調査2日目
昨日に引き続き、同じ体制で、今日も1限から調査が続く。さすがに飽きてきたけど、ユーカが頑張ってるんだから、弱音を吐いてる場合じゃない。
2年生の残り半分から始める。
昨日一日でそこそこ慣れたユーカは、順調なペースで作業を進めていく。
2年生が終わるまでに、更に2人を発見し、速やかに黒い瘴気を除去した。
あとは1年生の調査。まずは1年1組。私のクラスメイトたちだ。
毎日教室で会っている面々の検査を、傍らでじっと見守るのは、なかなか気が張る。
5人目にノアが来た。
一見ガランとした大会議室を興味深そうに一瞥したから、きっとここに人がひしめいてることには気付いてるんだろうなあ。
すぐ横の見えないユーカらから念入りなスキャンを受けて、無事クリア。隣のキアランが、表情を緩めたのが分かった。よかった。
続いてマックス。こっちは私チェックをすでに受けてるから、安心なはず。予定通り問題なく、クリア。
ヴァイオラも無事潜り抜け、ほっと一息つく。
このまま順調に終わってくれれば――なんて、思い始めたところで、意外な人物が引っかかった。
ベルタだ。
ユーカも戸惑った顔で、私とキアランに視線を向けた。
ベルタの振る舞いはいつも通りなのに、確かにじっくりと凝視すれば、うっすらと黒い陰りが見える。
「ちょっと待って」
段取り通り全ての不具合を除去しようとしたユーカを、私は止めた。
室内の視線が、一斉に私に向く。ただし認識阻害の魔術のために、ベルタだけが私の発言に気付かない。
「少し、検証したいのだけど」
注目を浴びながら、提案する。
「今のベルタは、まったく普段通りよ。おそらくはガイも、暗示が発動するまではそうだったはず。だったら、どういう条件の下で生じるのかしら? 私との因果関係だけでも、確かめたいわ」
「どうやって?」
一応専門家として立ち会ってるトロイが、面白そうに訊き返した。
「とりあえず私と対面した時の反応が見たいわね」
「グラディス」
ガイの時の再現をしてみようとしていることに気付いたキアランが、心配そうに呼び止める。
「これだけ人がいれば問題ないでしょ」
騎士も魔導師も護衛も医師も、準備万端。キアラン一人に頼り切る状況でもないし、これはむしろ願ったりのチャンスでしょ!
万一を考えて、今までは暗示の解除を最優先してきたけど、ここにきてまさかのベルタ。ぶっちゃけ、学園最弱。目の前で何をされようが、私のHPは1ポイントだって削られない。
どういう結果が起こるかは分からないけど、危険が低いなら、試すだけ試しても損はないと思う。
「じゃ、グラディスだけ見えるようにするよ」
トロイが指示し、配置済みの人員がそれぞれ、不測の事態にも備えられる態勢を取る。
「え! グラディスさん? いつの間に……」
隠蔽が解除され、ベルタは突然現れた私に驚いた。その態度に不自然な点は見られない。そもそも朝、教室で会った時だって、いつも通りだったしね。
「ベルタ、何か、気分が悪かったり、思考がはっきりしないとかの自覚はない?」
私に問われ、ベルタは首を捻って考えこむ。
「特に、ないと思います」
「そう。――少し、席を外してもらえますか?」
カウンセラーに擬した魔導師に、私が指示を出す。トロイが頷いたのを確認して、魔導師は部屋を出て行った。
これで大会議室には、ベルタと私の二人きり、の体になる。少なくとも、ベルタにとっては。
「――っ!?」
数瞬後の異変に、室内がざわめいた。
ベルタの目から、光が消えた。居合わせた人員がやにわに緊迫する。
やっぱり暗示の発動条件は、一人の状態の私を見ることらしい。つまり、完全に私が狙われていることが確定した。
ベルタは夢遊病のようにふらりと立ち上がり、不気味な足取りで私に近づいてくる。
そして
ぺちっ。
ベルタのヒョロい拳が、私の掌で可愛い音を立てた。
「……………………」
――はあああああっ~~~~……?
意味が分かんねえ!! なんだそりゃっ!!!
一同ぽかんだよ! 総ぽかん!!! ホントに今一瞬全員の心が一つになったからね!?
昨日、私を軽く吹っ飛ばしたガイの拳。あれなら分かる。手加減しててもすごい威力だった。
なんで同じことをベルタにやらせた!? この学園で一番対極にある存在だからね!? ベルタにやらせるなら、頭脳労働とかせめて裏工作系とか、他に使い道があるでしょう!? なんでこんな蚊も殺せないパンチ繰り出させてんの!? 余裕で防げるよ! 本当に意味が分からない!!
「まさか、全員無差別に、私に殴りかかる暗示がかけられてるわけ?」
唖然として、思わず呟いた。適材適所とか役割分担とか一切なし。最強も最弱も魔導師もガリ勉も、とにかく全員受けた暗示は、まさか私にワンパンくれることってわけじゃないだろうな!?
それにしても、やっぱりなんでベルタ!?
「――あとは、お願いします」
拍子抜けというか、新たな混乱を抱えつつ、ベルタの対処をユーカ以下、大人たちに任せて、私は元の場所に下がった。
とりあえずもういいや。暗示の発動状態は、一刻も早く終わらせた方がいいだろうし。
やっぱり戸惑いを隠せない騎士たちに、ベルタは直ちに拘束され、ユーカに黒い瘴気を取り除かれた。
「あれ……?」
すぐに正気に戻り、きょとんと周囲を見回すベルタ。隠蔽は解かれ、大勢に取り囲まれていることに、目を丸くした。
ベルタはこれから、先の8人と同じコースをたどることになる。つまりは、行動の全てをうんざりするほど遡って調査されるわけだ。ただ、全員学園生で活動範囲も相当かぶってるし、共通項の特定は難しいだろうなあ。
それからも、次の対象者を呼び、検査を再開した。
「異変はないか?」
隣に戻った私を、キアランが気遣わしそうにじっと見る。思わず苦笑した。
「大丈夫」
いやいや、さすがにあれでどうにかなるわけないでしょ。心配症にもほどがあるな。いつもの観察力を発揮して、私の右手に注目してくるし。
「その手は?」
「ああ、昨日ガイに攻撃されたダメージが、完全に消えてなくて。いくら何でもベルタのパンチじゃ痛くも痒くもならないよ」
昨日ガイの拳を浴びせかけられた掌で、咄嗟に受けたせいだ。ちょっとだけ痺れた右手を、ぶんぶん振って見せる。
「乱暴にするな。赤くなってるじゃないか」
キアランは私の手を取って、掌に視線を落とす。
「……」
確かに赤くはなってるけど、手が白いから目立つだけ。本当に大したことはない。そんなに心配してくれると、深窓の令嬢にでもなった気分だ。この国にそんな殊勝なもんは存在しないけど。
本人より真剣に私の身を案じてくれてるもんだから、手首を掴まれたままつい黙って見返してしまった。これは私からじゃなくてキアランからだから、セーフだよね。
私の視線に気付いたキアランが、そっと手を離した。
「……悪い」
――ああ、また距離を置いた。
さっきまでほわっとしていた気分が、急に冷え込んだ。
「――別に、いいよ」
それだけ答えて、キアランから視線を外した。




