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暗示

 二人でガイに向かい合いながら、行動不能にするようキアランに頼む。


 あまりに彼らしくない無表情で、ひたすら私だけを見据えるガイ。明らかに正気でない。まだ私を狙う行動は続行するらしい。

 

「やってみよう」


 つい一昨日、サシの対戦で負けたばかりの相手に、キアランは気負いも躊躇もなく飛びこんだ。


 迎え撃とうとしたガイの動きが、金縛りにでもあったようにガクッと鈍り、瞬く間に抑え込まれる。

 緊急事態と判断して、魔術使用禁止の校則を迷わず破ったみたい。


 学園の警備には魔力がすぐに感知されてバレるようになってるんだけど、今は仕方ないよね。しかも目撃者がいないから、王家の特殊能力を使用したらしい。


 おお、マックス。結果が分かったぞ。全ての能力を出し惜しみしなければ、キアランはガイにも勝てる。


 呆気ないくらいあっさりと無力化された生気のないガイに、私もすぐに駆け寄った。


「なんだ、これは……? 頭に、瘴気が纏わり付いているのか?」


 キアランが強張った声で呟いた。抑え込みながら間近に凝視して、初めて気付いたようだ。さすがに視ることに特化した王家の血筋でも、辛うじてしか感じられないほど微かな、黒い瘴気の流れがそこにあった。


「抑えてて。切り離す」


 私はガイの頭を両掌で左右から挟み込むように押し当て、ガイの魔力を利用しながら転移魔術の応用を試みた。

 黒い瘴気に由来する全てのものを、ガイの体から、外に転移させてみる。転移先は分かりやすいように、ガイの50センチ頭上にした。

 一瞬でその場所の空気が黒く濁り、間もなく薄れてかき消えた。


「ああっ!? 何だこれ!? どうなってんだ!?」


 途端に目に光を取り戻したガイが、気付いたら突然キアランに抑え込まれている状況に、訳が分からず叫び出した。


 うん、もう大丈夫そう。キアランも同様の判断をして、ガイから離れた。


 と同時に、警備員と教職員がわらわらと駆け付けた。その十数人の中には、ルーファスもいた。

 事が起こってから1分足らずだから、さすがに対応が早い。


「これは何事ですか?」


 校長のファーガスが、険しい顔で私たちの前に立って問い質す。


 傍から見たら、王子と公爵令嬢対公爵令息の、校則に反した私闘が行われたとしか思えない状況だ。キャラを作ってない状態でも、ファーガスの表情が厳しくなるのは無理もない。


 しかも相手が相手だけに、学園側も対応は慎重にしなければならないところ。同時進行で手際よく生徒の締め出しが指示されているようで、周囲には大人の関係者しか見当たらない。


「何事かって、こっちが聞きてえよ!? 一体何だってんだよ!!」


 立ち上がったガイが、声を荒げて私とキアランを睨んだ。


「覚えていないんだな?」

「意味が分かんねえよ!!」


 キアランが一度確認してから、ファーガスに向き直った。


「何らかの暗示にかけられたガイが、グラディスに攻撃を仕掛けてきたため、防衛しました。今は正気に戻ったようです」

「はあっ!!?」


 端的な説明に、ガイが叫ぶように訊き返し、大人たちはざわりとする。


「おい、何かの冗談じゃねえだろうな!?」

「お前がグラディスに襲い掛かったことを覚えていないのなら、そういうことだろう?」


 詰め寄るガイに、キアランも冷静に答える。


「覚えてねえよっ! おい、グラディス。マジか!?」

「残念ながら、みぞおちを拳で狙われて、吹っ飛ばされたわ」


 私も、事実だけを答える。ガイは唖然としてから、少々下品な怒号で怒りを表した。本当に何も覚えていないらしい。


「お怪我はっ?」


 ルーファスが焦りを隠さずに寄ってきた。もう、大丈夫だから控えてくれ! と焦ったら、後ろの先生たちまで動揺した様子を見せてる。確かに、これはなかなかの責任問題だな。安心させるようににっこりと笑う。


「キアランに助けられたから、大丈夫です」


 受け止めた掌に痺れが残るくらいで、打撲も骨折も大丈夫そうだ。


 その返答にひとまずは安堵の空気が流れたけど、これは結構な大事になる。

 っていうか、小さい部分だけ考えても、確実にうちの家族の逆鱗に触れる案件。対応を間違ったらえらいことになるぞ。学園側は早くもビビり出してるようだ。分かるよ、私もちょっと怖いかも。特にジュリアス叔父様。


 これだけの人数にどこまで説明しようかと、キアランに視線を送った。ここはキアランに任せた方がよさそう。

 暗黙の了解のように、キアランも視線で頷いて、続けた。


「召喚魔法陣事件の指名手配犯の仕業の可能性が高いと思います」


 えっ、それ言っちゃう!?

 爆弾発言に、私も含めて全員が驚かされた。


 大人たちにしてみれば、公爵家同士の火種にどんな陰謀が――とか思ってたとこに、想定外のとこから犯人を提示されたのだから、騒然となるのも当然だ。


 そこで、逆になるほどと、私は納得する。キアランにも黒い瘴気は見えたわけだし、さっさとその方向で事実化してもらった方が、見当違いな陰謀論とか抑え込めていいかもしれない。私から言わずに済んだし。


 利用されたガイ同様、狙われた私も、理由も分からず事件に引き込まれたただの被害者として立ち回ればいい話だ。

 ガイを支配していたあの黒い瘴気。私の予知が全く効かなかったことを考えても、キアランの発言の通り、あの死神の仕業と考えて間違いはないだろうし。


 ただ、グレイスが、どうやってガイに接触したのかという点は疑問が残る。ガイだっていつも身内に囲まれて、なかなか一人になる機会なんてないはず。

 そうすると、他のハンターも同時に接触してる? いつ、どこで?


 そこまで考えて、ある可能性に思い当たり、冷や汗が流れる。

 

「暗示を受けた人間は、ガイ一人かしら……?」

「確かに、可能性は考えるべきだな」


 私の一言に、キアランも同意した。


「あの黒い瘴気……トロイ・ランドールやユーカならはっきりと見えるのだろう? 学園の関係者全員を探る協力を頼むくらいの対策は、必要かもしれませんね」


 後半のセリフは、校長たちに向けたものだ。言葉の意味に気付いた教師一同も顔色を青くした。

 確かにガイに暗示をかけられるほど接触できる人間は、限られてくる。もし学園関係者にいるなら、他の生徒だって、暗示を与えられている可能性は十分ある。迅速な調査が必要だ。


「明日から直ちに、カウンセリングの形で、一人ひとり調べることにしましょう。王城への報告と、魔導師団への協力要請を」


 ファーガスはその場で決断して、教職員に指示を出した。生徒の安全に関わることだから、誰も反対はしない。


 対応策が次々と打ち出されていく様子を眺めながら、疑問がよぎる。


 ――それにしても、私はどうして狙われたんだろう? 無差別テロでたまたま、なんてことはないよね。前回グレイスの邪魔をしたから?


 まさか、大預言者だとバレてるわけじゃないよね……?

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