゃうじゃん。せめて学園内に護衛を付けるとこまでで勘弁してほしい。これだって相当だぞ。
考えながらなんとか報告書を書き上げ、ゆったりティータイムに入ったところで、慌ただしくマックスが入ってきた。いつもならなんだかんだで訓練に明け暮れてるのに、随分早い帰宅だ。
「グラディス、どうだったんだ!?」
開口一番に訊いてくる。当然のように私の隣に腰を下ろして。
「そんな慌てて戻ったって、結果は変わらないよ」
少し咎める口調で答える。
「前にも言ったでしょ? 心配してくれるのは分かるけど、私のせいで、自分のやることを蔑ろにしてほしいわけじゃないよ。今は、護衛だってたくさん付いてるんだから」
「分かってるよ。話聞いたら、また戻るから!」
夜まで待てなかったのか、まったく。思わず溜め息を吐く。
「じゃあ、聞いたら、自分のスケジュールに戻りなよ?」
釘を刺してから、今日の調査での結果を、包み隠さず報告した。ベルタの件では、やっぱりぽかんとする。
「意味が分からない。ベルタのパンチに、何の意味があるんだ?」
「――ねえ?」
私も、他のみんなも同感だよ。単に暗示にかかりやすいタイプを片っ端から選んだだけなのかな。
「でもその結果を見る限り、学園関係者の手引きとか関与はどう考えたってあるだろ?」
「だろうね」
険しい顔つきのマックスの指摘に、素直に頷く。間を置かずに私の方が口を開いて、機先を制する。
「だけどさっきも言った通り、護衛はついてるから。あまり過剰な心配はしないで? あんたの手が必要な時は、ちゃんと言うから」
きっちり警告されて、マックスは不服そうな顔で言い返した。
「それは、キアランも同じスタンスなんだろうな?」
「は?」
なんで急にキアランが出てくんの。キアランがガイを制圧した事実が伝わってるから、またライバル心が膨れ上がっちゃったのかな。
「そりゃ、困った時は頼るつもりだけど、マックスよりかはずっと遠慮してるでしょ」
そこでふと疑問に思う。
「マックスは気付いてた? なんかキアランって、私から距離を取ってない?」
私の問いにマックスは一瞬目を見開いてから、苦い表情をした。このヤロウ! 知ってたのか!?
「何で教えてくれなかったの? 問題があるなら、ちゃんと改めるのに。気付いた時、ちょっとショックだったよ」
「あいつがどういうつもりかなんて、知らねーよ」
非難する私に、マックスも不機嫌そうに吐き捨てる。
「スタートラインに立とうともしねえ奴に、俺は絶対に負ける気はねえけどな」
やっぱり対抗心だけは満々で、宣言した。
「――スタートライン?」
「お前は知らなくていい」
「またそれ!」
マックスが分かっていて私が分からない事態というのは、そうそうない。はっきり言って異常事態だ!
マックスが対抗心を持つとなると、戦闘面か恋愛面くらいなんだけどなあ。戦闘なら、どう考えても地力でマックスが上。
だから、多分恋愛的な意味で言ってるんだろうけど。正直それは、見当違いだと思う。
多少変わり者認定されてはいるけど、私れっきとした公爵令嬢だし、王子の相手として何の障害もない。わざわざキアランが距離を置こうとする意味が分からない。まさかまともに告白もできないだけのヘタレでもないだろうし。
単にキアランにその気がないだけだ。
まあ、大預言者と知られてるんだもん。そういう対象に、初めから見る気がなくてもしょうがない。尊敬する師匠の同級生で悪かったね!
友達として、私の秘密を守ってくれているだけでも、感謝するべきなんだ。
そうは思っても、なんだかおもしろくなくて、つい意地悪の八つ当たりをしてしまった。
「ふんだ、マックスなんか負けちゃえ!」
「――お前がそれを言うなよ」
マックスは微妙に恨みがましい目をした。




