調査1日目
翌日学園では、詳細が知らされないまま、緊急のカウンセリングが敢行された。
授業は通常通り。呼び出された者だけ一人ずつ抜け、問題なく終われば速やかに戻る形で、今日明日の2日間で全生徒と対面する強行スケジュール。
私のクラスからは、私、キアラン、ユーカが、授業を抜けて、立ち会う手はずになっている。
「突然ハンターさんのおうちに連れていかれて、ビックリしましたよ」
準備が終わるのを待ちながら、ユーカから昨日の話を聞いていた。
「ハンター家には、暗示を受けた者は、他にいなかったんだな?」
「はい」
キアランの質問に、ユーカは自信を持って頷く。
「一人ひとり、頭のてっぺんから足のつま先までしっかりスキャンしました。黒い瘴気の気配が少しでもあれば、分かります」
実に頼もしく請け合ってくれる。多分、黒い瘴気の感知に関しては、今はユーカが一番だと思う。この子もやると決めたら一直線だから、成長速度が凄まじい。
「では、一人目を呼びます」
準備が終わり、スタッフが合図した。
普通のカウンセリングルームや医務室では狭いため、大会議室が会場としてセッティングされた。入って来た生徒には、だだっ広い会議室に、カウンセラーに偽装した魔術師一人しか見えない細工がされている。
実際には、教師やら騎士やら魔導師やら医師やらが、万全の態勢で囲んでいる。更に、座席の左右にユーカにトロイにと、人材がこれでもかと配置されてて、傍で見てるとなんか笑える。いや、すごく真面目な話なんだけど。
がっつり認識阻害されてて、多少のおしゃべりくらいじゃ、観察対象には見抜けない状態。
前から思ってたけどこの魔術って、のぞきし放題だよな。トロイは大丈夫なんだろうか。ちょっと本気で心配だ。
私とキアランは、参考人として待機。見てるだけで特にやることはない。
「まだ、犯人があいつだと断定されてるわけじゃないんだよね?」
「ああ。これからの調査で他に誰も見つからなかったら……まあ、それが一番なんだが、有耶無耶になりかねないな」
現時点で、黒い瘴気の唯一の目撃者とされているキアランが難しい顔をする。
そうか。確かにいない方がいいんだけど、そうすると手掛かりが途切れちゃうわけか。
モヤモヤと考えている間にも、早速最初の一人目が入室する。3年1組から順次呼ばれ、席に着いたら早速形ばかりのカウンセリングが始まる。
実際の肝は、対象者を左右から囲んでるトロイとユーカ。
特にユーカは、両掌の間に極わずかな黒い瘴気のスクリーンを発生させて、対象者を頭から少しずつ下にずらして、じっくりスキャンしている。
見てるだけなのに、なんか手に汗握っちゃうね。
対象者は全く気付いてないようだけど、多分私がやられたら、全身に鳥肌が立ってるとこだと思う。
トロイの方は、黒い瘴気の学術研究の第一人者として、オブザーバー的に立ち会う役目だ。
二人の確認を経て、まず一人目がシロと判定された。思わず止めていた息を、長く吐く。
糸口が掴めないのは惜しいけど、やっぱり全員無関係の方がいいよな。このままサクサク進めばいいんだけど。
と、思ったのも束の間、始めて5人目で、ユーカが声を上げた。
「反応がありました!」
「あ~、黒いね~」
トロイも同意し、その声に周囲が騒然とする。
ああ~、やっぱりいたか……。しかもわずか5人目って……もしかして、予想外の数がいるのかも。
私も服越しに守護石に手を当てながら、注意深くじっくりと観察する。確かに、うっすらとイヤな気配が感じられた。
これは、よっぽど注意して全力感知してないと、気付けないわ。
「取り除きます」
見つけた時の段取り通り、ユーカは自らの黒い瘴気スクリーンに、引っかかった不純物を取り込むようにして、対象者からわずかな痕跡も残さず排除していった。
こりゃスゴイ。戦闘ができるよりずっと頼りになる。
鮮やかな手際を見ながら、その逞しい成長ぶりに感動した。黒い瘴気の影響の除去をできる人材が、私以外にもいるってのは、本当に心強い。
誘拐事件から約1年半。被害者という弱者の立場から、よくもここまで、国にとって得難い存在に成り上がった。ユーカはすでに、自分の存在価値を、上層部にしっかりと示している。
成り行きを見守っているほとんどの人たちに、目の前の出来事の視認ができないのが惜しいところだけど。
「やはり、確定でよさそうだな」
「だね」
キアランとこそこそ話し合う。一応国から派遣されてる立場のトロイに確認されたことで、黒い瘴気関係――つまりは、そのコントロールができる人型魔物グレイスの犯行の可能性が、跳ね上がったということ。
訳が分からないまま謎の暗示を受け、知らない間に取り除かれた生徒は、そのまま別室で更なる調査とケアを受けることになる。
そしてこっちはこっちで、次の生徒へと調査続行。そのまま順調に進み、3年生と2年生の半分までが終わった時点で、6人が確認された。
今日の予定はこれで終了だ。かなりの流れ作業だったけど、放課後直前までかかった。
これを明日もか……。ユーカ頑張れ。
それはともかく。
「――ちょっと、想像よりずっと多いんだけど」
「そうだな」
さすがの私も引き気味に呟く。キアランも眉間にしわを寄せていた。
危険人物がそんなに学園内をうろついていたわけか? この調子でいったら、1年生にも3~4人はいる計算になるんだけど。
いくら何でも私が気付かなかったってあるか? 暗示にかかっても普段は完璧に通常通りで、何かの条件が揃った時にスイッチが入っちゃう感じか?
「暗示の発動条件も気になるが、被害者の統一性のなさも気になるな」
ここまでで見つかった6人について、キアランが感想を漏らす。
「確かに……最初がガイだったから、強い人が対象かと思ったけど、かなりバラバラだね」
騎士、魔導師、一般人、身分、強さ、成績、私と関わりのあるなし――共通点が全く見いだせない。強いて挙げるなら、性格的に単純明快な人と言えるけど、それは暗示のかかりやすさの点で容易になるからだろう。
このランダムな選択が、ただの無差別か、それぞれ役割分担を持たされてるのか――暗示の解除を優先させてるから、そこまで調べられない。
とにかく今日だけで6人の被害者を確認した。明日は、何人見つかるだろう。




