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気付いた人

 キアランの腕がそっと背中に回り、控えめに私を包みこむ。

 その暖かさにほっとしながら、人は嬉しくても泣けるのだと、何十年か振りに思い出していた。


 これからますます大変な事態に突入していくと確信がある中で、どこか後ろめたさを感じている部分があった。


 本当にこのまま、普通の女の子のふりを続けていてもいいのか。

 出来ることは沢山あるのに、無力のままでいるのは、ただの自分勝手なんじゃないのか。


 生まれ変わってから、はっきり言ってもらったのは初めてだ。


 自分の生きたいように生きていい。その権利があると。――全てを承知の上で、私の選択を認めてくれた。


 それがこんなにも、胸が詰まるほど嬉しくて、心強い。


 キアランはやっぱりいつものように、私が落ち着くまで、何も言わずにただふわりと抱きしめてくれている。

 ああ、なんか、こんなんばっかだ。もう慣れちゃったのか、恥ずかしいより、安心して泣くことができちゃってる。

 もうしばらく、こうしてたいな。

 

 ぬくもりを感じながらだんだん人心地が付いてきたところで、はっとした。そうだ、前にも確かこんなことがあった!


 恐る恐る密着していた顔を離せば、キアランの肩には、私の涙やら何やらの跡が……。


「ああ~っ、ごめんっ、またやっちゃったっ……やっぱり私、学習能力ないかも……」


 これで何回目だっけ? 3回目だ!! バカか、私は!?


 慌ててハンカチを取り出して拭こうとした手を、キアランが止める。


「大丈夫だ。それよりも、自分の顔を拭け。授業が終わったら、人が戻ってくるぞ」


 言いながら、キアランは自分のハンカチを出して、自分で拭く。


「――」


 私も黙って、きっとひどいことになってるはずの自分の顔に、ハンカチを当てた。


 ああ、なんか、またよそよそしい感じに戻っちゃったかも。

 でも、ちょっと物足りなさはあっても、さっきまでみたいな心が冷えるような気分にはならなかった。


 私に何の落ち度もないと、キアランがはっきり言ってくれたなら、もうそれでいい。キアランなりの理由があるんだろうし、無理には訊かない。

 家族とは違っても、今は絶対的な信頼感があるから。


 秘密がなくなったことには、狼狽える反面、安堵もした。

 でも、その上でやっぱり、拭いされない危機感がある。今、私は正直、焦っている。

 

「私、キアランの何倍も生きてるって、相当引かない!?」


 そう。ザカライアだとバレてるってことは、実年齢が推定されてしまっているということ! ましてやこれは三周目。

 一応同級生なのに、おばあちゃん扱いされたら、さすがに切なすぎる。これでも16の乙女のつもりデスヨ!!


「いや、逆に、お前が俺を頼れるのか、そっちの方が気掛かりだ」


 キアランは、複雑そうに私を見つめ返した。


「成人した今でも、ダグラス師匠には子供扱いされる。俺は、お前にとっては、ずっと教えてきた生徒と同じ年齢に、やっと届いたばかりだろう? 頼りないとは思わないのか?」


 予想外の質問に、思わず目を見開いた。

 確かに私、前世ではダグラスと同級生だったけど。


 キアランがそんな風に思ってたなんて、すごく意外だ。出会ったばかりの子供の時から、私よりずっとしっかりしてると思ってたのに。


「そんなことないよ。そこは、はっきりと意識が切り替わってるから」


 グラディスとして出会ったか、その前に出会ったかで、私の中には明確なラインがある。

 教師生活30年以上のファーガスたちですら、私にとってはいつまでも教え子や後輩の印象が拭えずに残っている。逆に初対面の若い新人教師の方が、私より大人に感じてしまう珍現象。

 ちなみにトリスタンよりもジュリアス叔父様の方が年長に感じるのは、その限りではない。


「キアランは子供の頃から、私と一緒に成長してきたから、年下だとは思わないよ。出会った頃から、ずっと頼りにしてる。隠し事がなくなった今は、もっと頼りにしちゃうよ。本当に、それでいいの? もう、迷惑かなんて気にしないよ?」

「それでいい。困ったことがあったら、何でも言ってくれ。できるだけのことはする」


 キアランはどこかほっとしたように、頷いてくれた。

 そんなお墨付きをもらっちゃったら、私はますます増長しちゃうのに。本当に自重しないからね?


 ここしばらく引きずっていた問題がすっかり晴れたところで、一番の疑問が湧きあがった。


「それにしても、キアランはどうして、私の()のことが分かったの? 生まれる前に死んじゃってるのに。誰かに聞いた?」


 私の存在に気付いてる前世の知り合いは何人かいるけど、口外されたら困る。ちょっと不安になってきたぞ。


 キアランは私の懸念を、はっきりと否定する。


「いや。学園に入ってからのお前の言動で、大体推測できた。残されてる伝説とお前が、あまりに一致してるしな」

「嘘! 私、前よりはずっと抑えて常識的にしてたはずだよ!」


 薄々感じてはいたけど、改めて指摘されると、ちょっとショックだ。私基準の歩幅での、何歩か常識側に歩み寄った行動は、傍から見たら誤差の範囲って感じか?


 しかも当時を全く知らないキアランに、人伝の情報だけで見破られたとか、自信が大崩壊する! 自信の根拠を求められても困るけども!


 キアランが苦笑気味に補足してきた。


「行動パターンを多少変えても、お前の中の本質は変わらないということだろう。お前を深く知り、敬愛してきた者には、分かるんだろうな。気付いている者は、多分お前が考えている以上に多いぞ」

「ええっ、ちょっと待って! 例えば誰!?」


 なんてことだ! 私、実は相当な薄氷の上に立ってたのか!?


「みんな気付かないふりをしてくれている以上、俺が言うことじゃない」


 慌てふためく私と対照的に、穏やかな声が返ってきた。


「ただ、これだけははっきり言える。お前は多くの人たちから随分と愛されて、見守られている。彼らの反応で、俺も確信した部分が大きいしな。だが、気付いた者は誰も、他言はしなかっただろう? 今のお前の生き方を尊重しているのは、俺だけじゃない」


 その言葉に、やっと落ち着きかけていた感情が、また揺らぎ始めた。


 言われてみれば、そうだ。私の中身に気付いた前世の知り合いは何人もいるのに、誰一人、口外することなんてなかった。みんな私の望みを、当たり前のように受け入れてくれていた。


「……ちょっと、キアラン。――また、私を泣かす気……?」


 声を詰まらせながら苦情を漏らすと、キアランの口元が綻んだ。


「悪い。だが、今なら、理解できるだろう? お前は決して孤独じゃなかった」


 本当に、どこまで私を理解しているんだ。

 伝えようとしているものが、染み込むようにすっと胸に届いた。


 心に壁を作っていたあの頃には、気付こうとしなかったこと。


 この世界でたった一人の異邦人として、誰も本当には私を理解できないと決めつけ、心を通わせようともしなかった。一生一人で生きていかなければならない状況の中、さっさと諦めて感情を切り捨てた。


 でも、心を開いて目を向ければ、私を思ってくれる人は、あの頃も周りにたくさんいたのかもしれない。今、私を黙って見守ってくれている人たちのように。


 だいぶ遅くなったけど、ようやくそれに気付かせてくれたキアランに、心の底から感謝した。

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