対策
あれからすぐ自宅に送り返された。
それはしょうがないんだけど、慌ただしい状況のまま別れたせいで、キアランとは相談どころか助けてもらったお礼もする暇もなかった。結局また厄介事に巻き込んじゃったのに……。
そういや、どうしてあの場にいたのかも訊き忘れてたな。
その日の夜には、学園側の代表が叔父様を訪ねてきて、なんか大人同士の話し合いが色々されたらしい。
私はその間マックスに、今日の放課後に遭遇した出来事を説明しておいた。
「全く、なんでおまえばっかり……」
一通り話し終わった後で、マックスは頭を抱える。
「もうどう考えても、お前が狙われてるだろ」
「やっぱ、そうだよねえ……」
でも、狙われる理由が分からない。そもそもあんな方法を取った理由も。現時点でグレイスにとって、私という存在の意味は何なんだろう?
自分の肉体が産んだ子供。日本人転生者――くらい? 多分大預言者どころか、預言者であることすらバレてはいないとは思うんだけど。そもそも預言者なんて王城に行けば何人かはいるし、特別私である必要はない。
第一わざわざ学園で、人を操って私を襲わせる意味が分からない。
グレイスぐらい規格外だったら、その気になれば、私がどこにいようが、護衛を蹴散らして悠々とさらうなり襲うなりできるんじゃない? っていうかそれをやるくらいなら、この前初対面を果たした時にやってたはずだよね。
思い返してみても、あいつ、私にはあんまり興味なさそうだったけど。私をスルーして、さっさと退散してったもん。私が言うのもなんだけど、生贄に使う気ないのか?
とにかく学校で、殺意もなく私を攻撃させる意図が、まったく分からない。
「分からないけど、とりあえず最低限のことはしないとね。いいからじっとしててよ」
マックスの頭を左右から挟み込み、至近距離から金の瞳をじっくりと観察する。
「これはさすがに照れるんだけど」
マックスが落ち着かなそうに、それでも私の目を熱く見返す。口説かれてる乙女か!! そして私がオレ様野郎か!! いいから黙ってじっとしてろよ!!
「ほら、ふざけない! あんたがやられてたら、私逃げようがないでしょ!」
知らないうちにガイ同様の被害を受けていないか、穴が開くほど見つめる。私の予感をするりとすり抜けるような黒い瘴気の気配は、とにかく厄介だ。少なくとも一昨日、大会で見たガイには、何の異変も感じなかった。あの後何かあったのか、それとも私が感じ取れなかっただけか。
マックスから魔力を補給しながら、予見と同時に魔術も駆使し、おかしなところがないか、余さず走査していく。
念のためじっくりと視てみたけど、おかしな痕跡はなさそうだ。とりあえずホッとした。
「ガイが付け入られるくらいなら、他の誰だって安全とは言えないんだから、あんたも気を付けてよ」
「分かってるけど、どう気を付けりゃいいんだよ。方法も何も分かってねえんだろ?」
当然の質問に、マックスから手を放し、口を噤む。そう、それが問題なんだ。気を付けようがない。みんな、私みたいに守護石持ってるわけじゃないもんなあ。
それからすぐ、叔父様に呼ばれた。話し合いが終わって、お客様たちは帰ったようだ。
「明日から、全校生徒の精神状態のチェックをするそうだよ」
叔父様が話し合いの内容を、私とマックスに説明してくれた。
ファーガスの宣言通り、魔術師団からの協力を仰ぎ、学内全ての人間を対象に、何らかの精神干渉の影響を探ることにしたそうだ。更にトロイとユーカの二人体制で、黒い瘴気の痕跡も徹底的に調べていく。
生徒には今日のことは、非公開となった。学園内に不審者が侵入して、生徒が襲われかけた、程度の情報に抑えられる。
学園の誰が洗脳されてるか分からない人狼ゲーム状態だなんて、知らせたって混乱しか起きない。
あの後、聞き取り調査をされたガイには、放課後に私に会う直前から、取り押さえられるまでの記憶がスッポリ抜けていた。ここ数日間、不審な出来事や接触の心当たりも、同様になかったという。
その後の診察でも、悪い影響は全く残ってないということで、まずは一安心だ。
とは言っても、これからしばらくガイは大変。王城の施設でしばらく、経過観察という名の軟禁生活を強いられることになる。あいつには拷問にも近い退屈が待ってる。早く解放されるといいんだけど。
そしてハンター家には、学園関係者やら調査員やらが、今まさにうちの比じゃないくらいごっそり押し掛けている。ダニエルやジェイドたち親族は、明日を待たずに最優先で調べられているらしい。すでにトロイとユーカがハンター家に駆り出されて、判定に当たっているって話だし。全員シロならいいんだけど。
まだ、魔物召喚の魔法陣事件の指名手配犯――死神が関与している、という推測は、キアランが黒い瘴気を見たという証言以外、表立った根拠がない。でもすでにその線で、国が全面協力する方向で動いている。
事件は学園内でのことだし、被害者も、加害者にされた被害者も、どちらも学園生。当然学園主導での調査にはなるはずだけど。
それから私は、しばらく学園内でも私設の護衛が付くことになった。まだ私が狙われたのが、故意か偶然かは確定してないけど、ゴリ押しの決定だ。――叔父様、有り難いけど気が重いです。
でも、確かに今後、最も安全と思ってた学園内ですら安心できないとなると、受け入れるしかない。
もしあの時キアランが助けに入ってくれていなかったら、私はどうなっていたんだろう……。
そう思うと身震いすると同時に、なんというか――多分、これは、嬉しくもなっちゃってるんだろうな。
――また、私の窮地を、助けに来てくれたから。
ああ、ダメだな。無闇にキアランに頼らないと決めたばかりなのに、もう揺らいでる。
明日こそ、しっかりしないと。
「護衛は付けるけど、グラディスは明日の調査の立ち合いには、くれぐれも注意して。マクシミリアンも可能な限り学園内でも警戒を怠らないように」
「はい」
一通りの説明や注意を受けて、私とマックスは解散になった。
治癒魔術をかけてもらったけど、ガイに弾かれた掌は、まだ痛む気がする。でも体力的なことより、精神的に疲れた。
重い足取りで寝室に入った。
本当に、思ってた以上の大事になったものだ。今度は何が始まるんだろう。
その夜は、憂鬱な気分のまま就寝した。




