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ザラ(侍女)

 私の仕える主人はラングレー公爵家の令嬢、グラディス様。


 働き出したのは、成人となった15歳から。お嬢様が5歳の時、見習いとして当時の侍女の補佐に付いた。

 公爵は滅多にこの王都別邸に滞在することはなく、実質的な主人は弟君のジュリアス様だ。


 初めて見たお嬢様は、白金の髪に青い瞳。見た目はまるで天使のよう。

 でも、中身は悪魔だった。

 いつも突拍子もない我儘を言い出して、周りを振り回す。


 私は大きな商家の7人兄弟の末っ子で、家業に関わってもあまり期待できない。独立して高給を貰ったほうがいいと就職したが、正直失敗だと思った。


 とにかくお嬢様の気まぐれと我儘は、スケールが違う。


「叔父様。今年はダイエットのために、シクラ麦を主食にします。みんなもそうするといいわ」


 5歳のお嬢様が唐突に宣言すれば、ジュリアス様はその年のラングレー領の作農の大半を小麦からシクラ麦に切り替えさせてしまう始末。


 これには度肝を抜かれた。シクラ麦は非常に強く育てやすい麦だが、栄養価が劣り何よりおいしくない。市場に出せば、小麦の半値にも届かない。

 秘書のローワンさんも執事のジェラルドさんも、それを当然のように受け止めて手配する。


 ジェラルドさんには、この屋敷のルールは全てにおいてお嬢様が優先されると、はっきり釘を刺された。この人は表情に乏しくて、普通に話されても叱られているようでとても苦手だ。


 厨房に行けば、せっかく仕入れた新鮮な山菜が、「今日は山菜の気分じゃないわ」と、生ごみ入れに投げ捨てられる。元々お嬢様が美容のためにと、自らリクエストしたものだ。なのに、料理人のアデルさんは気にもせず、それどころか謝って、別の料理の準備を始めだした。


 本当にこの公爵家は、一体どうなっているんだろう。完全に小さな悪魔の言いなりだ。


 今の私の救いは、3ヶ月前、町で出会った商家の見習いのナサニエル。私と将来店を持つことを望んでくれる。商家の女将さんになるのも、いいかもしれない。


 そんなたった一つの癒しも、お嬢様に奪われた。私を迎えに来てくれたナサニエルをたまたま目にした瞬間、「貴方の顔が気に入らないわ」と、追い払ってしまった。

 それを知ったジュリアス様たちは、直ちに彼が屋敷に近付けないように手を打ってしまったようだ。私も会いに行くことを禁じられた。


 もう我慢できない。今月の給料をもらったら、こんな所、すぐに辞めてやると決めた。


 休日のある日、お嬢様が私の部屋に突然乗り込んできて「イチゴが食べたくなったから今すぐ買ってきて」と、いつもの我儘を言い出した。

 休みなのに、無理やり追い立てられるようにお使いに出された。もう少しの辛抱だと自分に言い聞かせて、馴染みの八百屋に行く。


 何故か、営業停止処分で、閉じられていた。

 聞いたところでは、売り物の山菜に毒シダが混ざっていて、多くの食中毒者を出したそうだ。


 背筋を冷汗が流れた。あの投げ捨てられた山菜。食べていたら、どうなっていたのだろう。


 別の八百屋に向かう途中の孤児院で、信じられないものを見た。

 いつも怖い顔のジェラルドさんは、相変わらずの難しい表情で、全力で子供たちと遊んでいた。休日にいつもお屋敷からいなくなっていたのは、ボランティアのためだったのだろうか。

 そう思うと、ジェラルドさんへの苦手意識が一瞬で消えていた。


 帰ってからイチゴをおいしそうに頬張るお嬢様に、苛立ちはなくなっていた。


 でもすでに、職場を辞める相談をするため、家族に会う予定が立っている。何故か心は揺れていたけれど、とにかく次の休日、一度実家に日帰りで顔を出そう。


 けれど休日の前日、しかも日もすっかり暮れてから、お嬢様に急に屋敷を出された。

「もう勤務時間は終わったのだから、今すぐ家に帰ればいいわ」と。正直有難迷惑だった。実家に泊まる連絡なんてしていない。こんな時間に急に押しかけたら、家族を困らせてしまう。

 けれど強引に送り出され、冬の寒い夜、1時間も歩いて実家へと向かった。


 家の戸を叩いた時、違和感があった。この時間なら夕食も済ませて一家団欒の時間帯なのに、人の気配がない。

 慌てて扉を開けると、家族が全員倒れていた。

 私は慌てて隣近所に助けを求めに走り、その夜は大騒ぎで一睡もできなかった。


 締め切った部屋で火を焚いた時に起こる珍しい事故だと、あとで分かった。幸いみんな意識を取り戻してくれたが、もう1時間でも訪問が遅かったら、私は家族を全て失っていたそうだ。家族が落ち着くまで、しばらく休みをもらった。


 何だろう。これは偶然なのだろうか? 


 休暇明けの前日、私はいてもたってもいられず、言いつけを破って、ナサニエルの勤務先を初めて訪ねた。

 その商家に、そんな男はいなかった。うちの見習いを名乗る結婚詐欺師がいるらしく迷惑していると、そこの主人に言われた。


 私は何事もなかったように、お屋敷に戻った。

 辞めることをやめ、お嬢様の侍女見習いを続けることにした。今は、屋敷の人たちの考えが分かる。


 その年、記録的な冷夏となり、王国中が食糧不足に陥った。けれど、ラングレー領だけは、飢饉になるどころか、大量に収穫したシクラ麦を小麦よりも高い相場で売り切り、例年よりも潤ったそうだ。


 それから見かけは怖いけれど優しいジェラルドさんと結婚し、今に至る。もしあのイチゴの我儘がなかったら、私は夫の良さに気が付けていただろうか?


 数日前のお茶会から、お嬢様の様子が少しおかしい気がする。

 みんなも気が付いているようだ。

 ジュリアス様から、気を付けてよく見ているように言われた。

 けれど、どんな事態も、きっとお嬢様なら何とかしてしまうに違いない。


 お嬢様はラングレー公爵家に舞い降りた、天使なのだ。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 全肯定 物心付く前に、もう魔力0でバレてて、経過観察されてるのでは?
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